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俺の住むアパートの一室は普通じゃない。
いや、物件そのものは普通だ
2階建の集合住宅。
月家賃5万円の1LDK、風呂トイレ別。
一人暮らしをするにはこんな好条件の物件はないだろう。
周辺にも大型ショッピングモールもあるし、業務スーパーもある。
高校や駅までの移動時間は片道チャリで10分もかからない。
そんな俺の住む部屋には異色の存在がいる。
「はぁ……」
俺……氷室蓮ひむろ れんは部屋の前でため息をした。
「やっぱり夢じゃないんだよなぁ」
冷たい鉄製のドアノブがいつもより重く感じる。
ドア越しに聞こえるのはお湯の沸騰するヤカンの音、小音掃除機のモーター音。
食欲をそそる味噌汁の香。
思い耽っても事実は変わることのない。
そう思って自分の頬をつねるも……。
「痛い……」
やっぱ夢じゃなかったわ。
……別に入るのが嫌、と言うわけじゃない。ただ、現状に全くなれていないだけなんだ。
「……何やってるんですかご主人様?」
入り口前で立ち止まっていると急にドアが開く。
慌てて手を引き苦笑いをしている俺の視界が捉えたのは、無表情の人物の丈の長いメイド服に身を包む銀髪碧眼の美少女だった。
そう……俺の1LDKのアパートにはメイドさんが働いている。
では、何故こんなことになったのか……それはそれは大空よりも高く深淵より深い事情があるのだ。
「まさかこんなか弱き私を襲う算段を立てているとか?……いいでしょう、あなたを社会的に抹殺ーー」
「サラッと怖いこと言うなよ!そんな気ないよ!」
プロローグの前に早く部屋に入ろう。
外にいたらどんなことを口にするかわからない。
そのせいで俺が近所からメイドプレイの大好きな変態高校生だの言われんだよ!
きっかけは夏季休暇に入ったばかりの7月の下旬の真っ昼間。
ミンミンゼミが求婚のため精一杯頑張っている声が鳴り響く猛暑日だった。
俺は買い出しに出ていた。
こんな暑い日だと誰も外に出ない。冷房でガンガンに冷やした部屋でゲームや惰眠を貪る連中が多いのだろう。
いつもは賑わっている商店街も人気は少なかった。
早く帰って冷たいジュースでも飲もう。エアコンつけて涼もう……そう思っていた時だった。
「ふざけんな!金もねぇのに飯食ってたのか食い逃げやろう!」
「ち、違うわい!財布を忘れてしまっただけなのじゃ、今度この10倍の値段を払う」
「んな嘘通じるかクソジジィ!サツ呼ばれるかタダ働きするか決めろゴラァ!」
「か、会議が迫っておる。そんなことしてる暇はーー」
「ああ?!」
……何か揉め事か?
突然聞こえたのは怒鳴り声と弁明する声。
一人はラーメン屋の店主、もう一人は……小汚さない白シャツに藍色の作業服みたいなズボンの格好をしている小柄の爺さんだった。
ホームレスか?
周りの人は見て見ぬふり、視線を向けるだけで素通りする人が多い。
ホームレスの爺さんは周りに助けを求めるが誰も関わろうとしない。
状況を察するにホームレスのおっさんは金がないのに店に入ったってところか。
俺は昔からお節介な性格をしていると言われる。誰もが放置していることでも進んで首を突っ込みたくなることがよくなる。
それはもう習性みたいなものなのだろう。
気がつけば俺はラーメン屋の近くに自転車を停めていた。
「あの……その代金俺が払いましょうか?」
「え……」
「は?」
その言葉に爺さんは驚き、ラーメン屋の店主は疑問符をあげていた。
「あんた今なんて……」
「ですから俺が払いますよ……いくらですか?」
「わ…若いの……」
店主に要件を伝えていると爺さんは目に涙が溢れていた。
救世主を見るような……相当感動しているようだった。
「店主さん、いくら?」
「……1.120円だ」
「はい、これで」
「ま、まいど」
店主に金を払うと俺は爺さんの手を引きその場から離れる。
注目を集めるのは嫌いだからだ。
「すまぬのぉ…すまぬのぉ」
俺に手を引かれている爺さんは涙ながらに歩いていた。
金を払ったんだ。少しくらい訳を聞くのもありだろう。
「若いの……すまんかったな。助かったわい」
「いいって別に。ただもう手持ちなしで店入っちゃダメですよ」
歩いて5分ほど、ブランコとベンチしかない小さな公園に移動する。
俺と爺さんはベンチに腰掛けた。
爺さんは座るなり、お礼を言ってきたので今回の件の忠告をする。
「じゃ、俺もう行くから」
「そんな急ぐ出ない少年、まだ礼もしておらんのに」
「いいよ別に」
「……謝礼を求めぬと……少年は何故ワシを救ってくれたのじゃ?」
