テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
そしてその女神は俺たちの前にかがみ込みそっと美紅の体に手を伸ばした。
「気高きノロの血を引きながら一介のユタとして名もなき民のために生きた娘よ。汝を勇者と認め我がとこしえの地へ汝の魂を招こう」
「待ってくれ!」
俺は喉が張り裂ける程の大声で叫んだ。たとえ神様だとしても、そんな事黙って見てられるか! 俺の大事な妹なんだ! だがその女神はやさしく頬笑みながらも反論を許さぬ口調で俺にこう告げた。
「その刃はその娘の心臓を貫いておる。その刃が胸を貫いた時、その娘の肉体は既に死んでいたのだ」
「な……そんなはずはない! 美紅はあの後も俺に向かってしゃべって……」
「既にその時、心臓は止まっておった。『えけり』である汝を守りたい、守らねばならぬ、その想いの強さゆえに死して後もなお汝の前に立ち続けた。あの母親は刃を振り上げた時それに気づいたのだ。だから一度振り上げた刃を思わず降ろした」
そうか……あの時純のお母さんが美紅のまん前まで来て驚いていたのはそのせいだったのか!
「その娘は死力を尽くして自分の使命を果たし、そして力尽きたのだ。兄としてその娘を想うのであれば、もう安らかに休ませてやるがよい」
その女神が手を引くと美紅の体から光の塊が出て行った。そしてそれは光で出来た美紅の形になった。美紅の肉体はまだ俺の膝の上に抱かれているのに。
「待ってくれ! あんた神様なんだろ! だったら美紅を生き返らせてくれよ! 代わりに俺が死ぬ! 俺の命を代わりにやる! だから!」
だがその女神はゆっくりと首を横に振った。
「神といえど、いや神だからこそ、命を左右してはならぬのだ。人のみならず生きとし生けるものの命はそれほどに尊い物。神ですらもてあそんではならぬ程尊い物なのだ。だが、汝の気持ちに免じて、この娘の魂の行き先を見せてやろう」
その女神が右手を斜め上に上げると目の前に海が見えた。フボー・ウタキの木に囲まれた空間は消え去り、俺の目の前に真っ青な海が広がっていた。そしてその海面のはるか彼方に虹の様な七色の光に包まれた島が見えた。その島を指差しながらその女神が言った。
「あれもまた時代と人によって様々な名で呼ばれてきた場所。ヴァルハラ、オリンポス、パライソ、あるいは極楽浄土。この琉球の地の民は古来より、あれをニライカナイと呼ぶ」
光で出来た美紅、いや、あれが美紅の魂なんだろう。それは俺と美紅の体から離れその女神のかたわらへ行く。ふと見るとその女神の後ろに十以上の、似たような人の形をした光の塊が並んでいた。どれも人間の少女に見えた。その光の少女たちが一斉に手を伸ばして美紅の魂を迎え入れる。女神が俺に向かって言う。
「その娘たちもまた、勇者として生き、気高き魂であるがゆえにニライカナイへ入る事を許された者たち。遠い昔、私がこの久高島を訪れた時も我が侍女として供をした。また、私が勇者と認めた人間がその生を終える時、その魂を迎えに行きニライカナイへと導く役目を果たしておる。遠い時代のヨーロッパの北の地では、この者たちをワルキューレ、ヴァルキュリアなどと呼んだ」
「じゃあ、もう二度と美紅には会えないのか?」
「もし今一度この娘に会いたいと願うなら、汝もニライカナイへ来るがよい」
「だったら今俺も連れて行ってくれ! 俺も美紅と一緒に……」
「今の汝にはニライカナイへ入る事は許されぬ。あれは勇者として生き勇者として人生を全うした者だけが招かれる場所。ニライカナイへ来たいのなら勇者となれ」
「無理だ!俺には美紅のような力はない……ただの人間としてだって弱っちい俺が勇者になるなんて無理だ……」