テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「おい、アソビ、また寝不足か?」
バスはいつものように、アソビにからかうように声をかけた。だが、今日は少し違った。
「うるさい! 何でそんなに他人のことが気になるんだよ!」
アソビが一気にブチ切れた。目を見開いて、眉をひそめ、バスに向かって怒鳴り散らす。
「いやいや、そんなに怒らなくてもいいだろうが。」
バスは苦笑しながら、さらにからかうように続けた。
「だって、あんまり眠そうだしさ、心配になっちゃって。」
「心配するフリすんな!!」
アソビはキレ散らかし、顔を真っ赤にして立ち上がる。
「だいたい、お前、いつもそうやって俺をからかってばっかりじゃん! いい加減にしろよ!」
バスは少し驚いたようにアソビを見つめるが、それでも何か面白いと思っている様子だ。
「いや、冗談だって。ちょっとくらい付き合えよ。」
バスは軽く笑いながら言うが、アソビはますますムカついている。
「冗談じゃねぇんだよ! お前はいつも、俺をバカにして笑ってるだけだろ!」
アソビは手を振り払って、バスの方に向かって怒鳴る。
「俺はそんなのお前の遊び道具じゃないんだよ!」
その言葉に、バスの顔色が少し変わった。
「……そんなこと思ってたのか。」
バスは言葉少なに呟いた。何か、アソビの怒りが少しずつ自分に向かっていることに、少し戸惑いを感じた。
「当たり前だろ! お前は俺を面白がっていじるだけなんだから!」
アソビの声が震える。そのまま、視線を外して、ふてくされるように座り込んでしまった。
バスはその言葉に少し戸惑うが、やがて小さくため息をつく。
「悪かった、冗談が過ぎたな。」
そう言って、少し遠慮がちにアソビの方に近づく。
「……もういいよ。」
アソビは顔を背けて、あからさまに無視した。だが、バスは意を決して、もう一度アソビに声をかける。
「お前さ、俺がからかうのは、ちょっとだけ気にしてるからなんだ。」
アソビはその言葉に少しだけ驚き、バスを見上げる。
「気にしてるって、どういう意味だよ?」
その問いかけに、バスは少し言葉を詰まらせた。
「……実は、俺、誰かを大切に思うってことができなくてさ。」
バスは低い声で告げた。その言葉に、アソビは思わず目を見開く。
「え? なんでだよ……?」
バスは少しだけ顔をそらして、苦笑を浮かべながら続ける。
「だから、冗談でからかって、ちょっとでも気にかけてるつもりなんだ。」
アソビはその言葉に驚き、バスの表情を見つめる。
「そんな理由で……俺をからかってたのか?」
「いや、そんな風に思ってほしくなかったんだけどな。」
バスはうつむきながら呟く。
「でも、どうしてもそういうふうになっちまうんだよ。」
アソビはその後しばらく黙っていたが、やがてポツリと呟いた。
「……バス、そんなに自己嫌悪してたのか。」
「いや、別に嫌ってるわけじゃない。」
バスは少し照れたように笑う。
「ただ、他のやつを大切にするのが怖いだけなんだ。」
その言葉に、アソビは少しだけ静かな表情になった。
「……まぁ、俺はお前を嫌いじゃないけどな。」
その一言に、バスは思わず驚き、そしてほんの少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
「なんだ、結局、仲直りか?」
「ふん、あんまり調子に乗んなよ。」
アソビはふてくされながらも、少しだけ笑った。
「でも、バスが素直になったのって、なんか珍しいな。」
「お前に言われたくねぇよ。」
バスは苦笑しながら言ったが、その表情にはどこか暖かさが感じられた。
音楽室での練習中、俺は目の端にバスの姿を捕らえていた。歌を歌う時間になると、いつものようにほんの数小節だけ歌い、それ以上は口を閉ざす。そして、しばらくするとそっと音楽室を抜け出していく。
俺はその姿を見て、つい溜息をついた。
「またかよ……。」
練習を切り上げて廊下に出ると、すぐにバスの背中が見えた。あいつはいつものように静かに歩きながら、何か考え込んでいるように見えた。
「おい、バス!」
俺は声をかけて足早に近づくと、彼は一瞬だけこちらを振り返り、また前を向いた。
「何だよ、アソビ。」
「お前、なんで歌わねぇんだ?」
率直に問いかけると、バスは少し足を止めたが、そのまま歩き続けた。俺は隣に並ぶように歩きながら、続けた。
