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最初に声を発したのは、諸星 大歩(もろぼし だいと)だった。彼は額を押さえ、痛みに顔を歪める。
「いてて…ここはどこだ?頭が割れそうだ…」
彼の声は、広大な空間に吸い込まれるように響き、静寂を破った。
その声に反応するように、隣で目を覚ました
誰時 司(たれどき つかさ)が、周囲を見回して困惑の表情を浮かべる。
「あれ?さっきまで、私たちは学校の裏の森の中にいたはずじゃ…?」
彼の記憶は、つい数分前の、日常の風景で途切れていた。
続いて、楓翼 涼夜(かえでよく すずや)が、その場の荘厳な美しさに目を奪われながら、不安げに呟く。
「なんか、すごく綺麗な場所だね……。でも、こんなに静かで、まるで時間が止まってるみたい。僕たち、もしかして……死んじゃったのかな……」
彼の言葉は、皆の心に潜んでいた漠然とした恐怖を代弁していた。
最後に、冷静さを保とうとする牙 燐乃(さいとり りんの)が、周囲を鋭く見渡し、低い声で状況を分析する。
「どうやら、ただ事じゃねぇみたいだな。ここは、俺たちが知ってるどこでもない。」
こうして、先に目を覚ましていた者たちも含め、全員が完全に意識を取り戻し、この異様な状況に戸惑いと緊張を募らせていく。彼らの間に、ざわめきと、囁き声が広がり始めた、その時だった。
???
「……やっと、目を覚ましたね……」
柔らかな、しかしどこか寂しさを帯びた声が、広間の奥、祭壇の方角から響いた。
生徒たちの視線が一斉に集まる。
祭壇の前に立っていたのは、一人の少女だった。
年齢は彼らと同じくらいに見えるが、その纏う雰囲気は、この世のものとは思えないほどに神秘的だ。身長はやや低めだが、その存在感は空間を支配していた。
彼女の顔は、精巧な細工が施された白い仮面に覆われており、その表情は、悲しい顔にも見えるが嬉しい顔にも見える仮面を被っている。
そして、最も目を引くのは、彼女の異様な装いだった。
腰のあたりからは、漆黒の羽毛を持つ黒い翼が生えており、それはまるで夜の闇を切り取ったかのよう。そして、黒色のドレスを服装を身に纏っていた。
その姿は異形でありながら、なぜか彼女は、彼らにとって「懐かしい」、遠い記憶の残滓のような温かい雰囲気を纏っていた。
???
「驚かせてごめんね。ここは……まぁ簡単に言うと、教会?って言ったらわかるかな。でも、君たちの知ってる場所とは少し違うところだよ。」
少女の言葉に、ざわめきはさらに大きくなる。
夜縹 八蓮(よはなだ やれん)が、その混乱の中で、冷静に問い詰めた。
「ここは教会ってのはわかったけど、さっき俺たちが下校している時に、耳元で囁いたあの声は、あなただったってことか?」
???
「そういうこと。いきなりで、本当にごめんね。」
少女は静かに謝罪した。その声には、嘘を言っている様子は微塵も感じられない。
カタリナ・榛奈・エストレージャ・ラミレスが、長い髪を揺らしながら、一歩前に出る。
「なるほどね……状況は少し見えてきたわ。ところで、あなたは一体何者なの?その仮面の下の顔と、名前を教えてくれる?」
???
