⚠︎幼児化
⚠︎保育園パロ
⚠︎セリフがほとんど平仮名。
⚠︎太中太
それでも大丈夫な方は
どうぞ
⇩⇩⇩
ふと、中也は瞼を開けた。
少し硬い敷布団は、中也の身長より少し大きい位のサイズ。体温が伝わって、掛け布団には温もりが宿っている。
眠気がない所為か、中也は眠る事ができなかった。
此処はヨコハマに在る一つの保育園。
部屋の一角で、園児である中也は布団の上に横になっていた。
広い部屋には中也の他にも、沢山の園児が各家から持参した布団の上で眠っている。
時刻は丁度『お昼寝の時間』であった。
何時も午前中に動き回って疲れて眠る中也だが、何故か今日は目が冴えていた。
「…………」
耳に響くのは皆の寝息やいびき。中也は天井を暫く見つめ続けていた。
部屋の外からドタドタと荒い足音が聞こえる。
みんなねてるから、はしってるのはせんせいだちか?──と、何となく中也は思った。
ふと、横に視線を移す。
「……っ!」
目を見開いた。
何時もなら視界にはいる焦げ茶掛かった黒髪が、見えなかったからだ。
布団から起き上がる。
(さっきまでいたのに……)
中也の表情に不安が混じった。
「……だざい…? 」
きょろきょろと辺りを見渡し乍ら、中也は其の名を口先から溢す。
隣には、子供用の布団一つ分のスペースが空いているだけであった。
そして矢張り、部屋の外からは荒い足音が聞こえた。
***
硝子でできた扉の前には、外からの光を遮る為にカーテンのような物が付けられている。
隙間からは光が溢れ出ていた。
中也はカーテンを少しずらして、扉を開ける。
「……」
部屋から出る前に、他の園児が起きていないか中也は確認した。
沢山の寝息が聞こえてくる。
(…誰も起きてねェな……)
心の中で小さく安堵し、中也は部屋の外へと出た。
***
左右を見乍ら中也は廊下を走る。
(あいつ……どこいったンだ…?)
中也の表情には、不安と焦りが混じり込んでいた。
「あれ!?中也君っ!?」
刹那、驚いたような声が中也の耳に響く。
中也は顔を上げた。
「──ぁ!もりせんせい! 」
足を止めて保育士である森鷗外と、中也は目線を合わせる。
まるで先程まで走っていたかのように、森の息は荒くなっていた。
「中也君、如何して此処にいるんだい…ッ?」
呼吸を落ち着かせ、けれども何かに焦りながら、森はしゃがみ込んで中也に訊く。
「ぇ、と……だざいがへやにいなくて…… 」
怒られているのか不安になった中也は、顔を俯け乍ら森に云った。
「………もりせんせい、だざいどこ?」
「ッ…」
其の言葉に森は顔を強張らせ、固く唇を閉ざした後に、優しい笑顔を作って云った。
「大丈夫だよ中也君。太宰君は今、一寸トイレに行っててね」
「といれ…?」
直ぐに震えた声で中也は訊く。
「うん、でも直ぐ戻ってくるよ」
森は安心させるように中也の頭を撫でた。
「だから其れまで、お昼寝して待って居ようか 」
そう云って、森は中也の手を引いて他の園児が寝ている先程の部屋へと向かう。
「もりせんせい。だざい、はらこわしたのか?」
「えっ!?……ぁ、うん…そうそう」
引き攣るような苦笑いをして森が苦し紛れに云った。
園児が寝ている部屋に着く。
森は静かに扉をを開けて、カーテンを少しだけ横にずらした。寝ている園児が目を覚さない為だ。
囁くような小さな声で森は中也に云う。
「済まないね中也君、私はやらなきゃいけない事があるんだ。一人で眠れるかな?」
「…うん」
中也は少しの不安を混ざらせた表情で、小さく頷いた。
申し訳なさそうな笑顔を森はする。 そして、中也の背中を優しく押した。
「それじゃあ、おやすみ中也君」
「………」
部屋の中に中也は這入る。カーテンによって光を遮断された空間は薄暗かった。
中也の背後から、扉の閉まる音が聞こえる。 暫く中也はその場に立ち尽くしていた。
「………………だざい…」
服の裾を小さな手で握りしめ乍ら、絞り出すような声で中也は太宰の名を呼ぶ。
然し返事はしてくれなかった。
中也の布団の隣には、同じサイズの布団一つが丸々はいる位のスペースがあった。
先刻と変わらない。
(いつ、だざいはもどって────)
刹那、荒い足音が中也の耳に響いた。
後ろの扉へと中也は視線を移す。二つの影が映った。
「紅葉君ッ!太宰君は見つかったかい!?」
「職員総出で探しておる!だが……」
保育士の尾崎紅葉と森の話し声が聞こえる。
中也は目を見開いた。
(…だざいを……………………さがしてる…?)
