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夜更け。
フォージャー家のリビングは、いつもより静かだった。
アーニャはすでに夢の中。ヨルも寝室で穏やかに眠っている。
わたしは窓辺で月を見上げながら、
昼間の笑い声を思い出していた。
――あの子の笑顔を、守れるのなら。
そう思うたびに、心の奥が温かくて、でも少しだけ痛む。
そのとき。
ポトリ、と玄関の方で音がした。
手紙だった。
宛名には、誰も知らない名前。
「エレナ・ヴァイス」。
わたしの、もうひとつの名前。
指先が冷たくなる。
開封すると、短い文が一行だけ書かれていた。
――次の標的は、〈黄昏〉。
息が詰まる。
わたしの心臓が音を立てた。
「……嘘、でしょ。」
思わず声が漏れる。
こんなにも平和で、笑っていられる日々の中で、
どうして“あの人”の名前が出てくるの。
ロイド。
フォージャー家の父親であり、アーニャのパパであり、
そして――〈黄昏〉。
西国の最強のスパイ。
けれどその時。
「……おねーちゃん?」
アーニャの小さな声がした。
わたしは慌てて手紙を背中に隠した。
「ど、どうしたの、アーニャ?」
「おトイレ……でも、なんか、かなしい気持ちがした。」
――読まれてる。
この子には、心の声が聞こえる。
わたしは笑ってみせた。
「だいじょうぶ。ただの、お手紙を読んでただけ。」
「……ウソ。」
アーニャが小さく言った。
その目が、まっすぐわたしを見ていた。
「おねーちゃん、泣きそうな顔してる。」
胸が締めつけられる。
でも、泣くわけにはいかない。
家族を守るために、どんな嘘でもつけるはずだった。
それが、わたしの生き方だったのに。
「アーニャ……ありがとう。でもね、これは“ないしょの手紙”なの。」
「ないしょ……?」
「うん。だから、ママにもパパにも言わないでね。」
アーニャは少し考えてから、小さくうなずいた。
「……わかった。でも、アーニャ、おねーちゃんの味方。」
その言葉に、涙がこぼれそうになった。
「……ありがとう。アーニャ。」
小さな手が、そっとわたしの手を握る。
あたたかい。
それだけで、闇が少しだけ遠のいていく気がした。
――でも、わかってる。
この平穏は、もう長くは続かない。
それでも、守りたい。
この“家族”を。
この“妹”を。
たとえ、世界中を敵に回しても。
🌙 次章予告
朝が来る。
けれど、その光は少しだけ冷たい。
ロイドの手の中に、一枚の“同じ手紙”が落ちていた。
第6章「嘘の境界線」
――家族の秘密が、静かに交わる。