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――避け続けるんだ……!
痛くても耐えろ、足を止めるな!
終わりの見えない状況。あちら側の状況を確認する余裕なんて微塵もない。
この戦いに勝つため、僕は僕にしか出来ないことをっ!
規則性のない攻撃が、次々に絶え間なく続く。
回復を使い、バリアを使い、僕が今持ち合わせる全力をもって闘うしかない。
僕は信じている。みんなを信じている。
だから最後まで諦めない。
「――っ!!!!」
気づけば、僕の視線は天井に向いていた。
体制を崩して、背中から地面に衝突――視界が一瞬ぐらつく。
回避に専念するなか、大きくバックステップをした……その時の着地に失敗して、そのまま転倒したようだ。
立ち上がらなくてはいけない。こんなところで寝ている余裕なんてない。
懸念通り、ラット小団が駆け寄る足音が次第に大きくなってきた。
視界がぐらつくなか、地面に手を突いて体を起こそうとした。が、立ち上がろうとしても突いた手が滑って立ち上がれない。
視界は未だぐらつき――平衡感覚が戻らない。
再度、腕に力を入れても逆にそれが仇となり、また滑べる。
――視界は再び天井。
口を堅く結び、歯を思いきり食いしばるしかできない。
――ああ、ここで終わりなんだ。情けないな……。
僕は、なにもできなかった。
みんなはこのまま順調に勝てるかな。
もっと……もっと……やれることはあったはずだ。
悔しい……悔しい……悔しいッ!
「っくそ!」
拳を強く握り地面を思い切り叩きつけた。
ここで僕は退場――。
「しーくん!」
「「「志信!」」」
「志信くん」
守結と桐吾の声はそこまで遠くなかった。察するに、こちらに向かって突進してきているところ、か。
体の痛みが、みるみるうちに消えていく。これは、美咲の回復スキルが僕にかけられているのだろう。
彩夏と幸恵の魔法発動もされているだろう。
でも遅い。僕はもう――。
だけど、次に感じたのは痛みではなく、ダッダッダンという鼓膜を叩くような強い足止め音。
それに、覚悟を決めているはずなのに、降りつける痛みの雨はいつになっても襲ってこない。
これはどういうことだ――。
そして追加で聞こえる複数の軽い足音。
「しーくん大丈夫⁉ 怪我してない?!」
「え……」
固く閉じた目を開く――と、そこにはモンスターの姿はなく、至近距離に眉を顰める守結の顔があった。
その顔は普段の整った顔からは酷く離れていて、せっかくの美人顔がぐちゃぐちゃに崩れている。
「――かなり酷い顔しているよ」
「もーうひどーい、心配したんだよ」
「よかった、大丈夫みたいだね」
「うん、この状態って……終わったってことなのかな」
ゆっくりと体を起こして辺りを見渡すと、先ほどまであった疑似ダンジョンの景色はなく、白いタイルが床、壁、天井の一面にあるいつも通りの演習場の景色があった。
一瞥し終わると同時に、美咲、彩夏、幸恵も駆け寄ってきて息を上げている。
「志信くん……大丈夫そう……だね」
「ふぅー、よかったー」
「いやぁ、正直肝が冷えたよー」
「みんな……ごめん」
膝から崩れ落ちた美咲は、
「はぁ――ほんとだよ、もう。私なんて今でも心臓が飛び出しそうだよ」
「急に飛び出してごめん。あの時はあれが最善策だと思って」
「まあ、私はしーくんのこと信じてたから、なーんにも心配してなかったけどねっ!」
守結が意気揚々に言葉を発している姿をみて、桐吾が「あはは……」と苦笑いをしている。
その流れを僕は理解することはできなかったけど、きっと、はっちゃけるような戦い方をしていたのだろう。こんな相方をもった桐吾は、きっと今回かなり気苦労したに違いない。
そんなこんなしていると、康太の姿がないことに気づいた。
「あれ、そういえば康太は? ――もしかして、怪我とか?」
誰かから話の切り出しを期待していると、後方から床を鳴らしながら歩く足音が聞こえた。
その方向に振り向くと、そこには|海原《かいはら》先生の姿があった。
「皆さん、お疲れさまでした。全部見させてもらいましたよ。本当に素晴らしい戦いでした――怪我人は……いなさそうですね」
海原先生の姿があるということは、今回の演習の終了を意味している。
その落ち着いた様子で話す言葉を聞くと、緊張の糸が緩んでいくのを感じた。
安心感。そんな言葉が一番適切な気がした。
「それではみなさん、疲れていると思うのでここで総評といきますか――」
「おーい、みんな待ってくれよー」
先生の話を遮るように康太の呼び声と軽い駆け足音が近づいてきた。
息を上げる姿をみるに、急いで来た様子が伺える。
「あれ、二組の先生じゃないですか。それに、みんな俺を置いていかないでくれよー」
「なにを呑気なことを言ってるのよ。あんたねぇ……」
「まあまあ、幸恵も落ち着いて。――康太もお疲れ様」
「おうよ、ってか大丈夫か? もうモンスターは出てこないのか?」
「やれやれね……」
状況を飲み込めていない様子の康太。それも無理はない。
ソルジャーラットと一対一で交戦していたんだ。
一歩間違えればパーティ壊滅もありえた緊張が走る状況のなか、集中力を切らすことなく攻撃を捌き、全体を見渡しながら立ち振る舞うなんて当然できるはずがない。
ツッコミ役だった幸恵は、おでこに手を当て軽いため息を吐き呆れている。
まるで夫婦漫才をみているようで、自然と頬が緩んだ。
「これで全員揃いましたね。では、始めていきましょうか。結果からいうと……合格です。本来は得点を累計するところですが、今回の結果に関してはもはや点数なんて必要ないと判断しました。皆さん、本当に素晴らしい戦いでした」
その言葉を聞いたみんなも、糸が切れたように床にヘタレ込んだ。
みんなの様子と先生の言葉をいまいち理解していないであろう康太は、顎に手を添えて独り首を傾げている。
「まあ皆さん、怪我はなくても疲れていると思いますので救護室なり、帰路に就いてもらって構いません。本日のこれからの授業は臨時で無しになりますんで――では皆さん、ゆっくりと休んでくださいね」
海原先生はすらすらと言葉を続けた後、行ってしまった。
康太以外のみんなは冷たい床を堪能してすぐに動こうとしていない。
僕も例外なく床の冷たさが気持ちよく、再び背中をつけた。
「つっかれたー、私ももう少しこのままでいたーいっ」
「はははっ、そうだね。僕も疲れたな。僕も、もう少しこのままでいようかな」
これから少しの間、僕たちは談笑をしていた。
ゆったりと流れる時間は永遠にも感じて、とても楽しかった。
兄妹以外で、こんなにたくさん話して、こんなにたくさん笑ったのは初めてだった。
初めて感じる胸が暖かくなるような気持ち。初めて感じる達成感。
こんなに笑ったのは初めてで、頬が少し筋肉痛気味に痛い。
でも、この痛みはどこか嫌ではなかった。
そう、もう少しの間、このまま嬉しい痛みを味わっていたいと思った――。