テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
三文小説
朝。
物音で目が覚める。
キッチンの音。引き出しの開く音。ドライヤーの音。
朝陽は布団に顔を埋めたまま、ぼんやり目を開けた。
「……ん……」
眠たい目をこすりながら顔を洗いに洗面台へ向かう。
そこで一瞬、固まった。
「……え」
桐原衣月は鏡の前で歯磨きをしていたところだった。
いつものセンター分けじゃない。
セット前だからだろうか、前髪をピンで留めている。
それだけなのに、なんかずるい。
めっちゃかっこいい。
朝から見るビジュアルじゃない。
「おはよ」
鏡越しに目が合った衣月が、いつも通りの声で言う。
「あ、お、おはようございます……」
なんでちょっと噛んだんだろう。
自分でも分からない。
朝食は朝陽が作ったサンドイッチ。
向かい合って座り、なんとなくテレビを流しながら食べる。
平和だ。
すごく平和だった。
その時。
「うわっ」
カップが傾いた。
「あ」
カフェオレが机からこぼれ、べしゃっと朝陽のパジャマにまでかかる。
「え、待って、最悪……」
慌てる朝陽の横で、衣月は小さくため息をついた。
「あーあー……待ってて」
そう言うと、ティッシュを持ってきて机を拭き始める。
自然すぎる動きだった。
怒るでもなく、呆れるでもなく。
ただ普通に手伝ってくれる。
(……まって)
(優しすぎる)
その一方で衣月は、何気ない顔をしながら思っていた。
──まじで、あの人そっくり。
笑った顔も、こういう抜けてるとこも。
……かわい。
お気に入りの犬柄パジャマは犠牲になった。
着替えどうしよう、と困っていると、
「これ。着たら」
衣月がパーカーを投げてきた。
借りたパーカーは、少し大きくて。
柔軟剤なのか、衣月なのか、よく分からない匂いがした。
そのまま何気なく視線を向ける。
鏡の前でネクタイを整える衣月。
慣れた手つき。
袖から見える血管。
整った眉。
……なんか。
なんか、やばい。
「じゃ、👋」
準備を終えた衣月はそれだけ言って家を出た。
静かになった部屋。
朝陽はソファに座ったまま、ぼんやりドアを見る。
「……なんか」
さびしい。
そう思ってしまった自分に、一番驚いた。
お昼。
朝陽もカフェのバイトへ。
注文を受けたり、商品を運んだり。
忙しく動いていると、モバイルオーダーが入る。
表示された名前を見て、朝陽は思わず吹き出した。
『田中太郎』
「偽名すぎ……」
誰だよ、と笑いながら商品を準備する。
そして受け取り口に現れた人を見て、固まった。
「……え」
ふわっと、いい匂いがした。
顔を上げる。
スーツ姿。
見慣れた顔。
「……衣月さん?」
衣月も少しだけ目を見開いた。
「……お前」
数秒の沈黙。
「バイトしてたん?」
朝陽は固まった。
そういえば──言ってなかった笑
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!