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side:fjsw
スケジュールはいっぱいで、毎日目まぐるしい。
好きな音楽でお仕事を頂けているのって、とっても幸せなことだと思う。
たくさんの人に音楽を聴いてもらって、そしてそれを評価して頂いて。まだ夢心地のような、信じられないような気持ちがあるのは否定できないけれど。
だけど、どれほど自分が幸せな現状にあるのかを僕らは正しく理解している。
「・・・だけども、眠いのは眠いよねぇ。」
車で送迎してくれているマネージャーが、バックミラー越しにチラリとこっちを見たが、僕のそれが自分に向けた発言でないと分かると目線を戻した。
ちぇっ、前は丁寧に聞き返してくれてたのにさ。
くそう、これも元貴や若井の指導のせいだ。
昔マネさんが新人の時に「いーのいの、聞き返さないで。涼ちゃんのこれ独り言だから。全部聞き返してたら一生話し続けることになるよ?すぐ慣れるから。」なんて、教えてたっけ。
こないだなんてマネさんに話し掛けたつもりだったのに、「あ、それ自分に言ってましたか?ごめんなさい。いつものだと思って聞いてませんでした。」なんて言われた。横で聞いてた元貴は爆笑してたっけ。「すごい!涼ちゃんの扱いに慣れたんだね!!!これでもう一人前だね!」なんて言って。失礼しちゃう、そんなにいつも独り言喋ってるわけじゃないのに。
・・・まぁ、さっきのはほんとに独り言だけども。
ここのところ、いつも以上に忙しくさせてもらっていた。新曲のリリースに向けての準備はもちろん、周年ライブの打ち合わせに、各種の取材。ライブが終わったらすぐに地方に飛んでMVを撮って、それから個人でロケに行って。「今日は何日の何曜日で、ここはどこなんだ」なんて思う日もあった。
夏の暑さが相待ってか疲労も溜まる一方だったけど、それでもなんとかやってこれたのは、待ってくれるファンの子たちと、信頼しているスタッフと、そして何よりも支えてくれる元貴と若井のおかげだった。
今日も午前中からFCコンテンツの撮影で。今日は確かライブの振り返りをするんだったかな。
ここ2日ほど1人仕事が続いていたので、メンバーとの撮影というだけで少し安心したような気分になる。
たった数日ぶりなのに会えるのが楽しみなんて、ちょっと自分でも「どんだけ2人のこと好きなんだよ」って面白い。
なんて思いに耽ってたら「ふふっ」て声に出して笑ってしまって。
絶対マネージャーにも聞こえたはずなのに、今度はバックミラーも確認されずにスルーされた。
ひどい。
だいたいいつも僕がメイクの関係で1番に楽屋入りだけど、今日は珍しく若井が1番に楽屋入りのスケジュールになっていた。
もうメイク行っちゃってるかな〜、なんて思いながら楽屋の扉を開けると、珍しくソファで丸まって寝ている彼がいた。
僕や元貴はわりと楽屋でもごろごろと寛ぐことが多いけど、若井は割とその辺きっちりしていて。
スマホや雑誌なんかを眺めたていたり、ギターの練習をしていたりすることが多い。珍しいものを見たなぁと思いながらも、起こさないように慎重にドアを閉めた。
若井の寝ているソファの向かいに座ってから、スマホを取り出そうと鞄の中をごそごそしていると、人の気配を感じたのか若井が「ぅ〜」と小さな声で唸り始めた。それからゆっくり目を開けて、目線だけを動かして僕の姿を認めたらしい。
「おはよ。」と小声で挨拶すると、「・・・りょうちゃん。おはよ。」と寝起きの掠れた声で、律儀にあいさつを返してくれた。起き上がった彼の顔色は青白く、お世辞にも良いとは言えなかった。
「ごめんね、起こしちゃった。若井、寝不足?昨日遅かったんだっけ?」
「・・・いや、仕事自体はそんなに。ただなんか・・・ちょっと昨日は寝つきが悪くて。」
ふーん。と相槌を返しながら荷物を机に置くふりをして、ちらりと若井の様子を観察する。
青白い顔に目の下の隈。いつも快活な雰囲気を纏わせている若井には珍しく、覇気のない様子。疲労が溜まっているのは明白だった。
「お疲れだね。」と声を掛けると「いやいや、りょうちゃんこそでしょ。昨日もロケでしょ。お疲れ様。」と逆に労られてしまった。
「いやいや、僕じゃなくて、若井の心配をだね、」と続けていたら、スタッフさんが若井をメイクに呼びに来てしまって。若井はふっと笑ってから「ありがと、大丈夫だから。」と言って「りょうちゃんがゆっくりできるように俺が先にメイクなんだから、まあ寛いでいて下さいよ。」と恭しい態度で楽屋を出て行った。
・・・えー、なんか、大丈夫かな。心配。
若井はその明るさでお笑いキャラ的なものを担うことも多いけど、その実人一倍真面目で、努力家だ。
それは休止期間に同居生活を送ったときにも改めて感じさせられて。先行きの見えない不安さから、僕がべそべそと涙を見せても、若井は「大丈夫だよ。きっと大丈夫。」と何度も励まして僕を支えてくれた。
後に、若井は僕に心配を掛けないようにとお風呂で1人で泣いていたと知って、僕は胸がきゅーっと苦しくなった。
若井は若井なりに不安との向き合い方があるのは分かるけど。
でも、弱っているところをなかなか人に見せられないのかな、とも思った。
・・・・あと、僕はべっしょべしょに泣いてるのを見せてたのに、なんか恥ずかしいじゃんとも思った。
そんなことを思い出していたら、もくもくっとひらめきが浮かんできた。
・・・もしや、若井がお疲れの今、これは若井を支えられるチャンスなんじゃない!?
あのときいっぱい支えてもらってたんだし、これは若井をたくさん甘やかす時がきたんだ!!
体調大丈夫?ってさりげなく支えてあげたり?
お疲れ様だねって労わってあげたり?
泣いても良いんだよって広い胸で受け止めてあげたり・・・!!
これだよ、これ。しっかり者の彼を僕も支えてあげたかったんだよ!!!
ようし、そうと決まれば任せなさい。お兄さんがなんでもしてあげるからね。と上機嫌の僕は、そのままにやけ顔で過ごして、後から楽屋入りしてきた元貴に「おはよう!!」とすっごく良い笑顔で挨拶できたと思う。
なんでか嫌そうな顔をした元貴に一回ドアを閉められたけど。
なんで?