救うだなんて大袈裟だな。
驚きすぎじゃん。それにしても理由か……別に深い意味はない。
理由を聞かれて答えるとしたら。
「善行に理由はいるんですか?」
「……お主のような人間もいるんじゃなぁ」
これだろうな。
爺さんは穏やかになる。感心しているようだった。
「……この礼は後日またするでの」
「いらないよ」
「貰えるもんは貰っておくもんじゃぞ?」
「ふーんそんなもんなの?」
「そんなもんじゃ。何かほしいものとかないのかの?」
急にそんなこと言われてもなぁ。
毎日節約節約で物欲ないしなぁ。
「特にないかな」
「そうか……」
「そうそう、別に俺何か欲しくて助けた訳じゃないし、ほんの気まぐれだから気にしないで。俺、用事あるからもう行くから。あ、これよかったら飲んで、少し買いすぎちゃって」
どうせ期待しても無駄だろう。
高望みはしない。
暑いし早く部屋でゴロゴロしたい。その一心が強く、俺はその場を立ち去ろうとした。
だが、猛暑の中この爺さんを置いていくのはどこか不安だった。
だから、オレンジジュースの入った500mlのペットボトルを手渡す。
「すまんのぉ。至れり尽くせりじゃわい。恩を返さないのはワシの流儀に反する。必ずこの借りを返すからの」
「うん、いつかね。暑いし気をつけなよ爺さん」
「うむ、ではまたの……少年」
……と言う一幕があったんだ。
本当に期待していなかった。
それから一週間くらい経った時だった。
家でゴロゴロ過ごして勉強したり、スマホいじったり、適当に過ごしているとき、インターホンがなってドアを開けるとーー。
「久しいのぉ、少年。元気にしてあったか?」
言葉が出ないとはまさにこのことなのだろう。
暑い真夏の太陽の光をわずかに反射しているキッチリしているクロスーツ。
道端には縦に細長い真っ白いリムジン。
「さ、礼をしにきた。まずは我が家に案内しようかのぉ」
「あ、はい」
ホームレスだと思っていた爺さんは……富豪の爺さんだった。
名を柳流水やなぎ りゅうすいというらしい。
リムジンの中で事情を聞くと、爺さんはあの日一人で抜け出しホームレスの人と服を取り替えた後、ラーメン屋さんに行ったとか。
だが、うっかり財布や連絡手段を全て忘れてしまった。
何億と金が動く商談と、食い逃げが世間に露見したら会社の危機があったとか。
「なんでそんな大切な日に一人で食いに行ったんだよ」
呆れて理由を聞いたら。
「朝の星座占いがビリでノォ。ラッキーアイテムがラーメンじゃった。大切な商談故、縁起を担ぎたかったんじゃ」
「いや、別にあの店で食べなくても良くない?爺さん金持ちなんだから高級店でも行けばよかったのに」
「食べ飽きてのぉ、たまには下町のラーメン食いたくなったんじゃよ。それなのに司書は頭でっかちでのぉ、だから抜け出したんじゃ」
……大富豪破天荒すぎない?
普通大切な商談の日にそんなことする?
呆れて突っ込むもあははと笑うだけだった。
その後爺さんに西洋の貴族屋敷みたいな豪邸に招待されて桁が10桁以上ある小切手を渡されそうになり拒否したり、無人島や別荘をやると言われそれも拒否。
お礼のレベルが想像を絶していた。そんなもの貰えない。次々に出されるものを拒否し続ける。
だが、そんな俺の態度に悩む爺さんはため息をした。
「なら、お主は何がほしいんじゃ」
「いや、もう見るだけでお腹いっぱいだ……です。受け取ったら漁船連れて行かれるとか腎臓取られるとかないんですか?」
「信用ないのぉ……ふむ、どうしたもんかのぉ」
どうしても何か俺にお礼しなきゃ気が済まないらしい。
頭を捻り何かないかと考える爺さん。
……すると、ニヤリと口角を上げ俺を見る。
「……氷室くん……お主メイドは好きかな?……」
「……」
その提案にゴクリと眉唾を悩み。
きっかけはいつだったか覚えていない。中学生の時にはすでに月一でメイドカフェに通うようになっていた。
メイドにオムライス頼んで愛のフォーチュンビームをしてもらって日頃の疲れを癒している。もちろん不健全雑誌も持っていたりもする。
俺はメイド萌えなのだ。男子高校生なら誰もが持っている(持論)内容もメイド奉仕系しか集めていない。
その一瞬の間、反応を爺さんは見逃さなかった。
「年頃じゃのぉ。そうかそうか。……ふむ、では話を戻そうかの……お主一人暮らしであろう?……どうじゃ、メイド一人……派遣しようかのぉ……」
「……あの、萌え萌えきゅんの?」
「……ちょっと違うかの。ワシの屋敷で働いているメイドじゃ。好きな子を選んで良いぞ?」
……あの、どこかの大学の合コンのお持ち帰りみたいに言うのやめてくれない?