「僕の名前は……まぁ、仮の名前で【スペス】と言う。」
スペスと名乗った少女は、静かに言葉を継いだ。
「突然こんなところに来て、きっと怖いと思う。でもね、これは、あなたたちにしかできないことなの。そう。あなたたちには、
【この世界を救ってほしいの。】」
彼女の言葉は、教会の静寂を切り裂く、鋭い刃のようだった。
仮面で隠された彼女の顔はわからないが、その声の響きは、どこか悲しげに、そして切実に揺れているように感じられた。
教会に流れる空気は、それまでの緊張とは異なる、重く、神聖なものへと変わり始める。ステンドグラスから差し込む光の粒が、ゆっくりと、まるで意思を持っているかのように舞い上がり、彼女の周りだけ、時間が緩やかに、あるいは完全に止まっているかのような錯覚を覚えた。
彼らは、この突拍子もない言葉を理解できず、全員が同じ言葉を口にした。
「世界を……救う?」
スペス
「この世界は今、静かに、そして確実に壊れていってる。
君たちには見えないかもしれないけれど、確かに「心の崩れ」が始まっているの。人が信じていた正義も、互いを思いやる優しさも、そして何より、誰かを信じ合うことも……みんな少しずつ、その形を失いはじめている。」
彼女の視線は、彼らではなく、遥か遠く、教会の壁を通り越したその先を見つめていた。その視線の先に、何か大切なもの、失ってはならないものを探すかのように。
スペス
「けどね、まだ間に合うと思う。だから、お願い。君たちの手で、【光】を取り戻してほしいんだ。」
その言葉は、懇願というよりも、最後の希望を託す、切実な祈りのようだった。
扶情 隼(ふじょう しゅん)が、腕を組み、その真意を問う。
「なるほど……まだわからないことだらけだが、一つだけ聞かせてくれ。なぜ、俺たちなんだ?どうして、何の力も持たない俺たちなんかが、世界を救う選ばれし者になったんだ?」
少女はその問いに、ほんの一瞬、沈黙した。
そして、仮面の下で、少しだけ微笑んだように見えた。
彼女は、まるで遠い過去の記憶を辿るかのように、ほんの一瞬、顔を伏せた。
スペス
「どうして、だろうね。
たぶん……君たちが【あのとき】のままだから……」
彼女は顔を上げ、その仮面越しに、一人ひとりの瞳を見つめる。
「まだ、まっすぐに誰かを信じられる。
まだ、自分の中の優しさを捨てていない。
この世界で、そのままでいてくれる人たちは、もう、君たちしかいないのかもしれない。」
スペスの声が、微かに震えた。
その瞬間、彼女の頬をかすめた光の粒が、まるで涙のようにキラリと輝いた。それが、ただの光のいたずらだったのか、それとも彼女の感情の表れだったのかは、誰にもわからなかった。
彼女は、再び、力強く言葉を続けた。
「大丈夫。怖くないよ。
だって、君たちはきっと、思い出すはずだから。
本当の「あたたかさ」がどこにあるのかを……ね。」
スペスの切実な願いは、廃墟となった教会の重い空気に満ち、少年少女たちはその言葉の重みに、一様に言葉を失い、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
その静寂を破ったのは、教会の奥、祭壇のさらに奥に隠されていた、巨大な石造りの扉が動き出す、地鳴りのような音だった。
ギィィ……
何百年、いや、何千年もの時を超えて、初めて外界の空気に触れるかのような、深く、耳をつんざくような軋みが、教会の静寂を切り裂いていく。その音は、彼らの心臓の鼓動と共鳴し、これから始まる、運命の旅の序曲のように響き渡った。石の扉は、あまりにもゆっくりと、あまりにも重々しく開き、その過程すべてが、途方もない時の流れを体現していた。
扉の隙間から、彼らの世界では見たこともないような、眩いばかりの光が、まるで洪水のように広間へと溢れ出した。
その光は、冷たい石の床を瞬く間に黄金色に染め上げ、教会の内部を、一瞬にして、この世のものとは思えない神々しい空間へと変貌させた。塵一つない清浄な輝きが、彼らの不安を一時的に忘れさせるほどだった。
そして、その光の向こう側、大きく開かれた扉の先には、驚くべき光景が広がっていた。
それは、ただの通路ではなかった。
