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翌日、朝。
昨日はあのまま、お風呂にも入らず、化粧も落とさずに寝てしまった為、シャワーを浴びるべくいつもより早起きをした。
服を脱いで浴室に入ると、涙で中途半端に化粧が取れている汚い顔をしっかり洗い流す。
髪と身体を洗うと、何となく気分もスッキリする。
「……よし‼」
両頬を叩いてやる気を奮い立たせる。
出勤用の服に着替えて、濡れた髪にタオルを巻きつけると、泣いて少し腫れてしまった瞼を誤魔化しながら化粧をした。
少し目に違和感はあれど、化粧をし終わると、髪を乾かし、朝食作りに取り掛かる。
鮭を焼き、たくあんを切り、わかめと豆腐のお味噌汁を作成。THE 和食。
一通り作り終えたところで、洋樹を起こしにかかる。
「おはよう‼ 洋樹。起きて‼」
ベッドに身体を埋める洋樹の肩を揺すると、
「……もう朝なのー? 日花里、いつ起きたの?」
なかなか目を開けられない洋樹が、隣に寝ていたはずの私を探す様にベッドの空間を手探りした。
「1時間くらい前かな。朝ごはん出来てるから早く起きて‼ 食べる時間なくなっちゃよ‼ 遅刻しちゃうよ‼」
彷徨う洋樹の手を「もうそこには居ない」と握ると、洋樹が私の手を握り返して、ようやく薄ら目を開けた。
「……目、腫れちゃったね。ごめんね、日花里」
1㎜くらいしか開いていない洋樹の目が、化粧で上手く誤魔化しきれなかった私の瞼に気付いた。
洋樹は優しいから、私を心配してくれているから、私の少しの変化にすぐ気付く。
全く気付かれないのも悲しいけれど、今日は気付かれたくなかった。折角気分を切り替えたばかりだったから。
「大丈夫だよ。午後には引くから。それより早く起きて‼」
洋樹の手を引っ張り、洋樹の上半身を無理矢理起こすと、洋樹が子どもみたいに私に抱き着いてきた。
「おはよう、日花里。昨日はごめんね。本当にごめん」
洋樹が私の肩に顔を埋めた。
洋樹は浮気をしてから、喧嘩をしてもすぐに謝るようになった。前は、喧嘩をすると3日くらい長引くのが当たり前だったのに。
洋樹は、私が洋樹の浮気を許せていないことを知っている。
だから、自分が悪くなくとも、私が泣いたりすると謝る様になってしまった。
洋樹は、窮屈じゃないのだろうか。
私は少し、しんどいよ。
洋樹の浮気を許せないせいで、洋樹に我慢させていることを責められている様で、ちょっと苦しい。
「ごはん食べよう? 顔洗っておいで」
洋樹の背中を摩ると、
「うん。さっきから鮭のいい匂いがしてて、お腹減ってきた」
洋樹が私から身体を離し、切なさの余韻が残る笑顔を見せると、ベッドから下りた。
私は、朝から洋樹に何て顔をさせているのだろう。
だから喧嘩はしたくない。
仲直りをしても、後味が悪い。
「ふぅ」と出そうになってしまった溜息を慌てて飲み込む。朝から溜息はさすがに良ろしくない。
洋樹が身支度をしている間に、テーブルに朝食を運ぼうと立ち上がった。
テーブルに2人分の朝食を並び終え、テレビを点けたところで身支度をした洋樹がやってきた。
「いいねぇ。日本の朝って感じ」
洋樹がテーブルを眺めながら座った。
「食べよっか」
「そうしましょう‼」
2人で手を合わせ、朝食を食べる。
今日もおいしそうに食べてくれる洋樹。
私が過ぎたことを気にさえしなければ、洋樹との朝はいつだって、穏やかで幸せなんだ。
朝ごはんを食べ終えると、会社へ出勤。
今日も2人でいつも通りの道を歩き、いつも通り社員たちと挨拶を交わし、いつも通りパソコンの電源を入れ、メールのチェックをする。
「……ん?」
取引先からのメールに紛れて、課長から社内メールが来ていることに気が付いた。
マウスを動かし、1番最初に課長のメールを開く。
【南瓜、凄く美味しかったです。昨日、1人で全部食べてしまいました。お借りしていたタッパーを、洗って給湯室の棚の中に入れておきましたので、忘れずに持って帰ってくださいね】
課長らしい、律儀なお礼メールだった。
