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見間違えるはずがない。
ここはクラッセル子爵邸だ。
私は庭園を歩いてみる。
庭師のおじいさんが育てた自慢の季節の花々が咲き誇っている。
「これ、夢じゃないわよね!?」
「ああ。本当のことだ」
「私、家に帰ってきたのね……」
二度とこの場所に帰れないと思っていた。
きっと魔法でここに移動してきたのだろうけど、原理なんてどうでもいい。
少し待ったら、クラッセル子爵やマリアンヌがトゥーンから帰ってくる。
二人に会えると思うと、私の頬から涙が流れてきた。
「ロザリーさま!?」
私に気づいたメイドが声をかけてきた。
まだ、私はロザリーでいられる。
それに気づいた私は、その場に両膝をつき、わんわんと泣いた。
「如何いたしましたか!? そのお召し物は……」
メイドはロザリーが急に泣き出したこと、ドレス姿であることに戸惑っているかのようだった。
「グレンさま、一体何が――」
「事情は帰ってくるクラッセル子爵に聞いてくれ。ロザリーは……、俺が傍で見てるから」
「かしこまりました」
「泣き止んだらロザリーを屋敷の中に入れるから、着替えを用意してくれるか?」
「はい」
泣きじゃくる私の代わりに、グレンがメイドに用件を伝えてくれた。
彼女はグレンの指示を素直に受け入れ、この場から去ってくれた。
コツコツと足音が遠ざかってゆくのが聞こえる。
「ロザリー」
ポンと私の肩に手が置かれた。
これはグレンのものだろう。
グレンは私の肩を優しく、テンポよく叩き、気持ちを落ち着かせてくれた。
「メヘロディ国王たちは今頃、大騒ぎしてるだろうな」
「私の行方を捜索するはずだわ。騎士や兵士、傭兵の人たちを使って私の行方を捜すでしょう」
私が泣き止んだところで、グレンはフォルテウス城の現状について呟く。
カルスーン王国の第五王子が、メヘロディ王国第一王女と共に姿を消した。
あの場にいた私とグレン以外の者たちはカルスーン王国の陰謀だと思い、大騒ぎになっているはず。
国家総出で私の行方を追うだろう。
「グレンは……、あんなことをして大丈夫なの?」
「大丈夫じゃねえよ。けど、ああしなかったらロザリーはここに帰ってこれなかっただろ」
カルスーン王国側に今回の件を抗議しているに違いない。
外交問題にヒビが入るような大事件。
それを起こしたグレンにもカルスーン王国から何らかの罰を受けるはず。
私が心配していると、グレンは正直に答えた。
「最後の実技試験の時もそうだったけど、あなた、自己犠牲が過ぎるわ。もう少し自分のことを考えて行動して」
グレンの行動によって、私の望みは果たされた。
しかし、それに対する代償があまりにも大きい。
グレンはトルメン大学校で受けた最後の実技試験のさいも、似たような行動をとっていた。
自身が損をするだけなのに、何故、グレンはそのような行動を迷うことなく出来るのだろうか。
「誰にもやってるわけじゃねえ。これは……、マリアンヌのためになるからやってるんだ」
「お姉さまの……、ため?」
前の行動も今もマリアンヌのためになる。
「グレンは……、お姉さまのことが――」
「そ、そんなんじゃねえっ!」
「好意ではないならどうして……」
「誰にも言うなよ」
グレンの自己犠牲はマリアンヌのことが好きだからなのだと思っていたが、否定された。
好意ではないなら、どうしてグレンはマリアンヌのために動いてくれるのだろうか。
疑問を口にすると、グレンは私だけに打ち明けた。
「罪滅ぼし……、だ」
「えっ!?」
「それ以上は言えねえ」
「ますます分からなくなったわ」
マリアンヌのために動くのは自身の罪滅ぼしのため。
私が変装してトルメン大学校に潜入した前に、二人の間で何かあったのだろうか。
答えを聞いて、更に意味が分からなくなった私は頭を抱えた。
「まあ、そのドレスから着替えたらどうだ?」
グレンに話題を逸らされた。先ほどの話について詮索するなと言われているようだ。
私はグレンの手を支えにして立ち上がった。
「うん。そうする」
「あと、顔を洗って化粧を直して来いよ。泣いたせいでぐちゃぐちゃになってるぞ」
私はグレンからチェック柄のチーフを貰う。
「お気遣いありがとう。でも、これで涙を拭いたらこのチーフが汚れてしまうわ」
「だめなのか?」
「亡くなったクラッセル夫人から貰った思い出のチーフだもの」
「へ、へえ……」
私は受け取ったチーフをグレンに返す。グレンはそれを胸ポケットの中に戻した。
グレンが着ている服は、元々はクラッセル子爵のもの。
そこに思い出のチーフが入っていてもおかしくはない。
「お義父さま……」
「屋敷に入って、帰りを待とう、な?」
「うん」
私はグレンに励まされながら、クラッセル子爵邸の中に入った。