いよいよ正面対決を控えたシャーリィ=アーキハクトです。
此方の砲兵隊が装備するQF4.5インチ榴弾砲は射程も四キロありますが、それは最大射程です。有効的な射撃を行うなら半分程度、二キロ前後が良いでしょう。近い方が良く狙えるのは道理ですからね。
それに、先のスタンピードで砲兵隊は大量の砲弾を消費しました。この一ヶ月『ライデン社』からの購入とドルマンさん達による増産を図りましたが、前者は資金難から、後者は生産能力の限界から充分な数を揃えることが出来ませんでした。今後に備えた予備も必要になりますからね。
こんな時は私の魔法を思う存分活かしたいのですが、これについてはマリアが釘を刺してきました。魔法を使えると言う稀有な能力が知られたら、更なる厄介事を招くことになると。
特に『聖光教会』は魔法を使えるものを血眼になって探しているみたいです。まして、私の力は勇者様のもの。
勇者様を信仰の対象にする『聖光教会』に知られれば、面倒なことになるのは火を見るより明らか。いざとなれば躊躇はしませんが、極力控えることにします。
……その『聖光教会』の『聖女』が魔王の力を受け継いでいる。何とも歪なものですね。
「砲兵隊砲撃用意!弾が少ない!無駄弾を撃つなよ!確実に有効打を与えるのだ!訓練の成果を見せてみろ!」
マクベスさんが号令を掛けて、砲兵達が慌ただしく準備に移ります。距離は五キロ。起伏も無い平原ですから、相手を観察するのは容易い。まあ、それは向こうも同じ条件ですが。
「お嬢様、距離二千で砲撃を開始します。しかしながら、彼方が装備する大砲の射程圏内となりますので、撃ち合いになるかと思われます」
ふむ。
「撃ち合いとなった場合、勝てますか?」
「見たところ彼方の大砲は旧式で、おそらく炸裂する砲弾では無いと思われます。撃ち負けることは無いと断言できますが、飛来する砲弾による被害を防ぐことは出来ません」
「私が魔法で撃ち落とせば?」
やろうと思えば出来ます。
「お止めください。我が『暁』のみならば良いのですが、我らの後ろには民が居ります。何処で情報が漏れるか分かりませぬ」
スタンピードでは民間人を逃がして組織の者しか居ませんでしたし、相手は魔物でしたから遠慮無く魔法を使えましたが……。
振り向いてみると、町から此方を見物している野次馬さんが居ました。出来れば避難して欲しいのですが。
スタンピードを退けたことで、黄昏住民は『暁』の防衛力を信頼してくれています。
が、絶対に大丈夫と言う信頼も時には足枷になりますね。
「分かりました。極力被害を抑えるように努めてください」
「はっ、必ず。機関銃及び歩兵隊は距離三百で射撃を開始します。遮蔽物もありませんし、有効な攻撃が可能でしょう」
見晴らしの良い平原ですからね。良く狙えます。
「不安要素はありますか?」
「彼らは傭兵です。この様な戦場を渡り歩いている以上、どんな策を用いるか分かりませぬ。複数の馬車を伴っているのも気掛かりです。臨機応変に対処するつもりではありますが、お嬢様も不測の事態に備えてください」
「分かりました。それとマクベスさん」
「はっ」
「白兵戦となったら、私達が前に出ます。戦闘部隊からは、特に成績が良い人のみを選抜してください」
これまでの小競り合いでは、白兵戦に持ち込まれて此方に被害が続出しましたからね。
「はっ!では直ぐに選抜します!」
マクベスさんは私に敬礼をして塹壕に飛び込みました。
「アイツら手強いからな、お嬢も今回はあんまり前に出るなよ?魔法剣も無しだ」
黙って控えていたベルが声をかけてきました。ふむ。
「分かっていますよ。武器だって、ドルマンさん手製のものを使いますから」
私の腰には、柄だけの勇者の剣以外に、レイミと同じ剣。カタナでしたっけ?東方の剣が下げられています。
これはレイミの強い要望で、お揃いにしたかったのだとか。可愛らしいおねだりをされた以上、叶えるのが姉の責務です。
装飾は一切施されていない武骨なもので、耐久性を何よりも重視して作られました。実戦向けですね。
後はレイピアの要領で、突き主体で戦うつもりです。振り回すには修練が必要ですから。
「カタナ、だったか。面白い形をしてるよなぁ」
「はい、不思議ですね」
刃が反っているのは、帝国では見られない形状です。叩きつけるのではなく、引いて斬るのだとか。うん、難しい。
「それで、方針は決まったか?」
「真正面から迎え撃ちます。側面攻撃も警戒していますから、奇襲は防げる筈」
リナさん率いる『猟兵』の半分は黄昏周辺に幅広く展開して警戒してくれています。
真正面から攻撃しつつ背後を脅かす。そんな作戦を用意されても大丈夫なように、です。万が一の時は、伏兵である戦車隊に対処を命じるつもりです。その場合正面の戦いが難しくなる可能性はありますが。
シャーリィ達『暁』が備えを固める様子は『血塗られた戦旗』側からも良く見えた。
パーカーは双眼鏡で暁の陣容を観察しながら呟く。
「ほう、大砲に機関銃まである。それと、地面に掘った塹壕か」
暁が塹壕を用いるようになって四年。度々敵対者を撃退してきた塹壕陣地は周知のものとなっていた。
「装備だけは一人前みたいだな、パーカー。どうする?身を隠す場所なんて無いが」
「だから、馬車を連れてきたのさ。こいつと一緒に行動する。それと、大砲の射程に入ったら幅広く散開させろ。密集してちゃ大砲の良い的だからな」
「分かってるよ、パーカー。今日は良い狩りにしようじゃねぇか」
「焦るなよ、レッグ。アイツらは新参者だが、一応エルダスのゴロツキ共を仕留める程度の強さはある。かといって、リューガみてぇにビビる必要も無ぇ。いつも通りに仕事をやるだけだ」
「おう!」
レッグと言葉を交わしたパーカーは、皆を見渡す。
「野郎共ぉ!仕事の時間だ!あの小娘を殺った奴は特別ボーナスを弾むぞ!」
「「イェアアアアッッッ!!」」
パーカーの言葉に傭兵達が武器を掲げながら雄叫びをあげる。
「おいパーカー!あの小娘、成りは小さいが滅多にお目にかかれねぇ上物だ!殺るのは勿体無ぇよ!」
「好きにしろ!どうせ潰すんだからな!捕まえても殺っても同じだけ弾むからな!しかもあの町には財宝がたんまりある!気合いを入れろぉ!」
「「うおおおおーっっ!!」」
「さあ行くぞぉ!」
「「うおおおおーっっ!!」」
「「イェアアアアッッッ!!」」
パーカーの鼓舞で傭兵達は雄叫びをあげながら馬を走らせる。
そして四頭の馬に牽かれた馬車や大砲も一緒に前進を開始。
「総員戦闘用意!我らの家を守るのだ!黄昏に一歩たりとも近付けてはならん!」
「「おおおおーっっ!!」」
動き始めた傭兵団を見て、マクベスも号令を発し暁も迎撃体制を執る。
「戦果は二の次です。皆さんの生還を心から願います。決して無理はしないように。そして、敵を殲滅します!大切なものを守るために!」
「「「はっ!!!」」」
塹壕内で行われたシャーリィの鼓舞に、皆が応える。
双方は遂に激突する。
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