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~少し時は戻り、その日のオリジエル侯爵家の面々~
セシル・オリジエルは、その日朝から身支度を整えて出掛ける準備に余念が無かった。
今日は、異父妹であるリリアと友人ローランの婚約が整う日だった。
本来ならそれは、3日前に予定されていた。
それがマーケリー伯爵家の都合で今日まで伸ばされたのだ。
「全く、侯爵家が伯爵家の都合に合わさないとならないとはな」
「貴方⋯しょうがないですわ、こちらにも非があるのですから」
「ナーシャの不始末で我が家が侮られるなど⋯」
セシルは、妹のナーシャに憤っていた。
婚約者の交流を軽視した妹は、ローランとの仲を深められず、それを異父妹にフォローしてもらっていたのだ。結局、そんな異父妹のリリアにローランが心を寄せたのは仕方がないことなのに、原因になったナーシャは謝罪すらしないとリリアに聞いた。そんな背景があり、リリアとローランは婚約する事になったのだが、伯爵家ではあまりいい顔をされなかったと、セシルはローランに聞いていた。それを爵位が上というのを存外に出して、セシル自ら伯爵家に赴き、ローランと二人で伯爵夫妻を説得したのだ。その時点でこちらが頼んだ形になってしまった。
ナーシャについては事実は違っているけれど、セシルは見たくない物や自分に非があるかもしれないという事に、特に敏感に目を逸らす傾向にあった。
そんな夫をアリスだけは、客観的に正確に見ていた。だが、だからといってアリスもナーシャは庇わない。そんなことをしてセシルの不評を買ったら、自分が離縁されるかもしれないのだ。アリスの実家はオリジエル侯爵家の傘下なのだ。思い込みの激しいセシルには、上手に立ち回らないといけないと、学生の時にアリスは学んでいた。
今回の婚約者の交代は、アリスの目から見てもリリアの略奪だと思っている。それを義父とセシルは知らないというより、見て見ぬふりをして認めないのだから、アリスはそれに同調するほかなかった。
(ナーシャも気の毒よね)
憤る夫の身支度を眺めながら、アリスは心の中で義妹に同情していた。
スティーブとセシルとリリア、3人はいつも学園に行くような時刻に、オリジエル侯爵家を出発した。昨夜ローランがオリジエル侯爵家を訪れて告げられたのだ。伯爵家のそんな対応に、スティーブとセシルは昨夜から苛立っていた。だから馬車の中でも二人は不機嫌で、ナーシャを蹴落として伯爵家の嫡男と婚約できると、夢見心地で上機嫌なのはリリアだけだった。
マーケリー伯爵家では、ローランと伯爵家の家令が出迎えてくれた。
それにも、スティーブとセシルは苛立つ。ナーシャの時の婚約では、伯爵家はこんな風ではなかった。常に|侯爵家《こちら》を気遣っていた。リリアが元伯爵家の娘だからと、侮っているのだと憤る。
案内された応接室では、まだ夫妻は居なかったが、直ぐに入室してきた。
リリアを挟んでスティーブとセシルが座るソファの対面に夫妻は座り、ローランは一人がけのソファに座るようにと伯爵は言った。
「ご足労頂きまして、恐縮です。しかしナーシャ嬢はどうされましたか?」
挨拶もそこそこに、しかもまだお茶も出されていない。そんな状況でナーシャのことを聞く伯爵に、スティーブは苛立ちながらも、体調不良で学園も休ませたと伝えた。
すると夫妻で視線を交わして、先程出迎えてくれた家令から何かを受け取り、それを伯爵がスティーブに渡した。
「私どもの調査でわかりました。単刀直入に申しましょう。息子とリリア嬢との婚約を我が家は認められません」
「なっ!どういうことだ!」
ここまでの間にも、胸に溜め込んだ怒りをとうとうスティーブは、我慢できずに怒鳴った。
セシルも苛立ち膝の上で拳を握る。
リリアは伯爵の言葉にショックを受けて、ローランを見ると、彼はそんなリリアから向けられた視線を逸した。
「まぁ、怒鳴るのはそれを読んでからにしてください」
立ち上がり拳を握り、体から怒りを発しているスティーブと違い、マーケリー伯爵は冷静に書類を見るように促した。
あまりにも、伯爵夫妻が冷静な為、スティーブは怒りの熱を持って行く場を見失い、言われるがままテーブルに置かれた書類を手に取ると、座って黙読し始めた。
