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午前5時。
フォージャー家のリビングに、ロイドはひとり座っていた。
紅茶の湯気が、まだ青い朝の光の中に溶けていく。
彼の手には、一枚の封筒。
差出人不明。
宛名は――「黄昏」。
(どうやって、ここまで届いた?)
冷静に考えようとしても、
胸の奥に小さなざらつきが残る。
“この家の誰か”が関係している。
その可能性を、職業として否定できない自分が嫌だった。
ちょうどその時、
廊下から小さな足音が聞こえてくる。
「パパ、おはよ……」
アーニャが眠そうに目をこすりながら現れた。
ロイドは慌てて手紙を隠したが、
子どもの観察眼は鋭い。
「それ、なぁに?」
「……ただの仕事の資料だよ。」
「うそだ。」
ロイドは息を呑んだ。
(この子は、ときどき……妙に勘がいい。)
「……アーニャ、ママとおねえちゃんは?」
「ママはごはんのしたく。おねーちゃんは、ベランダ。」
ベランダ。
ロイドの心がわずかに波打つ。
昨夜、彼が見た小さな影。
月明かりの中で、黒い封筒を抱えていた“誰か”。
――まさか。
「アーニャ、ありがとう。もう少し寝ておいで。」
「パパ、やさしいけど、ちょっとこわい顔してる。」
その言葉に、思わず微笑んでしまう。
「……大丈夫だよ。」
だが、その“微笑み”の裏で、
心は確実に動いていた。
ベランダ。
朝の風に髪を揺らしながら、エレナは静かに空を見ていた。
手の中の手紙は、すでに燃やして灰になっている。
(これでいい。誰にも知られなければ、何も起きない。)
そう思いたかった。
でも背中からかかる声に、心臓が止まりそうになる。
「……朝から随分と考えごとだね。」
ロイド。
振り返ると、
彼はいつもの穏やかな表情を浮かべていた。
でも、その瞳の奥は――いつもより、ずっと冷たい。
「エレナ。昨日、誰か来た?」
「……え?」
「玄関に、差出人不明の手紙が届いていたんだ。」
――やっぱり、彼も。
「私には……来てません。」
自分でも驚くほど、滑らかに嘘が出た。
ロイドの目が、一瞬だけ細くなる。
「……そうか。」
沈黙。
鳥の鳴き声が、遠くでかすかに響く。
「変なことを聞いてすまない。最近、物騒だからね。」
「いえ……」
彼はそのままリビングへ戻っていった。
背中を見送るエレナの手は、震えていた。
(嘘をついた。あの人に、嘘をついた。)
でも、言えない。
言ってしまえば、全てが壊れる。
この“家族”が。
その夜。
エレナはベッドの中で目を閉じながら、
アーニャの寝息を聞いていた。
(この子の笑顔を守りたい。ただ、それだけなのに。)
まぶたの裏に浮かぶのは、ロイドの瞳。
優しくて、でもどこか遠い光。
“もしあなたの正体を知っても、私は笑えるだろうか。”
そんな問いが、胸の奥で消えていった。
🌙 次章予告
フォージャー家に舞い込む新たな任務。
それは、三人の“家族”を試す試練。
第7章「家族という任務」
――嘘を超えて、手を取り合うために。