天国、あるいは夢幻の世界を具現化したようなその幻想的な景色は、彼らが今、この教会の扉の向こうで、新たな世界への跳躍を待っていることを示していた。
スペスは、その幻想的な景色を背に、ゆっくりと、しかし確かな足取りで振り返った。彼女の漆黒の翼と黒色のドレスが、逆光の中で、一層神秘的に、そして威厳をもって輝く。その立ち姿は、もはや教会の管理者ではなく、世界の運命を託す、高次の存在のように見えた。
スペス
「この先に、【世界】があるの。いくつもの世界。
君たちが住んでいた世界と、少しだけちがう。」
彼女の声は、先ほどよりも一層、静謐で、厳かな響きを帯びていた。
スペス
「ここにはね、もう誰も覚えていない【想い】が眠ってる。
それは、誰かの【喜び】だったり、悲しみだったり、後悔だったり、願いだったり……。忘れ去られ、世界そのものに還ってしまった、魂の輝きの欠片。
それを見つけてきて。
そして、その【想い】を、元の光として取り戻してほしいの。」
その言葉は、彼らに課せられた使命の重さを、改めて突きつけた。それは、物理的な戦いではなく、魂の深淵に触れる、果てしない探索を意味していた。
木枯 咲菜(こがらし さきな)が、その場の重い空気を破るように、一歩踏み出し、尋ねた。彼女の瞳には、迷いよりも、強烈な探究心が宿っていた。
「見つけるって……どうやって?手がかりも、地図もないのに、どうやって、その【想い】とやらを、私たちが見分けられるの?」
少女は、その問いに、ほんの一瞬、遠い過去をなぞるように首を傾げた。そして、ゆっくりと、静かに首を横に振った。
スペス
「わたしにも、よく分からないんだ。手がかりは、この世界にはもう存在しない。
たぶんね、【感じること】がすべてになる。君たちの心のフィルターを通して、その世界に置き去りにされた想いを、理解し、受け止めること。
世界を救うって、きっと戦うことじゃなくて、誰かの痛みや願いを、まっすぐに受け止めることなんだ。
そうすればきっと、失われた【想い】は、君たちの中で光を取り戻す。それが、僕が信じている【救い】なんだ。」
彼女の声は、静かで、力強かった。その一言一言が、教会の石壁に反響し、まるで古代の祈りの言葉のように、彼らの心に深く染み込んでいく。
スペス
「ねえ、覚えておいて。
たとえ、この扉の向こうで離ればなれになっても、君たちは【同じ場所】にいる。君たちの心は、この旅を通して、目に見えない絆で深く結ばれる。
心が繋がっている限り、【君たちは一人じゃない】。
だから、怖がらないで。
どんな世界でも、どんな闇でも、
必ず君たちは、君たちでいられるから。その絆こそが、君たちの力よ。」
その声は、まるで澄み渡った鐘の音のように、教会の天井に清らかに反響し、そして、静かに消えていった。
スペスの姿が完全に光の中に溶け去った後、教会の広間には、彼らと、扉の向こうから吹き込む新しい世界の風だけが残された。その風は、新しい世界の匂い、未知の可能性、そして、かすかな希望を運んでいた。
山灘 翼(やまなだ つばさ)が、その風を顔に受けながら、静かに呟いた。彼の表情は、先ほどの不安から一転し、冒険者としての決意に満ちていた。
「新たな物語がまた始まるってわけか。
世界を救う旅、か……。
果たして、この物語は、どんな結末を迎えるのかな。」
彼の言葉は、期待と、そして微かな不安を孕んでいたが、それ以上に、未知なるものへの高揚感が感じられた。
そして、少年少女たちは、顔を見合わせ、互いの存在を確かめ合った後、それぞれの道を選び、開かれた光の回廊へと、一歩を踏み出す。
それが、彼らの旅の始まりだった。
失われた【想い】を取り戻し、世界を救うための、長く、過酷な、しかし希望に満ちた物語の始まりが、今、この廃墟の聖域から、静かに、そして力強く、動き出したのだった。
「あとがき」
主要人物No.1 【スペス】
突如として教会に現れた謎の少女らしき人物。
背中には黒い翼、服装は黒いドレスのようなものを着ている。そして、笑顔にも悲しんでいる顔にも見える仮面のようなものを付けている。
彼ら1年A組に託されたことは、「この世界の光を取り戻すこと。」