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「ぼんさん」
配信が終わった後、おんりーちゃんに話しかけられた。
「これから俺の家で飲みません?」
「あー…いいよ!」
突然すぎて戸惑ったが、俺は平常心を装いながら答えた。
今までは俺から無理強いしていたから、おんりーちゃんから飲みのお誘いがくるのは始めてだ。
「えー、だったらみんなで飲みましょうよー」
ドズさんは背後からぬらりと登場してきた。俺は心の中で度肝を抜かされる。
「いや、今日はぼんさんと飲みたいんで」
おんりーちゃんは俺に考える間を与えてくれぬまま、勝手に話を進めてしまった。
「そっかー、じゃあまたいつか!今夜は雨が降るらしいので、傘を忘れずに!」
そう言って、ドスさんは俺たちに背を向けて帰っていった。
「……」
「さ、ぼんさん行きましょ」
おんりーちゃんは俺の手を引いて、歩き始めた。俺は早足で進む。
いつのまにか、俺たちはボティタッチができるようになるほど仲良くなっていたのか。早いなあ。少し前まではおどおどした関係だったのに。
「…おんりーちゃん、いつまで俺の手にぎってるの」
「すみません、キモかったですか?」
「いや別に、そんなことないけど…」
いやしかし、まさかタクシーに乗っている時も俺の手をにぎってくるとは。運転手さん、わざとらしくニヤニヤしやがって。
とりあえず、家の鍵を開けてもらわないと。俺はおんりーちゃんの手をつき放した。
「………」
「おんりーちゃん、鍵あけてもらわないと入れないよー」
「あ、そうですね…」
おんりーちゃんは鍵をポケットから出して、扉を開けた。俺はいつもどおりに「おじゃまします」と呟いて、家の中に入る。
部屋で荷物を置いたあと、おんりーちゃんは冷蔵庫から酒瓶と缶ビールを取り出した。
「どっちがいいですか?」
「缶ビールがいいな」
「わかりました」
酒瓶をしまって、缶ビール二本を机に置いた。
かしゅっという心地よい音が響いて、中から泡が吹き出す。おんりーちゃんは慌てて濡れた手をティッシュで拭いた。
「ぼんさんも飲みましょうよ」
「ああ、そうだね」
俺も缶ビールを開けると、泡がせり上がってきた。しかし、すんでのところで泡は動きを止める。まるで今の俺のようだ。
酒を飲み始めてから数分が経った。俺たちは会話を交わさず、時計の針の音だけが耳の中で木霊する。
気まずいを通り越して、なんだか心地よくなってきた。酒を飲んでいるからのか、それともおんりーちゃんといるからなのか。
「ぼんさん」
突然、針の音を遮るようにおんりーちゃんが話しかけてきた。
「なんで手、放したんですか」
「え?」
そう言って、おんりーちゃんの手が、穏やかに俺の体へとのびていく。ゆるやかに、でもあっという間に押し倒されてしまいそうだ。
「ぼんさん、俺のこと嫌いなんですか」
「…」
「キモかったんでしょう?」
「…」
こちら側からは何も話せないほど、おんりーちゃんは矢継ぎ早に話していく。焦っているのか、呂律が回っていない。
「ごめんなさい、ぼんさん」
「…」
「俺、我慢できない」
小さい手が俺の腹へと這いずりこんでくる。冷や汗と震えが止まらない。
さっきまで、俺はおんりーちゃんに期待していたじゃないか。それなのに、今になって怖じ気づいてしまったのか?ほんと、情けない。
しかし、この恐ろしく肥大化していく劣等感は、どうすればいい?
「おんりーちゃん、ストップ」
俺はおんりーちゃんを押し返し、元の体制に戻った。
「こいうのはね、大人の女性とやるものなの」
「……」
「だからね……」
アラサーの威厳を見せつけようと思ったのに、言葉が詰まってしまった。俺は缶ビールに目をやる。どちらも、中身はなくなっているようだ。
「とにかく、俺を恋愛対象として見ちゃいけないよ」
申し訳ないことを理由に、おんりーちゃんの顔は見なかった。
「そろそろ俺、帰るね。また撮影のとき会おう!」
そう言って、おんりーちゃんに背をむけた。
家を出て上を見上げたとき、雲が月の輝きを奪っていた。今、この世界は暗闇に包まれている。
ピコんっ、とスマホから音が鳴る。確認すると、ドスさんからのメッセージのようだ。
『おんりーとの飲み会どうー?』
「……」
もしかしら、ドズさんの提案を受け入れていれば、変わっていたかもしれない。まあ、もう過ぎた話だが。
悲しかったが、こうなる運命だったのだ。おんりーちゃんが俺に恋愛感情を抱いていたことを知ったときから、受け入れていた。
それに、俺はおんりーちゃんが………。
そのとき、頬から水滴が落ちてきた。そういえば、今夜は雨が降る予定だったな。