「りっちゃん、鳥井教授紹介してぇー!」
さっちゃんの中で新藤さんの位置づけが、鳥井教授になってしまっている。
新藤さんは新藤さんだしっ。よくわからないキャラクターと一緒にしないで欲しい。
「お願いっ。鳥井教授とお近づきにならせて!」更に詰め寄られた。
新藤さんは、鳥井教授じゃないからっ。
「やだ。紹介したくない。さっちゃん変態だし」
「大丈夫。うち、イケメンには変な所見せないから!」
余計心配な発言をいただきました。
「りっちゃん。こんな超優良眼鏡物件と知り合いになっておいて、うちに一言も言ってくれないなんて、薄情やんっ。眼鏡同盟組んでるのにー」
「ごめん、そんな頭がなくて……。それに、あんなに素敵な人、絶対カノジョいるよ」
やんわり牽制するつもりで言ってみた。
「りっちゃんは光貴くん一筋で他の男性に興味ないから、イケメン営業マンとカノジョがいるかどうかの話なんかしてないやろ? いいよ、慰めてくれなくても。自分で直接聞くし」
怒った顔を見せたさっちゃんは、おもむろに立ち上がってリビングテーブルに近づいて行った。
彼女は行動力もある。抑制は無駄に終わってしまった。
「どうも、こんばんは」設計図を広げて光貴と話をしようとしている新藤さんに、さっちゃんが笑顔で挨拶した。「私、水谷佐知と言います。律さんの大親友です。よろしくお願いします。あなたは?」
「私ですか? 新藤と申します」
突然のさっちゃんの呼びかけにも、スマートに受け答えをする新藤さん。スーツの内側の胸ポケットから名刺入れを取り出し、中の名刺を一枚抜き出してさっちゃんに手渡した。
「大栄建設で営業を行っております。荒井様にはご縁がございまして、マイホーム造りのお手伝いをさせて頂いております」
「そうですか。新藤さんは独身ですか?」
「はい、独身です」
「それは良かったです。今度飲みに誘ってもいいですか?」
「律さんのご友人の方なら光栄です」
さっちゃんはあっという間に新藤さんと連絡先を交換し、また連絡しますね、とにこやかに笑った。あぁぁぁぁ……。
恐れていたことが起こってしまった。
さっちゃんのことだから、きっと新藤さんに猛アタックするに決まってる。
私と違って独身だから、何の問題も無いもん。
さっちゃんは黙っていたらカワイイから、新藤さんも無下に断れなくて、グイグイ押されて、なし崩しに肉食獣の餌食になってしまうのでは――……
想像すると、絶望的な気分になった。
さっちゃんのことは大好きなのに。
仲もよくて気が合うし、眼鏡同盟組んでいるし、上司兼大切な友人だ。
さっちゃんが新藤さんを気に入ったのなら、応援するのが当然。
でも、できない、って思ってしまった。
どす黒い感情が胸中を渦巻いている。お陰で堪えきれない程の吐き気に襲われてしまい、トイレにかけこんだ。
吐いて、全部吐き出してしまいたかった。
醜い嫉妬も、こんな気持ちになる最低な自分の心も、全て。
どうしてこんなに苦しいの。
新藤さんは誰のものでもないのに。
どうかしている。本当に最低。
苦しくて仕方なかった。
心が痛くて、涙が滲んだ。
私に泣く資格なんか、無い。
トイレで蹲っていると、私を心配して外からさっちゃんが声を掛けてくれた。
「ごめん。気分が悪くて……光貴を呼んでくれる?」
光貴に来てもらい、寝室へと移動した。
体調不良を理由に、さっちゃんには帰ってもらった。随分心配をかけてしまった。本当に申し訳ないことをしてしまった。後で詫びの連絡を入れておこう。
マイホームの打ち合わせは光貴に託して私は寝室で横になった。
最低な自分。こんな自分は嫌。
大事なさっちゃんに嫉妬するなんて。
複雑な思いが幾重にも交差して心が荒れ、悲しくて涙が零れた。
どうして泣いているのか、自分でもよくわからなかった。
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