一瞬いいかもと思ってしまったじゃないか。
「で、でも……」
「なに、悩むことはないぞい。……そうじゃのぉ。お主と同年の銀髪碧眼の美少女はどうじゃ」
「……銀髪碧眼……美少女」
「考えてもみぃ。毎日おはよう、いってらっしゃいませ、お帰りなさいご主人様の挨拶……毎日メイドの使ったご飯が食べれる、お風呂のご奉仕、おやすみご主人様の寝る前のアフターケア……まさにお家メイドプレイ」
「……お家メイドプレイ」
なんか悪徳勧誘のような手口。でも、この時の俺は現実を見ず妄想に惹かれていた。
いいじゃないかお家メイドプレイ……と。
お家メイドってことはこれからメイドカフェに行かないでも本物のメイドさんにアーンもマッサージもしてもらえるってことか。
す、すげぇ。
俺は爺さんの口車に乗っかり屋敷から銀髪碧眼のメイドさんをお持ち帰りした。
だが、後悔した。
俺は……詐欺にあったんだ。
お持ち帰りしたメイドさんの名前は芽原かやはら=ロザリア=サキという、祖父が日本人のクォーター。
絶世の美女で俺と同い年。
掃除炊事はもちろん、格闘技もこなし、海外の学校を飛び級して高卒の資格を持つ完璧超人。
だが、このメイド……かなりの堅物で毒舌なんだ。
爺さんに紹介されて「初めましてメイドさん。これからよろしく!」と馴れ馴れしく接したら機嫌が悪くなった。
挙げ句の果てに、俺と爺さん会話を知ったのか冷たい目で「メイドをなんだと思っているんですかこの変態」なんて罵られた。
爺さんに他のメイドさんにしてもらおうとしたんだけど「契約書にサインしたではないか?変更は無理じゃぞ?」と言われてしまい、メイドさん契約やめるか聞いたら視線を逸らされ「……仕事ですから」と言われた。
そんなことがあったが、メイドさんは毎日早朝から俺の家に来てくれるようになった。
夢みたお家メイドプレイなんて一度もないが。
頼んだところで睨まれ威圧されるだけ。
でもこのメイドさん、万能すぎるんだ。
飯うまいし、全てやってくれるから嬉しい。てか、楽すぎる。
どう作ったんだよとツッコミ入れたくなるほどの豪華な料理。でも、材料見たら業務スーパーや冷蔵庫の残りだけで作られていた。
この完璧超人のメイドさん。一度だけ凡ミス……多分意図的にミスをしたことがある。
「あ、あのメイドさん。この部屋にあったものは?」
「……邪魔だったのでご主人様の実家に郵送しました」
「……ご、ごめん。もう一回言って」
「邪魔だったのでご主人様の実家ーー」
「……もういい!俺のガラスのハートをこれ以上傷つけないでぇ!」
両手両膝をつき絶望する。今頃田舎のじいちゃんと妹に汚物を扱われる目で見られているのか。
エロ本送られるってどんな拷問だよ。
俺が補修に行っている間にこんなことになるなんて。
あぁ、最悪だ。
「お、俺の5年間の集大成が」
「……」
多分この時の俺はガチ泣きしていたと思う。メイドさんからは汚物を見るような目で見られていたに違いない。
でも、あの本だけは死守できたからよかったと思うか。
そんなメイドさんとの生活も慣れて仕舞えばこんなものだと思えるようになった。
だが、日に日にお家メイドプレイの妄想は膨らむばかり。
二週間も経てばそれなりに仲良く?慣れている気がする。
メイドさんは俺に悪戯しかけたり、実家にエロ本送られる以上に酷い仕打ちをされたりした。
これは猛暑の中いきなりの天気雨でメイドさんがずぶ濡れになってしまったある日のこと。
メイドさんは俺の部屋の中で着替えを始めた。俺がリビングで待機してメイドさんはドア越しで着替え始めた。
そんな時だった。
「ご主人様、すいませんがカバンを持ってくれませんか?」
「……は?」
メイドさんはドアで体を隠しながら顔を出す。
しかも下着をとる時点で裸ってことか?
