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第4話 未来との交渉
黒板の中心に指を置いたまま、私たちは広間に放り出されたような場所に立ってた。
空はまだピンクで、逆回転の時間がまだ身体にベッタリ貼りついてる。
影のユイ
――未来の私だか何だか知らんが――
が正面に立って、腕組みでにやついてる。
なんかムカつく顔してるけど、それを指摘すると自分が今どの世界にいるのかわかんなくなるから黙る。
「交渉する?」未来が言った。
言い方が取引っぽい。
まさか世界の命運売買する気か。
私、基本的に交渉嫌い。
時間と命の掛け引きって、たいてい卑怯なルールが混ざる。
「交渉ってどういう?」
とリク。棘のある質問をするあたり、こういう状況だと輝くんだな。
アヤネは目を泳がせて、ミナトはずっと無表情でこっちを見てる。
その視線、計算され尽くしてて寒い。
未来の私が小さく笑って、
「情報と時間を交換する」
と言った。説明は簡単。
未来は、私たちの“これから”に起きることの一部を知ってる。
その代わり、私たちは未来に今の“選択”の証明を渡す。
嘘を一枚でも重ねれば、その分だけ未来は何かを抱え込む。
つまり、未来との契約は誠実であるほど報われやすく、不誠実であるほど迷宮は肥大するってことだ。
「つまり、嘘ついたら損すんの?」
アヤネがたどたどしく言う。
損得で考えるタイプ、わかる。
私もそうだ。
損することは嫌いだ。
だから誠実であろうなんて聖人プレイは望んでない。
ただ、誠実だとショートカットできるってのは燃える。
ゲーム中毒のせいで、得する行為にはめっぽう弱い。
未来は続ける。
「まず、ひとつ選べる。好きな記憶ひとつの保護、もしくは一つの真実を引き出す権利。だがどちらも代償あり。記憶を保護するなら、その記憶にまつわる“誰か”への疑念が蓄積する。真実を引き出すなら、他の誰かが一時的に苦しむかもしれない」
言葉の意味が重い。
誰かが苦しむかもしれないってのは、まあ分かる。
けど「疑念が蓄積」ってのは厄介だ。
疑念は見えない。
積み重なれば仲間を破壊する。
私は一瞬、黒板の中心に触れた人差し指が冷たくなるのを感じた。
指先がアンカーである意味が、少しだけ現実を結びつけている。
「じゃ、どうする?」
リクが聞く。
さっきまで煽ってた奴が決断の場面で早速頼れる人間ポジション取るの、なんかズルい。
「私、真実を引き出す」
私の声は平らで、でも何かが燃えてた。
理由?単純だ。
逃げたくない。
迷宮の正体を知って、最短の出口に立ちたいだけ。
仲間を置いていく未来が嫌だ。
だから、誰かを一時的に苦しめるリスクを取るなら、それは私が引き受ける。
未来は小さく頷いた。
「なら、ひとつだけ教える。次の試練は裏切りの機会を‘見せる’。誰が裏切りそうかを見せることはできる。でも見せた瞬間、見せられた側の選択肢が狭まる。ある者に余裕を与え、ある者を追い詰めるかもね」
その「見せる」に抵抗はあった。
正直、未来に真実を引き出すってのは自分がやられ役になる覚悟でもある。
真実は鋭いナイフみたいなもんで、振るう側も振るわれる側も血が出る。
私は指をさらに強く黒板に押しつけた。
痛みは集中を生む。
集中すれば、嘘は剥がれる。
未来がポケットから小さな紙片を取り出した。
そこに書かれた短いフレーズだけが、広間の空気を切り裂いた。
『裏切りの序章:あなたの隣、笑顔の裏にある。』
一瞬、胸が冷たくなった。
近くで息をしてるやつらの顔が、微妙に変わる。
アヤネの笑顔はいつも通りだけど、そこに影が差すような質感がある。
リクは唇を噛んで、ミナトは何も言わない。
沈黙は爆弾だ。
「これって、他人事じゃないよな」
リクが言った。
口調が低い。
怒りと怖さが混ざってる。
「だから、見せただけで終わりじゃない。君たちが自分で確かめて、向き合う段取りを踏まなきゃ。私は鍵穴を見せただけ。鍵は君たちの手にある」
未来は淡々と言う。
淡々が一番怖い。
その夜、私たちは教室に戻され、いつも通りの放課後の景色
――しかし時間は逆で微妙に歪んでる――
に立っていた。
スマホのグループLINEは静かだ。
誰も何も言わない。
けど、誰かが何かを考えてる気配が凄かった。
見せられたものは小さい紙片の文言だけだったのに、身体はもう戦闘モードだ。
「俺、探る」
リクが言った。
力が籠もった声で言う。
私は黙って頷いた。
リクのやつ、空想の中で戦闘モードになるとそれなりに頼りになる。
アヤネは首をかしげて、でも何かを決意した顔に変わってる。
ミナトは相変わらず冷静で。
だけど指先に力が入ってるのを私は見逃さない。
その夜、それぞれが小さな行動に出た。
リクは無意味に見える行動で仲間の反応を観察し、アヤネは誰かのスマホに気になるメッセージを送ってみたり、ミナトは学校の無意味な角で長時間立ってるふりして教室の音の変化を計測してる。
私はというと、黒板の裏の落書きと会話をしつつ、自分の過去の選択をノートにひたすら書き出した。
書くことで真実が凝固する気がして。
結局、翌朝までには何かが変わってた。
誰が裏切りそうか、まだ確定はしてない。
だけど、見せられた。
「あなたの隣、笑顔の裏にある」
は、私たちの一歩と同じくらい確実に蒸発してどこかに張り付いていた。
そして私には分かってた。
見えてしまった以上、目を逸らすことはできない。
逸らせば、その瞬間に誰かが一枚ウソを重ねるだろう。
私はそれを許したくなかった。
だから、交渉は成立した。
未来からの余計な情報を引き出した代償として、私たちは自分たちで嘘と真実を精査する義務を負った。
皮肉だな。
未来に導かれておきながら、その結果自分たちで未来を作らされるってのは。
だが、迷宮ってのはそういうもんだ。
誰かが用意した舞台に立たされるとき、最も面倒なのは脚本を鵜呑みにすることだ。
私は脚本家には向いてない。
だから、私たちは争う。
だって、物語は書き換えられる。
血も涙も全部、私たちの手で汚せるんなら。
それでいい。
覚悟はある。