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「アアーーーーッ! 天馬ちんだっ!!」
ゴスロリ女は、他の人間には目もくれず、僕の前まで走って来た。すぐに身構えたが、この魔物に敵意はないのは明らかで、攻撃を躊躇してしまっていた。
「て、天馬ちん? 僕のこと知ってるの? 」
「うんっ! そりゃ、もちろん!! 私ね、あなたの大ファンなの。やっと会えた。はぁ………嬉しいなぁ。天馬ちんはね、あっちでも大人気なんだよ。ポスターやシャツ、顔入りのクッキーまで売られてるし。あ……握手しても良いですか?」
いや、そもそもなんで僕が魔界で人気なんだ?
全くワケが分からない。
これも僕達を油断させる為のこの女の罠か?
「握手……ダメ?」
でも。
涙目で僕を見つめる魔物。
「……………」
その姿は、欲望のままに人間を殺しまくっていた今までの魔物達とは、あまりにもかけ離れていた。
「ありがとうございます!」
「うん」
「結局、握手はするんだ……」
望の冷たい呟き。
彼女の柔らかい手の感触。角さえなかったら、人間って言っても誰も疑わないだろう。
今なら、コイツから人類にとってもっと有益な新情報を得られるかもしれない。
僕の大ファンなわけだし。
「魔界で人気って言ってたけど、そもそもどうやって僕のことを知ったの?」
「アイツに聞いた。下界に面白い人間がいるって。向こうのテレビのニュースでね、天馬ちんが戦ってる姿も何回も見たよ~。録画して十回は見た!」
『アイツ』と指差した先にいたのは、いつの間にか店内のテーブルに座っていたあの大阪弁を話す魔物だった。
残っていたグラスのワインを飲み干し、僕に手を振っている。誰にも気づかれずに侵入。やはりこの男の力量もかなりのもの。
「とりあえず人気の話はいいや……。あの、君はさ、僕達を捕まえて魔界に連れ去るのが目的でしょ?」
「捕まえる? どういう意味?」
「いや、だからさ! 拉致って言うか、僕達を魔界に連れて行って、魔物化する」
「……私達はただの『案内人』だよ? 魔界で彼らが迷わないようにするための。新天地で困らないようにお世話するの。泊まる場所の手配とか……いろいろとね」
今のところ離れた場所にいる関西弁を話す魔物にも敵意はないように思えた。ただ、その側には兄ちゃんと姉ちゃんが付いており、いつでも戦える準備は出来ている。
「案内人? ……いや、え? あの……そんな、まるで自分から魔界に行きたいみたいな言い方したけど」
「そうだよ。彼らは、自分の意思で魔界に行くの。強制なんか私達はしない! 絶対に!! まぁ……魔界に行きたい理由は、さまざまだけどね。ただの興味とか、もっと強い奴と戦いたいとか……。魔物になりたいとかかな」
最後のキーワードが気になった。
「魔物になりたい?」
「そうそう! 魔物になりたいって人間、最近多いんだよね。私達みたいに」
「どうして魔物なんかに……」
「なんかって言わないでよ……。傷ついちゃう……。魔物になる理由は色々だけど。ちなみに私はね、人間って言うか、パパが大嫌いだったの。殺したいほど憎かった。でも闇人としての力では、ランキング上位のパパには到底敵わない。だから、人間の頃の何倍もの力を持つ魔物になった。魔物になってすぐ、パパを殺したよ」
「………魔物になると人間の頃の記憶は消えるんじゃないの?」
「記憶の消去も自由に選べるの。私みたいに人間だった頃の記憶を残したり、アイツみたいに記憶を全消去してさ、嫌なことぜーーーーんぶ忘れて新たに生まれ変わるって選択もアリ」
異様に静かだった。外からの音がしない。ガラスが割れた窓から見えたのは、人間と魔物の死体だけ。
「おいっ! お前はいつまで喋ってるんや。はよせんと俺等も取り残されるで」
話し途中の女の子の頭を拳でグリグリと押していた。
「痛い痛い痛い!! もうっ! やめてよ~」
「帰るで」
僕達はまだ魔界、彼らについて何も知らない。
女が先ほど言った『案内人』って言葉がずっと頭に残っていた。
「………じゃあ、今は誰を案内するの?」
掠れて上手く声が出せない。
静かに。
ゆっくりと。
現実だと認めたくない光景だった。
「ごめんな、天馬」
頭を優しく撫でられた。懐かしい。
「嘘だ……」
恐くて恐くて。
それは、とてつもなく悲しくて。
相手の顔を見ることが出来ない。
「光っ!!」
姉ちゃんの今まで聞いたことがない怒気を含んだ叫び声がした。
「なんで………なんでだよ……」
涙が自分の意思とは無関係に流れ出す。
「ごめん。俺にはどうしてもやらなきゃいけないことがあるんだ。人間を捨てても」
「どうしっ」
振り向いた瞬間、兄ちゃんが作り出す膜に閉じ込められた。巨大な風船の中にいるような状態。
僕だけじゃなく、望や一二三。ランキング上位の姉ちゃんでさえ、一瞬でその黒い膜に閉じ込められた。やはり、兄ちゃんの実力は化け物級。
膜自体は柔らかいが、中からどんなに攻撃を与えても膜が伸び縮みするだけで攻撃を無力化していた。
「光さん。半年後、また会えるのを楽しみにしています」
膜に覆われていないのは、六条院だけ。
お辞儀をしながら、嬉しそうに兄に微笑んでいる。
「あぁ」
レストランを静かに出ていくゴスロリ女と関西弁男。それと兄の背中。
魔界のゲートをくぐるその三人の姿をただ僕達は見つめるしかなかった。