「太宰君が急に居なくなったから一時間が経つ……」
森は顔を顰ませ乍ら云う。
(いちじかん?)
恐怖と不安に中也は包まれた。
『ちゅーや!』
太宰が中也の名を呼ぶ。
然し其の声は、中也の記憶の欠片であった。
「……ッ」
“頭で考えるより”。
「あと一時間だ。それでも見つからなかったら警察に──」
────“躰が動いていた”。
中也が部屋から飛び出す。
「中也君ッ!?」
「中也!?」
森と紅葉が予想外の事態に目を見開き乍ら中也の名を呼ぶ。
然し中也は止まらなかった。ひたすらに走り続けた。
満面の笑顔で自分の名前を呼んでくれる彼を──見つける為に。
「は…はっ……はぁ…は──だざいッ……」
***
園児が園内から出ないよう、殆どの時間、保育園の門は閉まっている。
大人でも少し力を入れないと開けられない程で、園児なら尚更、開ける事が不可能だ。
けれども中也は知っていた。
門を開ける以外に外に出られる方法を。
「はぁ……はぁっ……はぁ………」
其れは、太宰から教えてもらったものである。
『しってた、ちゅうや?』
太宰の言葉一つ一つが、光を帯びて中也の脳に溢出す。
何かが込み上げてきた。
中也の瞳の上にじわっと涙が溜まる。堪えるように中也は手を握りしめた。
保育園の建物の裏へ行き、大きな木の前で止まった。
「はっ……はっ……はぁ…」
息を整え、汗を拭う。
大きな岩の上に乗り、木の枝を掴んだ。中也は何処か慣れた動きで木に登っていく。
木の枝から塀の上に飛び移り、其処から道路の上へ飛び降りる。
此れが、園内から出られる唯一の方法。
やってはいけない事だと中也自身も判っている。けれど太宰も、恐らく此処から出たのだと、中也は考えたのだ。
地面に着地する。
「……だざいっ!」
中也は呼びかけるようにそう云って、再び走り出した。
***
あれから中也は沢山走った。そして太宰を探した。
太宰がよく居る場所──太宰と行った処──太宰が居そうな処。
けれど、太宰は見つからなかった。
「……はっ…はぁ……は──うわっ!?」
地面の微かな段差に中也は躓く。前のめりになって転んだ。
「…い゙、ッ……」
転んだ拍子にできた膝の傷の痛みと、体力を消耗して疲れた躰、そして大きな不安と孤独感に、中也は押しつぶされる。
「ゔっ…ヒ、クッ………ぅうッ…だ…ざっ……」
瞳に涙が溜まる。
其れを堪えるように中也は拳を握りしめ、力を入れて立ち上がった。
膝は傷口から血が溢れていて、痛みに足が震えている。
中也は服の裾を握りしめた。
ぐっと涙を堪える。
然し────涙は溢れ出た。
「う…ぁ、だざ……ぅ、ッ……うぅ……」
溢れ出る涙を拭い乍ら、中也は道を歩く。
転んだ時にできた膝の怪我が、ズキズキと中也に容赦なく痛みを与えてきた。
「…ぅッ……ゔぅ……だざぃ…っ」
昨日の記憶が、中也の脳内に映像のように流れる。
昨日は[六月十九日]──太宰の誕生日だった。
***
茜色の夕日が差し込む中、二人の少年が公園に居た。黄色い帽子と藍色の帽子。
藍色の帽子をかぶる少年が驚きながら云った。
『だざいきょう、たんじょうびだったのか!? 』
『うん、そうだよ』
『…………』
中也は空いた口が塞がらない。
太宰の手には紙袋があり、中には沢山の誕生日プレゼントが入っていた。
『……そうゆうの、はやくいえよ…』
『なんで?』
きょとんっと首を傾げて太宰が訊く。
『だって……………………プレゼントわたせねェだろ……』
