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そんなこんなで、本日も滞りなく業務終了。
洋樹はお得意様との飲み会があるとのことで、1人で帰宅。
アパートに入り、棚に片そうと、鞄の中から空のタッパーを取り出す。
「……」
足元にある、冷蔵庫に入りきらなかった野菜が入ったダンボールが目に入った。
洋樹は私が嫌がることをしなくなった。だから、私も洋樹に誠実でいたい。
だけど、これは浮気じゃない。裏切りでも何でもない。
「……洋樹、ごめん」
まな板を用意し、片づけようとしていたタッパーを隣に置いた。
ダンボールからピーマンを、冷蔵庫からひき肉と卵を取り出す。
「ピーマンの肉詰めは好きかな、課長」
課長が今日も社内で残業しているとは限らない。
洋樹にみたいに、仕事相手と食事に行ったかもしれない。
だけど、課長にまた自分の料理を食べて欲しいと思ったんだ。
ピーマンの種を取りながら、『お弁当にした方が喜んでもらえるかな』とふと過る。いや、奥さんでも何でもない私が、そこまでするのはやりすぎな気がする。さすがに引かれる気がする。気持ち悪がられたくいない……って、課長もクッキーを買う時、こんな気持ちだったのかな?
「そりゃ、セルフレジで購入致すわけだわ」
あははと、課長を思い出してはまた笑う。
ピーマンの種を穿りながら笑ったのは、人生で初めてだ。
少し多めにピーマンの肉詰めを作り、タッパーに並べ、冷ます。
冷ましている間に、タッパー入りきらなかった分を自分の夕食として味見。
「うん。美味しく出来たと思う‼」
実家のピーマンは味が濃くて、歯ごたえが良い。故に本当に美味しい。
ピーマンが苦手な人でない限り、喜んで食べてくれるはず……って‼ 課長、ピーマン食べられない人だったらどうしよう。そうだよ‼ ピーマン嫌いな人って結構いるじゃん‼ そしたら肉だけ食べてもらおう。うん、そうしよう。
「あー。もう‼ 作る前に気付けよ、私‼」
自分の額をパシーンと叩き、いい感じに冷めたピーマンの肉詰めが入ったタッパーに蓋をすると、鞄に詰め込んだ。
アパートを出てチャリの籠に鞄を入れると、地面を蹴飛ばし会社に向かう。
課長、残業してるかな? 課長以外の社員が残っていたら面倒だな。と、課長のみの残業を願いつつ、ものの5分で会社に到着。
駐輪場にチャリを停めつつ、ビルを見上げる。
支店のある階には明かりが点いている。誰かいるのは間違いない。
課長であって欲しいなと期待をしつつ、エントランスを抜け、エレベーターに乗り込んだ。
エレベーターを降り、支店のドアのすりガラスから中の様子を伺う。
人が大勢いる気配はない。とりあえず、入ってみよう。
鞄からセキュリティーカードを取出し、ドアを開ける。
「……お疲れ様でーす」
キョロキョロと周りを見渡しながら中に入ると、
「あれ? 滝川さん、今日も携帯忘れちゃったんですか?」
給湯室から、コーヒーのおかわりを注いできたと思われるマグカップを持った課長が出てきた。
「違いますよ。今、課長だけなんですか?」
「はい。今日も一人寂しく残業です」
わざと切ない表情を作って見せる課長。
『仕事が好きだ』と言っていた課長は、全然寂しそうには見えない。むしろ、仕事が生きがいなのだろう。
課長が寂しかろうが、何だろうが、課長が1人でいてくれたのは好都合。
他の社員たちに、私が手料理を課長に渡しに来たことが知れたら、ただでさえ在らぬ噂を立てられている課長に、更なる迷惑が掛かってしまう。
「課長はピーマンは食べられますか?」
鞄からタッパーを取り出す前に、確認事項をひとつ。
「はい。私は好き嫌いがないので」