『忘れずに』って。別にタッパーくらい他に何個か持ってるし。
まぁでも、課長がそう言うなら……と忘れる前に給湯室へタッパーを取りに行くことに。
棚を開け、タッパーを手に取ると、
「……何か入ってる」
空だとばかりに思っていたタッパーに、紙と包装紙に包まれた何かが入っていた。
タッパーの蓋を開け、中身を取り出す。
折り畳まれた紙を開くと、そこには【南瓜、味が良く染みていて最高でした。ささやかですが、お礼です。既製品ですみません。料理は出来ませんし、出来たとしてもよく知らないおじさんの手作りは、少々気持ち悪いだろうと思いましたので。】と、とても綺麗な字で書かれていて、『お礼』と思われる包装紙を開くと、一口サイズのチョコクッキーの詰め合わせが出てきた。
「……可愛いな。課長」
クックッと笑いながら課長の手紙を読み返していると、
「朝会始めまーす」
事務所の方から主任の声がした。
急いでタッパーに手紙とクッキーを入れ直し、それを胸に抱えながら事務所へ戻った。
自分のデスクに行き、1番下の大きい引き出しにタッパーをしまう。
朝会が始まり、連絡事項のある社員が順番に話しだした。
社員たちの話に耳を傾けながら、何気なく課長の方を見ると、ふと目が合ってしまった。
後でお礼を言えばいいのに、すぐ言いたくて、『クッキー』と口パクで伝えると、課長が朝会中にも関わらず「フッ」と小さく息を漏らして笑ってしまった。
慌てて右手で口を隠す課長。
その様子に気付いた主任が「どうかしましたか?」と課長の方に目をやると、「く……くしゃみが出そうで、出ませんでした。すみません」と、課長が咄嗟に嘘を吐いた。
「う゛う゛ん」と笑いを殺しながら咳払いをした課長は、それ以降、朝会中に私の方を見てくれなかった。
朝会が終わり、早速課長にお礼のメールを打つ。
『クッキー、ありがとうございました。小腹がすいた時にいただきますね』送信。
すぐに課長の返信がきた。
『朝会中に『クッキー』とか言わないで下さいよ。笑ってしまいましたよ』というメールに『『クッキー』ってそんなに面白いワードですかね?』と速攻でRE。
『オジサンにクッキーって似合わないでしょう』と課長も即座の返事。
『別にオジサンがクッキー食べても問題ないと思いますが』と打ち込み、送信ボタンをクリック。
『オジサンがクッキーを食べてはいけないわけではないですよ。ただ、私みたいなオジサンが可愛い食べ物を持っていたら、違和感が否めないでしょう?』
課長が質問調のメールを返してくるから、メールが終わらない。楽しいし、急ぎの仕事はないからむしろ嬉しいけれど。
『可愛いおじさんだなって思うだけですけど。じゃあ、どうやって買ったんですか? あのクッキー』
課長とメールを続けたくて、自分も『?』でメールを送る。
『今朝、スーパーのセルフレジにて購入致しました』
私の質問に対する課長の回答メールに、
「ふはッ」
今度は私が吹き出してしまった。
普通に買えばいいでしょうよ、課長。
「何、急に笑い出して」
と隣のデスクの先輩が、私のパソコン画面を覗こうとするから、
「あ……いえ。思い出し笑いです。すみません」
慌てて画面を切り替えた。
「もう‼」と声にはせずに課長に視線を飛ばすと、課長はいたずらっ子の様に笑って知らん顔をした。
そんな課長の素振りも何だか可愛く見えてきて、沸々と笑いが込み上げる。
「ちょっとトイレに行ってきます」
とりあえず一旦落ち着こうと席を立ち、トイレへ。
個室に入り、ニヤニヤする。
課長への興味が膨らむ。
変な噂を立てられているくせに、当の本人は可愛いキャラ……どういうことよ。
課長のことが、知りたい。
コメント
1件
ああ、もうこの回めっちゃ良かった……! 朝の洋樹との空気感、お互いに気を遣ってるのが伝わってきて胸が苦しくなったよ。でも後半の課長とのメールのやり取りで一気に空気が変わって、思わずニヤニヤしちゃったわ。セルフレジでクッキー買ったって告白、完全にツボった(笑)。課長、見た目と性格のギャップが可愛すぎるんだよな。次の話が待ち遠しい🔥