「いや、少しは歌うけどさ、何で途中でやめちまうんだ?歌が嫌いなわけじゃねぇだろ?」
バスは眉間に皺を寄せながら、小さく息を吐いた。
「嫌いじゃねぇよ。」
「じゃあ、何でだよ?」
食い下がる俺に、バスは一瞬だけ目を合わせた。その目は、何か言いたげで、でも言葉を飲み込んでいるようだった。
「……別にいいだろ。俺の勝手だ。」
その一言で話を終わらせようとするバスに、俺は思わず声を荒げた。
「良くねぇよ!お前だって歌えんのに、何でだ?お前の歌、俺だって聴きたいって思ってんだよ!」
バスは少し驚いた表情を見せたが、すぐに無表情に戻った。
「……聴かせる必要がない。」
それだけ言い残すと、バスは再び歩き始めた。俺は言葉を探したが、追いすがることはできなかった。
その背中を見送りながら、俺は胸の中に大きな疑問を抱えたままだった。
「……何だよ、それ。」
バスが歌いたがらない理由。それは俺が知っているよりも、もっと深くて、重いものなのかもしれない。
バスがまた歌の練習を途中で抜け出したのを見て、俺は思わず頬を膨らませた。
「あいつ、なんで毎回途中でいなくなるんだよ……。」
音楽室の隅で椅子に座って悶々としていると、隣にバリトンがひょこっと現れた。
「どうした?またバスのことか?」
「また、だよ!歌えるのに何で歌わねぇんだって話だよ!」
俺が勢いよく答えると、バリトンは「ああ、そういうことか」と頷いて、静かに隣に座った。
「なあ、バリトン。バスって何であんなにサボり癖があるんだ?」
俺が本題をぶつけると、バリトンは少し困った顔をした。
「……お前、アルカノーレの力について、どれだけ知ってる?」
「え?」
いきなりの問いに戸惑う俺。アルカノーレの力――俺たちの特殊な才能について、深く考えたことはなかった。ただ歌ったり、音楽に触れたりする中で自然に使っているだけだ。
「お前が聖楽祭で倒れたの、覚えてるか?」
「ああ……まぁ、なんとなく。けど、あれは疲れただけだろ?」
俺が軽く言うと、バリトンは首を横に振った。
「違う。アルカノーレとして力を使いすぎると、体や心に負荷がかかる。それはお前だけじゃない。バスもだ。」
「……バスも?」
「そうだ。奴はああ見えて、俺たちの中で一番力の消耗が激しい。歌うことで体にかかる負担も多いんだ。」
俺は驚いて目を見開いた。バスが歌を避けているのには、そんな理由があったのか。
「でも、それなら練習くらい――」
「練習でも消耗する。だから、奴は必要最低限しか歌おうとしないんだよ。」
バリトンの言葉に、俺は言葉を失った。バスが歌うことを避けているのは、単なるサボり癖ではなく、自分の体を守るためだったなんて――。
「……でも、何で俺に教えてくれないんだよ。」
小さな声で呟くと、バリトンは微かに笑った。
「それがバスの性格だろ。余計な心配をさせたくないんだよ。」
俺は複雑な気持ちでバスのことを考えた。今まで、勝手に「あいつはサボっているだけだ」と決めつけていたけど、本当は違ったんだ。
「……そうか。でも、それならなおさら納得いかねぇよ。」
俺は拳を握りしめた。
「バスがどう思ってるか、俺が聞いてやる。」
そう決意して、音楽室を後にした。
バリトンから話を聞いた後、俺は廊下を足早に進みながら、モヤモヤとした気持ちを抱えていた。バスが歌を避けているのには理由があると分かったけど、それで納得できるほど俺の頭は単純じゃない。
「自分を守るために歌わない?そんなのおかしいだろ。力があるなら、ちゃんと使えばいいのに……!」
そう呟いて足を止めた俺の目に、遠くに佇むバスの背中が映った。彼は館の裏庭に続く扉を開けて、ふっと消えるように外へ出ていく。
「またかよ……。」
ため息をつきつつも、俺は追いかけた。裏庭に出ると、バスは大きな木の下に腰を下ろしていた。目を閉じ、頭を木にもたれさせているその姿は、まるで何かから逃げるように見えた。
「おい、バス。」
俺が声をかけると、彼は薄く目を開けてこちらを見た。
「……また追ってきたのか。しつこいな。」
「しつこいとかじゃねぇよ。お前、なんでいつも歌わないんだよ。」
俺の問いに、バスは一瞬だけ眉をひそめたが、すぐにそっけなく笑った。
「歌う必要がないからだ。それだけだ。」
「嘘つけ。それなら練習の時くらい真面目にやれよ。」