体を隠すってことはそうなのかもしれない。
……これは揶揄われている、絶対に動揺しちゃダメだ。
そう思い、言われたまま行動する。
部屋の片隅に置かれた無地のピンクの皮バックを渡した。
予想外のハニートラップ俺の聖剣が反応する。でも、うまく平然を装い、渡そうとした。
「……あ」
「ふぁ!」
だが、メイドさんは受け取ろうとしたら手が滑ったのか、裸を隠していたドアが急に開く
俺は慌てて目を隠したのだが。
「どうしたんですかご主人様」
「い、いやだって裸かもって」
「ご主人様の妄想癖は存じてますけど、私はそんな変態じゃりませんよ?」
「え?」
ゆっくりと視線を向けると……普通にメイド服を着ていた。
すると、メイドさんはフッと鼻で笑いながらこう言った。
「あ、まさか私が裸だったと思いました?変な妄想はやめてくださいね」
「あ、はい」
やられたぁぁ!
気がついたら時すでに遅かった。
「……残念でしたね」
「べ、べ、別にそんなこと思ってねぇし……」
「ご主人様、妄想はほどほどに」
メイドさんは俺の考えてるいることはお見通しだった。
これは完璧に隠していたはずなハウツー本の存在を知られたときのこと。
「ご主人様……これはなんですか?」
床下の奥底に隠したはずの見つかってはならない本を発見されてしまった。
二重底で参考書の表紙で包んであった。
普通の人じゃ発見できないはずだったのに。メイドさんは見つけたんだ。
ゴミを見る目……いや、鋭い眼光で見られて萎縮する。
確認するあたり以前俺の本を実家に送ろうとしてやめたってことか。いや、よかった。この本を送られたら終わってた。
俺は誤魔化そうと思考を巡らせるが……。
「……参考書…だよ」
「へぇ……内容は」
「ほ……保健体育」
「……左様ですか」
どうにか逃げおおせないかなと悪あがきを試みるも効果を成さず。
あの、なんで黙ってるんですか?何か言ってくれよ。俺惨めに思ってくるんだけど。
「……旦那様からはメイド萌えだとお聞きしてました?」
「あ、あの爺さん何言ってんだよ」
「この本って……妹萌えですよね?メイドが好きなんじゃないんですか?」
……気にするとこそこですか?
ふと、視線をあげるも真顔で黙って見られるだけ。
いや、違うんだ。この本は俺のじゃないんだ。
「ご、誤解だ。あくまで俺はメイド萌え」
「では、これについてはどう説明するつもりなんですか?」
「いや、これは妹萌えの友達と交換したやつで……俺のメイド本は今友達が持ってるんだ。だから、決して妹萌えに目覚めたのではなく……」
「その割に厳重に隠してましたよね?……普通あそこまでしますか?」
「い、妹が来た時に兄の妹萌えの本なんて見られたらゴミを見るまで見られる。その屈辱だけは嫌なんです!」
……この浮気が発覚して必死な言い訳しているみたいなシチュエーション。俺って何がしたいんだろう。
そして、自分の性癖をさらし、友人とそんなやりとりをしていることを暴露してしまった。
「ちなみにその本は返しては……」
「その後友人にお貸ししているご主人様の本と交換ということで」
「嫌だよ!」
「では、この本をご実家に郵送いたしますが……いかがされますか?」
その一言が決め手となった。
友人に頼み込んで本を返してもらったあと、メイドさんと交換、妹萌え本を友人に返したのだった。
ちなみに俺の本はというと。
「ああああ!俺の秘蔵ご奉仕メイド50選がぁぁぁ!」
大切な秘蔵本は灰となった。
それ以降、成人向けの本は集めるのをやめた。
集めた瞬間実家に妹萌え本を持っていた証拠を送ると言われたからだ。
日に日にメイド萌え妄想が溜まる。メイドさんが来たおかげで今までの平穏な生活が崩壊してしまった。そのため元凶である爺さんに文句と愚痴を言いに行っていた。
「どう思う?!ひどすぎない?」
「ほら、茶でも飲まんかい」
「……どうも」
連絡先を交換していたから事前連絡したらすぐに応じてくれた。
屋敷に招待してくれたので応接室で会話をしている。
あの日から1月ぶりの再会。
「まぁ、きついよのぉ。性癖を知られ……おかずまで燃やされるとはのぉ」
「てか爺さんが余計なこと教えたのが原因でしょう?」
「いや、ワシはただお家メイドプレイについて話しただけで」