そんなスティーブをセシルは拳に怒りを込めたまま、見ていたが、書類を読み進めるスティーブの顔が段々と青くなっていくのを見て、一体何が書かれているのか、気になってしょうがなかった。
「父上?何が書かれていたのですか?」
読み終わり呆然としていたスティーブは、セシルのその言葉で、我に返ったようにリリアに信じられない物を見るように、引き攣った顔を向けていた。
「お父様?」
「リリア、お前は伯爵家で虐げられていたのではないのか?」
「そうですわ!お義兄様もお義姉様も、子供の私にとっても意地悪でした」
スティーブの前妻であるソフィアは、スティーブと離婚後、直ぐにトーラス伯爵の後妻として嫁いでいる。
トーラス伯爵には、死別した前妻との間に二人の子供が居た。だからソフィアには子を強くは望まれなかった。
それでもリリアが誕生したのだから、夫妻はそこまで関係性は悪くなかった。だが、子供は違う。
ソフィアは、前妻の子供達とあまり深く関わることがなかった。それというのも、二人はリリアが誕生した時点で、学園に在籍するほどの歳であった為、仲良くする事がソフィアは面倒だった。そんな態度は幼いリリアにも伝わるもので、リリアは歳の離れた異母兄姉を子供の頃から下に見ていた。
そしてある日事件は起こる。
リリアが11歳になった時、異母姉が兼ねてからの婚約者との婚姻が漸く叶う事になった。その時異母姉は26歳。本当ならもっと前に婚姻できたのに、婚約者が王宮に勤める外交官で、危険地帯に赴く事になり、延びに延びていたのだ。途中で婚約解消などの話も持ち上がったりしていたが、異母姉の希望で彼女は待つ事を選択した。
あとひと月で結婚式という日。
その日リリアは、異母姉の部屋に勝手に入っていた。出来上がっていたウエディングドレスを見たかったのだ。
異母姉のウエディングドレスは、数日前にサイズをお治しされていて、その様子をリリアは見ていたのだが、部屋に入る事を許されなかった。
だからこっそり見ようと思った。
それに気付いた異母姉のメイドが、別室にいた異母姉を呼びに行く。
その間にリリアは、おやつで出されたチョコレートを食べた手で、ベタベタとウエディングドレスに触りまくっていた。
別室から自室に戻った異母姉は当然悲鳴を上げた。
ウエディングドレスには、リリアの手形であちらこちらが汚されていた。
「何をしているの!」
幼い子どもだからといってイタズラの範疇を超えていたその行為に、異母姉は声を荒げた。
その声に驚いたが、リリアは澄ました顔で、一言告げて、ウエディングドレスを飾るトルソーを思い切り押して倒した。
それを何とか阻止しようとした異母姉がトルソーに向かって突進した、その拍子に異母姉は部屋の調度品に顔面から倒れ込み、その美しい顔に大きな傷を作った。
当然結婚式は中止になったが、永年待ち続けてくれた異母姉を婚約者は見捨てることはなく婚姻には至った。だが、大きな傷は治る事はなく、婚約者の領地に異母姉は行くことになった。社交界に出る事は、二度とないと思われる。
書類には、スティーブの知らなかった事実が淡々とした文章で書かれていて、その事が尚の事リリアのした事を恐ろしく感じられた。
「リリア?お前は⋯何ということを⋯」
「あれは事故だもの、私は悪くないってお母様は仰ったわ」
そんな二人の会話にマーケリー伯爵は、割って入る。
「罪の意識もない、そんな恐ろしい人に|マーケリー伯爵家《我が家》に入って欲しくないと、ご理解頂けたでしょうか?」
コメント
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ああ、やっと読めた…この第21話、めちゃくちゃ重かったですね🥀 リリアの“事故”の真実が明らかになって、それまでのナーシャ悪者構図がひっくり返る感じ、すごかったです。アリサの「ナーシャも気の毒よね」という内面がもう、物語の裏側を靜かに刺してくるようで…。 ラスト、スティーブが真実を知った時の引きつった顔と、リリアが「事故だもの」って澄ました顔で言い切るシーン、本当にぞっとしました。マーケリー伯爵夫妻の冷静な対応も逆に怖かったです。 丁寧に伏線を回収しつつ、読者に衝撃を与える構成、本当に上手いなと思いました。続きが気になります…!