バスは黙ったまま視線を空に向ける。俺が焦れたようにもう一歩近づくと、彼は溜め息をつきながら口を開いた。
「……アソビ、お前、俺の歌を本当に聞きたいのか?」
「当たり前だろ。お前の声がどんなものか、知らない方がおかしいだろ。」
俺が食い下がると、バスは苦笑した。
「いいだろう……ただし、後悔するなよ。」
そう言って、彼は静かに立ち上がった。そして、深く息を吸い込む。
次の瞬間――その場の空気が一変した。
バスが口から放ったのは、低く深みのある音。けれど、その音は単なる歌声ではなかった。まるで大地を揺るがすような重圧が空間全体を覆い、俺の体中の感覚が研ぎ澄まされていくのが分かった。
「……っ!」
思わず膝が崩れる。強烈なエネルギーが俺を包み込み、全身の細胞がざわめくような感覚だった。
バスはすぐに歌うのを止めた。彼の表情はどこか悲しげだった。
「これが、俺の歌声の一部だ。昔は、この声を聞いた奴が力尽きたり、感覚を奪われたりすることもあった。」
「……お前の歌声、そんなに……」
俺は息を整えながら言葉を絞り出した。
「今は少し違う。この声で他人を強化することもできる。でも、その分俺自身に負荷がかかる。下手に使えば、俺の体が持たない。」
バスは静かに続ける。
「俺の力は便利だけど、危険だ。だから温存してる。それだけだ。」
彼の言葉を聞いて、俺は何も言えなかった。バスの歌が持つ力、その重さを知ってしまったからだ。
「お前が歌いたがらない理由、少し分かった気がするよ……。」
俺がそう呟くと、バスは短く笑った。
「それで十分だ。歌わなくてもいいなら、歌わない。それが俺の選択だ。」
俺はしばらく何も言えず、ただその場に座り込んだ。
[newpage]
バスが木にもたれかかり、目を閉じるのを横目で見ながら、俺は地面に座り込んだまま考えていた。
「……それでいいのかよ?」
気づいたら、口から言葉が漏れていた。バスは薄く目を開けて俺を見た。
「何がだ?」
「それでいいのかって聞いてんだ。自分の力が危険だからって、それだけで蓋して終わりにするのかよ。」
自分でも驚くほど真剣な声だった。だけど、胸の奥がざわついて止まらない。
「危ないのは分かったよ。けど、それを知った上でどうするかはお前次第だろ?」
俺の問いに、バスは軽く眉を上げた。
「……俺がどうするかだと?」
「ああ。お前の声には力がある。それを無かったことにするのはもったいないだろ。だったら、その力をちゃんと使う方法を考えた方がいいんじゃねぇの?」
俺の言葉に、バスはしばらく黙り込んだ。風が吹き、木々のざわめきが耳に心地よく響く。
「……お前、本気でそう思ってんのか?」
「本気だよ。」
バスはしばらく俺を見つめていたが、やがて薄く笑った。
「お前、単純だな。」
「単純で悪かったな!」
そう言い返すと、バスは小さく笑い声を漏らした。その笑顔が少しだけ柔らかく見えたのは気のせいじゃないと思う。
「でも……お前の言うことにも一理あるかもしれないな。」
「だろ? 俺、いいこと言うだろ?」
俺が胸を張ると、バスは苦笑いを浮かべた。
「……俺が歌う時が来たら、お前が最初の観客になってくれ。」
「約束だぞ!」
俺が笑顔で手を差し出すと、バスは少しだけためらいながらも手を伸ばして握り返してくれた。その手は温かくて、意外にもしっかりとした力を感じた。
(バス視点)
アソビとのやり取りを思い出しながら、俺は音楽室の中を歩いていた。窓から差し込む月明かりが床を照らし、静寂が空間を支配している。
部屋の中央に立つと、自然と目がピアノに向かった。その横に置かれた譜面台には、かつて俺が練習していた楽譜が今もそのまま残されている。
「……歌う必要がない、か。」
アソビの言葉が胸の中で響く。「本当にこれでいいのか?」という問いが、頭の中を離れない。
俺はピアノの椅子に座り、静かに深呼吸をした。指先が自然と鍵盤に触れる。低く響く音が部屋全体に広がり、俺の心に少しずつ響いていく。
「……これが、俺の声。」
小さく呟き、目を閉じた。その瞬間、遠い記憶が脳裏をよぎる――
人々が俺の歌に怯え、苦しんだ過去。けれど同時に、少数ながら俺の声に感謝してくれた人々の笑顔も浮かんでくる。
「……もう少し、考えてみるか。」
低い声でそう呟いて、俺はピアノから手を離した。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!