「それ!それが原因!初対面で汚物を見る目で見られたんだけど!」
「でも、少し嬉しかったりしたんじゃな」
「そ……そんなことないよ」
「お主分かりやすいのぉ。目が泳ぎ過ぎじゃ」
「んたことないよ!とにかく!爺さんが悪い!これ絶対!」
「声がでかいぞい。静かにせい。……まぁ、ワシが悪かったのは認めるわい。すまんかったなぁ」
本当に反省しているのかこの爺さん。
爺さんは腕を組みどうしたものかのぉ、と悩む。
「では、他のメイドにするかの?願いを変えることも可能じゃぞ?」
……まぁ、妥当だよな。文句を言ってきた相手に対しては。
そう思いつつも、爺さんの提案は否定する。
俺自身色々と問題があるが人間的にメイドさんは嫌いじゃない。
人目を引く容姿もさながら、努力家なんだよな。
「いや、別にいいかな。それに嫌なことは多いけど毎日のご飯美味しいし、掃除とか洗濯とか全部やってくれてるのは助かってるんだよ」
「……満足しておるのじゃのぉ。では何故ここに来たのじゃ?」
「何がお家メイドプレイだよ!何も始まらないじゃん!」
約束と違う、だから文句を言いにきた。
お家メイドプレイをしたいからお願いしたのに、ただの家政婦が来ているだけになっている。
「では、命令すれば良いじゃないか?お主のお付きメイドなのじゃから」
「断られたよ。初日に」
それができれば苦労しないよ。
実際にメイドさんに言われたし。
「命令権は爺さんにあって俺にはないそうだ」
「別にワシの命令じゃなくてもできると契約書に書かれているはずなのだが」
「睨まれるの怖いんだよ……」
「お主小心者じゃのぉ」
呆れた表情でいうなよ。こっちだって色々考えがあるんだよ!
「別に俺だって後ろ盾があれば強く出る。でも、俺は爺さんのご厚意で派遣してもらってる訳だし。それに本気で命令して辞められたら嫌だというか何というか」
「ワシの娘みたいなものじゃ。メイドとしては一級品じゃしのぉ」
「まぁ……確かに。俺の好みの味把握してくれてるし、学校の課題聞いたら丁寧に教えてくれるし……至れり尽くせりだし。……俺はしてもらってるだけで何も返してない。俺に命令する権利なんてないんだよ」
「妙なところで律儀じゃのぉ……ふむ、何がいいかの?」
メイドさんは有能すぎる。
何故こんな人としてどうしようもない俺にここまで尽くしてくれるのかわからない。多分仕事だからかな。
仕事ならば何でも割り切れるのだろう。初対面でもそう遇われたし。
「つまり後ろ盾が欲しいということじゃな」
「……まぁ。要約するとそう」
「……では、こんなのはどうじゃ?」
思考は刹那だった。
何か打開策を浮かんだのだろうか?なら早く教えて欲しい。
「何?」
「お主ここで働かんか?」
「……なんでそうなるの?」
「報酬としてワシが一つだけ命令できる指示書を一筆しても良いが?」
い、いまなんて言った?詳しく話してもらわなきゃ。
「……ごめん、もう少し詳しく」
「察しが悪いノォ……つまり、1日ここで働けばサキになんでも一つ命令できる権利を与えると言っとるんじゃ」
「……天才かよ爺さん」
そうすれば気兼ねなく命令できる。メイドさんも雇い主である爺さんの命令は断れない。
「よし!今週の土曜はどうだ?」
「いつでも良いぞ?……ただ、うちは厳しいぞい?」
「どんどこいってんだ!」
それから土曜日に1日だけ働かせてもらった。
重い重労働に屋敷中の掃除など一日雑用をこなし続けた。
途中辛すぎて心が折れそうになったが、お家メイドプレイのため一生懸命働いた。
「……これがわしの直筆サイン入りの指示書と、これは気持ちじゃ」
終わると爺さんから茶色の封筒と高そうな高級紙の封筒に入った手紙を直接手渡された。
結構きついことやったけど、命令権だけじゃなくて給料もくれるとは。
「ありがとな爺さん、これで俺も自信を持てる。これで睨まれても無敵だ」
「睨まれるのには変わらないと思うがのぉ」
「この勅命書があれば問題ない!」
「法律関係ないから通達書じゃがな……お主、この前サキに感謝していると熱く語ってたが本当にそれでいいのかの?」
「いいの!お家メイドプレイは別枠なの!それにちょっとお願いするだけだし!」
うるさい、そんな呆れた表情で俺を見るな!怖いものは怖いんだよ!
