タクシーの中で、彼女はすぐに僕の肩にもたれてきた。
距離が近い。近すぎる。逃がさない距離感を本能で選んでいるのだろうか。
マンション前で降りると、深夜の冬の空気が頬を刺した。
隣の彼女はというと、その場にふにゃっと座り込んでしまっている。
「白石さん? 歩けます?」
「むり……」
この寒空の下、放っておくわけにもいかず、僕は腹を括った。
「……すみません、失礼します」
抱き上げると驚くほど軽くて温かい。鼻先をかすめるアルコールの香りと、彼女自身の甘い匂いにどきっとした。
エレベーターで昇る数十秒が永遠のように長く感じられる。腕の中に伝わる体温と匂いに、なんだか思考がおかしくなりそうだった。
「着きましたよ。鍵、開けますね」
「んん〜……ありがと……」
彼女をベッドまで運び、壊れ物を扱うようにそっと下ろした。
「じゃあ、僕はこれで」
役目は終わった。そう自分に言い聞かせ、身を引こうとした時。むくっと起き上がった白石さんにシャツの裾をぎゅっと掴まれた。
「……春川さん」
「え、あの、白石さん?」
「……ぎゅーしたい」
甘えるような声と共に、腰のあたりに彼女の細い腕が絡みついてくる。不意に柔らかな重みを預けられ、僕はなす術もなく床へと転がった。
——そして、現在へと繋がるわけだ。
潤んだ瞳で見つめられ、唇は吐息が混ざり合うほどの距離に迫っていた。
「春川さん……好きかも」
鼓膜を揺らす甘い囁きだった。心臓が裂けそうなほど早鐘を打つ。無理だ、もう限界だ。理性が焼き切れる——そう覚悟した、その時。
とん、と頭が預けられた。
「え……今?寝た、のか?」
規則的な寝息が聞こえてくる。
彼女をベッドへ寝かせ直し、僕は狭いソファで身体を縮め、天井を仰いだ。血管にはアドレナリンが駆け巡り、朝まで一睡も出来ずにいた。
***
「……ん……ここ、どこ……?」
翌朝目を覚ました彼女は、ソファで丸まっている僕を見るなり飛び上がった。
「何で春川さんがここに!?!?……もしかして」
みるみる顔が赤く染まっていく。
「わ、私……春川さんのこと……襲いました?」
「お、襲ってません!!」
つられて僕の声も裏返った。
「僕は……ちゃんとお付き合いした人としか、そういうことはしませんから!」
それを聞いた彼女は、ほっと安堵の息を吐く。
数秒の沈黙の後。彼女は探るような上目遣いで僕を見つめた。
「あの……春川さん」
「はい?」
「じゃあ、私と、付き合いませんか?」
——こうして僕は、予測不能な恋に、足を踏み入れた。
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