課長の返事を聞いたところで、
「あの。これ、クッキーのお礼です。ピーマンの肉詰めです。良かったら食べて頂けませんか?」
ようやくタッパーを課長に差し出した。
「イヤイヤイヤ。あのクッキーは南瓜のお礼なので、クッキーにお礼は必要ないですよ‼」
両手を振ってタッパーを受け取ろうとしない課長。
南瓜のお礼に対するお礼をすることが、ちょっとおかしなことなのは分かっている。そんなことをし出したらキリがない。だけど、キリなんかなくていいと思ったんだ。次も、その次も、課長に手料理を食べて欲しくて、課長と話がしたいと思ったから。
「……迷惑でしたでしょうか」
「いえ。ありがたいです。ご想像の通り、家庭の味には飢えておりますからね」
「じゃあ、いいじゃないですか」
タッパーを再度課長に突き出す。
「いいんですけど……いいんですか?」
「日本語変です。いいんです‼」
タッパーを課長に押し付けると、課長が戸惑いながら受け取った。
「そういえば、随分食べてないかもしれません。ピーマンの肉詰め。定食屋さんのメニューでも見かけないので、食べる機会がありませんでした。……ちょっと中身を拝見」
今日もその場でタッパーの蓋を開ける課長。
「何ですか⁉ この瑞々しい色のピーマンは‼ 美味しいに決まっているヤツですね‼ 滝川さんの家の野菜はスーパーで売られているものとは全然違いますよね。見た目が力強い‼ 南瓜然り、このピーマンだってもの凄く美味しいんでしょうね‼ 最高の素材を美味しく料理出来る滝川さんは、絶対に素敵なお嫁さんになりますよ」
ピーマンに目を輝かせる課長。
『素敵なお嫁さんになりますよ』。課長の言葉が引っかかった。
私は、誰のお嫁さんになるのだろう。
3年も一緒にいるのに、洋樹が私を【妻】と言っている姿も、『洋樹の妻です』と名乗る自分も、想像が出来ない。
私が会社に来た目的は2つ。
課長に手料理を渡すこと。課長とお喋りをすること。
しかし、課長は私と談笑する為に残業をしているわけではない。当然ながら、仕事をする為に会社にいる。
でも、自分の欲求を満たしたい我儘な私は、『10分だけ』と決めて、課長にとってはどうでもいいだろう取り留めのない話をした。
優しい課長は、そんな私のつまらないだろう話にもニコニコしながら付き合ってくれる。
課長の仕事の邪魔をしてはいけない。
分かっているのに、課長との穏やかな時間が居心地良すぎて、結局15分間喋ってしまった。
本当はまだここに居たいのだけど、課長の迷惑になって嫌われたくない。
名残惜しさを残しつつ、「気を付けて」と手を振る課長に頭を下げ、会社を出た。
たった15分。
その15分で、いつもどことなく毛羽立ってザラザラしていた心が、なだらかになって滑らかになった。
15分、私の心は癒されていた。
ほっこりした気分のまま、鼻歌を歌いながら帰宅。
部屋に入り、鞄から携帯を取り出すと、母にLINEを送る。
【次からはちょっと多めに野菜を送って欲しい】
今度は何を作ろうか。
コメント
1件
うわあ、第6話もめっちゃ良かった…!😭💕 ピーマンの肉詰め持って会社まで行っちゃう主人公、可愛すぎるでしょ!「課長、ピーマン食べられない人だったらどうしよう」って作ってから気づくところ、完全に恋する乙女の思考回路じゃんね〜🥺💕 課長がピーマン見て「瑞々しい!」って目輝かせるシーン、そこだけで萌えたわ。そして「素敵なお嫁さん」発言からの、洋樹との関係思い出して暗くなる流れ…この切なさがまたエモい…! 「たった15分で心がなだらかになった」っていう表現、すごく共感できる。好きな人と過ごす時間って、そういう癒し効果あるよね。次は何作るんだろう、今から楽しみにしてるよ!📖✨