ま、とにかくだ。これで1日だけメイドさんは俺が雇ったということになる。
ふふふ、覚悟しろよ……俺を甘く見るなよ。夢見たお家メイドプレイ……ぜひ堪能してやろう。
「……なんのつもりですか?」
そして同日夜、帰るなりメイドさんに指示書を提示した。
わけがわからず首を傾げている。
「さ、これが目に入らぬか?!」
「はぁ……なんですか急に水⚪︎黄門の真似事……」
ため息をついて視線を落としたメイドさんは……俺の前で初めて動揺しているようだった。
いや、元々無表情なので、動揺しているかは不明だが。
俺は優越感に浸り顔で言葉を発する。
「この意味……わかるよね?」
「……旦那様からの通達文……承りました」
「ふ、これで俺は一度君に命令ができる、以前のような言い逃れはでいないよ?」
「はぁ、こんな紙きれがなきゃ自信持てないなんて……これだからDは……はぁ」
「ど、童貞を略すなよ!それ今関係ねぇし!」
い、いかん。このままではメイドさんのペースだ。落ち着け……落ち着け俺。
まずは深呼吸だ。すってぇ……吐いてぇ……吸ってぇ、吐いてぇ……よし!
「その余裕……いつまで続くかなぁ……。どんな願いも俺次第なのになぁ」
「………」
あの、ゴミを見る目で見ないでください。
……だ、大丈夫、少しお家メイドプレイをお願いするだけだ。
これさえあれば無敵だし。
「……わかりました」
「あ、あれ?……なら、命令を下す」
随分と素直だな。
大人しく聞いてくれるならなんでも良い。
さて、何をお願いしようかなぁ。
笑顔でおまじないビームか?
メイドさんの特性オムレツをアーンしてもらおうかな?
ちょっとかわいい格好してもらってチェキでも取ってもらおうかなぁ。
メイドスペシャルオイルマッサージに……あ、あれ?何その表情。
色々と妄想を膨らませているとメイドさんは苦虫を噛むように歯軋り、右手で豊満な胸を押さえて、左手でスカートを抑えていた。
「私はこれから耐えがたい辱めを受けるのですね」
「……い、いやそうじゃなくて、今のなんの音?ピッてなったけど」
一体何を言っているんだ?
ピッという機械音がしたし。
聞き返したのだが、メイドさんはいつのまにか涙目で目が潤う。瞳から小さく涙が頬を流れる。
そして、メイドさんは言葉を紡いだ。
「泣き言も許されず、ご主人様にされるがままに……蹂躙されるのですね。ええ、わかりました。わかりましたとも!!」
声でかい!隣おろか外にも聞こえるし!
早く黙らせないと。でも、力で止めようとしても返り討ちになるだけだし。
「と、とにかく一度落ち着いて話を」
「だまりません!どんなことでも抗って見せます!」
「わかった!わかったから何もやらなくていいから、とにかく静かにしてくれ」
「それが命令ですか!」
「そう!それだからとにかく静かに」
「わかりました」
「そうか、わかれば……え?」
「では、そういうことで。こちらは私の方でお預かりしますね。ちなみに今の会話は録音してありますので」
………メイドさんは俺が持っていた指示書を手にもつとどこから出したかわからない録音機を見せつけてくる。
何が起こっているのかわからず、唖然としてしまう。
「あ、あの……」
「ご主人様の命令は静かにしろ……ですよね。録音聞きますか?」
「いや……でも」
「命令と言ったではありませんか?」
「……それは…そうだけど」
「まさかこれから理不尽な命令を?ハラスメントで訴えますよ?」
「なんでもありません」
やってしまった……。お、俺の夢のお家メイドプレイが。
ここで反論するのも一つなのだが、メイドさんには勝てる気がしない。
「そんな捨て猫みたいな顔して……一体どんな命令をしようとしていたんですか?」
「……メイドスペシャルオイルマッサージとか」
「なんですかその意味不明の言葉は。いいですか、メイドとは清掃、洗濯、炊事などの家庭内労働をする人のことです。そんな如何わしいこと一切致しません。あんな不健全雑誌に載っていることやご主人様が熱心に通われているカフェのようなことは私はしませんので」
「べ、べべべ別に熱心に通ってねぇし!」
「いちいち動揺しないでくださいD様」
「だから略すな!」