唇を尖らせ、照れて顔が赤くなっているのを隠しながら中也は云った。
太宰は目を見開く。
『ちゅうやが…?ぼくに……?』
唖然とした表情で太宰が中也に訊く。
中也はコクリと頷いた。
『────・・・』
煌めきと揺らめきが、太宰の瞼の裏でパチパチと音を立てて起こる。
然し直ぐに顔を逸らして、不服そうな声色で太宰は云った。
『べつに、なんでもいいよ……』
『ッ…!』
其の言葉に、中也は目を丸くする。
沈黙が起こった。
(いいすぎちゃったかな…)
少しの不安が太宰に宿る。
『──ぁ、ねぇ…ちゅうや……』
太宰は中也に視線を移した。『えっ』
目を見開く。中也が居なくなっていたのだ。
『……ちゅうや?』
少し震えた声で、太宰は辺りをきょろきょろと見渡す。然し太宰の視界に中也の姿は入らなかった。
『…………っ』
呼吸を震わせた後、服の裾を太宰は掴む。瞳の奥から、何かが込み上げてきた。
其れを太宰は堪える。
そしてボソリと呟いた。
『…これが、“ジゴウジトク”っていうのかな……』
太宰の瞳には哀愁が漂っている。
──だざいっ…!
輝くような笑顔で自分の名を呼ぶ中也の姿が、太宰の脳に溢れ出す。
『…………ちゅうや……』
絞り出した──今にも消えそうな掠れた声で、太宰は中也の名を呼んだ。
然し返事は何処からも聞こえてこない。
太宰は後ろへ振り返った。公園を出ようと、小さな歩幅でとぼとぼと歩いていく。
罪悪感が、酷く太宰に伸し掛かった。
自業自得なのは判っている。あの言葉の所為なのは判っている。
けれど、あれ以外の言葉が──太宰は思い付かなかったのだ。
〈ごめんね。〉
其の言葉を云えれば、中也の機嫌は直ぐに直る。今までのように話す事ができる。
けれど、太宰は其の言葉を云えない。 先ず持って、人に誤った事が太宰はあまりないのだ。
『……ちゅうや』
目頭が熱くなった。小さく声がもれる。
何かが太宰の瞳から溢れようとした瞬間──
『だざい…!』
中也の声が、太宰の耳に鮮明に響き渡る。
太宰は瞬時に振り向いた。
『……ちゅ…うや?』
口先から声を溢した。
中也は膝に手を着いて、ぜぇぜぇと息を荒くしている。
『どうしたの…?』
『はぁ……は……てめェ、が……きょう…たんじょうびだから……』
汗を拭い、中也は太宰と顔を合わせる。 そして右手に持っていた『ナニか』を、太宰に渡した。
中也の右手にあったのは──“四葉のクローバー”だった。
『……これ…』
煌めきが太宰の瞼の裏で起こる。
大事に持っていたのか、四葉の茎の部分はよれよれになっていて、けれども四つの葉は綺麗なままだった。
『いまわたせるのが……これしかねェから…』
しょぼんっと肩を落としながら、中也が云う。
太宰は目を丸くしたまま、四葉のクローバーを受け取った。
『………ぼく、に……くれるの…?』
『おう!“よつばのクローバーはしあわせをはこんでくれるンだ”!』
そう云って、中也が太宰の手を握る。
『たんじょうびおめでとう!だざいっ!』
柔らかな、けれども優しさ溢れる元気な笑顔で中也は云った。
『────・・・』
太宰が目を丸くする。
そして中也から貰った四葉のクローバーを、大事そうに胸元に引き寄せて云った。
『──ありがとうっ!ちゅうや!』
コメント
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可愛い...ッ!やばいもう尊すぎる...最高!!