ゴミを見る目でバッサリ言い切られた。
この人に逆らうと怖いんだよな。
「わかりましたか?」
「はい」
「では、私は夕食の支度をします。ご主人様は適当にくつろいでいてください」
「あ、はい」
哀れみの視線からいつも通りのメイドさんに戻った。はぁ、あまりことを起こさない方が良さそうだ。
一応今日のことは爺さんに報告した。立案してくれたのに俺のせいで失敗してしまったからだ。
今回の一件でメイドさんに何かしようとしても無駄だと思い知らされたし。この人には勝てないのはわかっているから。
このままでいいな、うん。
家に帰れば美少女メイドがいる、掃除炊事もやってくれて全て楽だし。
今思えばあの命令権は行使しないでよかったかもしれない。
色々夢見たお家メイドプレイだったけどいつかしてくれることを信じよう。それまでにどうにか信頼関係を築ければ幸いだ。
お互い合意の上なら問題なくお家メイドプレイお願いできるかもしれないし。
現状維持、それが一番良い気がしてきた。
だが、一度整理をつけたはずの落とし所「平穏な生活」はすぐに終わりを告げる。
それは命令権から二週間後の出来事だった。
「初めまして。芽原ロザリアサキと申します」
な、ん、で、い、る?
夏休み明けの始業式同日……何故かメイドさんは俺の通う高校の制服を着て、クラスの教壇の前で綺麗なカーテシーをして自己紹介をしていた。
俺はそんな思いもしない出来事に唖然としていた。
クラスの男子たちは無表情の美少女転校生に歓喜し、女子たちは冷たい視線を向けていた。
訳わからない。なんでこうなってんだよ。
だが、理由はすぐにわかる。
ポケットに入っているスマホのバイブル音がなり、取り出し画面を見るとメッセージが入っていた。
【すまんすまん、連絡遅れたワイ。先日は悪かった。サキの方が何枚も上手だったのぉ。なので、お詫びとしてお主の通う高校に転入という形で入ってもらうことにした。
学校でも存分に世話をしてもらうといい!スクールデイメイドプレイ……なんか語呂悪いのぉ。なんか良い略し方思いつかんか?」
お……おっさぁぁん!
何余計なことしてくれてるんだよ。なんだよスクールデイズ、メイドプレイって上手くねぇし!
略し方を俺に聞くな!
こんなことバレたら俺クラスでハブられる。嫉妬と殺気に当てられる。
あ、あとでメイドさんには厳重注意しておこう。
学校では関わらないようにと。銀髪碧眼美少女メイドに世話されてるなんて知られたらこの学校の男子大半を敵に回され、女子には軽蔑な目で見られるし。
「ご主人様、旦那様の命により学校生活でもサポートさせていただきます。御用があればお申し付けください」
「……」
お、終わった。
時すでに遅し。視線をスマホ画面に集中させすぎたせいで前を見てなかった。聞き慣れた声が聞こえて上を向くと目の前には制服姿でカーテシーをしているメイドさんの姿があった。
『えぇぇぇぇぇ!』
クラス中に驚きの声が響き渡る。そんな光景に俺は冷や汗をかいていた。
ふと、メイドさんを見ると何故か笑っているように見えた。多分僅かに口角が上がっているように見えなくもない。
だが、今はそんなことどうでもいい。
クラスメイトからは俺が予想していた通り、軽蔑や嫉妬、殺意からくる鋭い視線が突き刺さる。今日は俺の命日かもしれない。
だが、今は逃げ延びることを考えよう。俺は脱出の機会を窺うのだった。
「さて、どうなるかなのぉ」
蓮が苦悩している同時刻、メッセージを送り終えた柳流水は屋敷の執務室にいた。
クーラーでキンキンに冷やした部屋の中で大好きな日本茶を飲み、水羊羹を食べている。
「あの子が感情を表に出すようになり、いい方向へ進んでいるのは確か」
流水が気にしているのは自分の屋敷に勤めていたメイドのサキ。訳あって幼い頃引き取り海外で英才教育を施した娘のような存在。
サキは優秀で飲み込みが早く、なんでもそうなくこなす才女だった。
結果12歳で飛び級、高校を卒業した。
大学へ進学するか聞いても本人は拒否、恩を返すため働きたいという願いによりメイドとして働いた。
今では無表情で頼んだことを確実にこなす、働くロボットのようになってしまった。
サキ本人は気にするなと言われた年頃の娘。流水は心配だった。
昔から同い年と関わることなく年上と接していた。そのせいで自分が舐められないように、優秀であり続けようとしていた。
(教育に力を入れないで普通の娘としてと育てればよかったのぉ)
流水は結婚して間もなく妻を亡くした。子供はおらず、どう接すれば良いか分からなかった。
結果教育に力を入れ将来苦労することのない学びを与えようと考えた。
だが、結果はメイドとして働くことに落ち着いていた。
本人は自分の意思と言っているが、サキは流水に恩を返そうとしているだけだと思えてならなかった。
流水の願いは平凡でもいい、人並みの幸せを与えたかった。
このままでは一生メイドとして働いて人生が終えてしまう。
だからこそ流水は海外からサキを連れ訪れたことのある日本に来た。
当時幼かったサキがより一層勉強に励むようになったきっかけである国。
初めて訪れた際、サキは黙っていたが、流水は何かきっかけがあったのではないかとふんでいた。
だから、もしかしたら変わるきっかけになるのではないか、サキの見識が広がるのではないかと期待しての行動だった。
日本には色々と伝手がある。サキを日本の学校に入学させることなど造作もない。
「サキのことじゃし、何故知っていることを学びにいかなければいけないかを聞かれた納得しないであろうなぁ」
ただ、入れるだけではダメな気がする。
どう説得すれば良いか迷う中、流水に転機が訪れる。
きっかけは自分のミスからだった。急いで抜け出したせいで荷物を全て忘れてしまった。
だが、蓮が助けたことにより窮地に一生を得た。
変哲もない男子高校生。
心優しい善のような存在。
それは勘のようなものだった。
一度身辺調査を行い、蓮の人となりを調べ問題ないと判断した。
何より、流水が自分の正体を教えても、態度を変えることなく接してくれたから。
この人に任せてみよう。そう結論づけた。
「氷室くんに頼んで正解だったのぉ」
自分の先見に自画自賛する流水だった。蓮に紹介した瞬間、サキに変化が現れた。
初対面で失礼な発言をしたことないサキが、変態と罵った(話の内容を話したせいかと知らないが、少なくとも態度に表すのは初めてだった)
今までにない自発的な行動(エロ本を実家に送ったこと)をした。
同年代の人との戯れ(蓮を揶揄い楽しむ)をするようになった。
全てがうまく噛み合ったとは言えないが、少なくとも以前のサキからは考えられない変化だった。
「今後の二人を見守るとしようかの。ほっほっほっほ」
サキに同級生と関わる機会を与えるという当初の目的は達成した。後は本人たち次第。
蓮は口実として使ってしまったと思ったが、サキの未来のためだと流水は考えている。
それに……。
【爺さんやばいよ。俺殺されるかも。クラスメイトの視線が痛い。殺意感じるし!
爺さん俺を海外に逃がしてくれ!頼む!】
蓮の世話をするためだと理由をくれた年の離れた友人の反応が見ていて面白い。仕事第一で生きてきた流水とってそれは久々の感覚だった。
何より、自分と対等に接してくれるので年代を超えた友人ができたような感覚。
何故か揶揄いたくなってしまう。
学校には影から部下を配置している。サキは一人でも大丈夫だが、大切な娘のような存在。
安全を第一に考えてだ。
流水は、スマホを取りだし、部下に指示を送る。
「あー、聞こえるかのぁ?」
『どうされましたか?』
「いや、特に急用じゃないんだがのぉ。氷室蓮の命の危険を感じたら助けてやってくれんかのぉ」
『……命……ですか、今氷室様の身の危険があるのですが』
「どんな感じじゃ?」
『大勢の男子生徒に追われております』
「ほっほっほ。氷室くんの通う学校は愉快なんじゃな。電話越しに悲鳴も聞こえるのぉ」
『放っておいて良いのですか?』
「大丈夫じゃ。氷室くんは運動神経が高いからのぉ。もしも命の危険があれば自分で対処するだろうしの。やばそうなら頼むぞい」
『かしこまりました』
流水は通話を切り、蓮に最低限の安全を保証させた。
「ほっほっほ。氷室くんと関わると暇をせんなぁ。ワシは見守るとしようかの」
そして、一人執務室でクスリと笑う。
蓮とサキの学校生活に幸在らんことを、そう願う流水であった。