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話は僕が中二のときに遡る。進級を控えた三月、春休み間近の頃。きっと春休みになると手渡しづらくなるから、春休み直前を狙って僕に接触してきたのだと思う。
「佐野歩夢君」
学校からの帰り道、僕はフルネームで名前を呼ばれて振り返った。知らない女の人が立っていて、僕は戸惑った。見渡す限りほかには誰の姿もない。名前を呼ばれたと思ったのは気のせいだろうかとも思った。
「佐野歩夢君だよね?」
「そうですけど」
僕の返事に安心したように彼女は僕に近づいてきた。上品そうなお金持ちの奥さん、というのが僕の第一印象。彼女が宮田大夢の妻の樹理だと知るのはずいぶん先の話になる。
「君のお父さんにこれを渡してほしいの」
彼女はUSBメモリを僕に手渡した。
「これは……?」
「君のお母さんが浮気してる証拠。動画の中で本人は浮気じゃなくて、真実の愛だって言い張ってるけどね」
浮気だの不倫だのというのは映画や小説の中だけの話だと思っていた。まして僕の母は専業主婦だった。社交的な性格でもなく、用がなければ家の中からまったく出ようとしないインドア派の母だった。それでどうやって浮気相手とやらと会うというのか? 子どもだと思って馬鹿にしてるのかと不快になった。
「高校のときからだから三十年。嫌になるくらい膨大な量の動画があってね。何度も吐きながら決定的な動画ばかりを集めて編集したものがそれに入ってる。絶対に夏海には見つからないようにして。それから夏海から生まれた君たちは刺激が強すぎるから見ちゃダメだからね」
「あの、あなたは?」
「君のお母さんの浮気相手の妻です」
ということはこの人も配偶者に浮気された被害者? いや、まだ母の浮気が確定したわけではないけど……
母が本当に彼女の夫と浮気していたとして、彼女が浮気の証拠を自分の夫の浮気相手の夫(つまり僕の父)に渡そうとする意図が分からなかった。今までバレてなかった浮気が明らかになれば、離婚だの慰謝料だの面倒な話になるに決まっているのに。
ああそうか。そういう面倒な話になっても、夫の浮気をやめさせたいということか。彼女はきっともっとずっと前から夫の不貞に気づいていて、直接夫本人に浮気をやめるように直談判してきたに違いない。でも夫は聞く耳を持たず浮気相手との密会をやめなかった。だから僕の母の方が密会に応じないようにするために実力行使に出たわけだ。
夫の浮気をやめさせるという彼女の願いはその後結果として達成された。ただし、それは夫の死と引き換えに達成されたものなので、その点では彼女の願いどおりとはいかなかった。
「歩夢君、急に呼び止めてごめんなさいね。そういうわけで、お父さんによろしくね」
彼女は言うだけ言って僕に背を向けてどこかに去っていった。
USBメモリを僕に渡したのは彼女の作戦だと思う。浮気疑惑の張本人である母に渡すのは論外だとしても、母の浮気を許すくらい母に対する父の愛が強ければ父に渡しても無意味だ。握りつぶして、なかったことにさせないために僕に証拠を手渡したのだ。僕が証拠を確認せずにはいられまいと予想して。
実際、僕は帰宅するなり彼女の思惑どおりの行動をした。
その日時点での双方の家族関係を簡単に紹介するとこんな感じ。
父 佐野清二 51歳 会社員
母 佐野(旧姓は大石)夏海 46歳 専業主婦
兄 佐野架 16歳 高一
僕 佐野歩夢 14歳 中二
妹 佐野夢叶 12歳 小六
母の浮気相手? 宮田大夢 46歳 建設会社専務
大夢の妻 宮田(旧姓は古賀)樹理 46歳 専業主婦
大夢の長女 宮田雫 16歳 高一
大夢の次女 宮田有希 14歳 中二
大夢の長男 宮田和弥 12歳 小六
当時、父と母は結婚十八年目。大夢の方は結婚二十年目。
双方の家は同じ学区の中にあるから、僕と有希は同じ中学校、夢叶と和弥も同じ小学校、架と雫は高校生で学区は関係ないのに同じ高校。それより双方の三人の子どもの年齢がまったく同じだけど、それは偶然ではなかった。
帰宅すると、架と夢叶もすでに帰ってきていた。夕食を調理中の母に気づかれないように二人に事情を話し、三人で動画を見ることにした。夢叶はまだ小学生だからもし本当に浮気の証拠動画なら見せるのはどうかと思ったけど、
「年ならあーちゃんと二歳しか違わないし、あたしだけのけ者にしないで!」
と強引に押し切られた。夢叶は長男の架を兄ちゃんと呼び、次男の僕をあーちゃんと呼んだ。架の部屋のPCでUSBメモリの中味を見ると、全部でちょうど100個以上の動画ファイルが収録されている。ファイル名はすべて日付、20211003とかそういう感じ。古い順に再生していくことにした。一番古い日付は三十年前。僕ら兄弟が生まれるずっと前だ。
再生するとどこか見覚えのある室内にブレザーの制服を着た少女の姿。少女はベッドに腰掛けている。動画ファイルの日付通りなら季節は秋。
「これ、大石のじいちゃんちの母さんの部屋じゃね?」
大石のじいちゃんちとは母の実家のこと。母方の祖父の大石雅彦はそのとき七十四歳、祖母の笙子は七十二歳。小さな金物店を夫婦で営んでいた。動画に夫婦は出てこないが、出てくれば四十代のまだ若かった頃の祖父母が見られるわけだ。
「大石、もう一度だけ聞くぞ。本当にいいんだな?」
「夏海のはじめては全部大夢君にあげるって決めてたから。いじめから助けてくれた大夢君は夏海にとってヒーローそのものだから」
「うれしいこと言ってくれるじゃん」
同じく高校のブレザー姿の男はそう言って少女にキスをした。少女は三十年前の母だった。結婚する前の大石夏海だった頃の母。いじめを助けたとか言ってるから二人は高校で同じクラスだったのだろう。
男は慣れた手つきでベッドに横たわる夏海の衣服を脱がせていく。
三十年前に動画撮影機能付きのスマホなどなかっただろうから、ビデオカメラで撮影されているのだろう。ベッドサイドに三脚を立てるか何かして。ビデオカメラのテープを無理やりデジタル変換させたものにしては非常に良好な画質だと思えた。
あっという間に全裸にされた母。男の方はブレザーさえも脱いでない。男の着ているブレザーが架が着ているブレザーと同じだった。そういえば、架の通う高校は母の母校でもあったなと思い出した。
「生まれて初めて男に裸を見られた感想は?」
「恥ずかしい……」
「これからもっと恥ずかしいことされるけどな」
そう言って、男は夏海の胸をもみしだく。
「ごめんね、おっぱい小さくて」
「大石はもっと自分に自信を持った方がいい。樹理のよりずっと大きいし、おれは大石のおっぱい好きだぜ」
「本当? うれしい!」
男は夏海の両足を思い切り開かせて、指や舌で夏海の性器を好きなだけ弄んだ。夏海の息遣いが荒くなる。
「そろそろいい?」
「うん」
男は履いていたズボンのファスナーを開け、すでに勃起した性器を中から取り出した。夏海の性器の入口にそれをあてがったかと思うと、一気に貫いた。
「ああっ、大夢君!」
「何?」
「うれしい!」
母親の処女喪失の場面を見せられるとは思わなかった。相手の男は宮田大夢なのだろう。
大夢は力任せにがんがん夏海を突きまくる。
「痛い!」
「我慢しろよ」
「文句言ってごめんなさい。大夢君のしたいようにしていいよ」
「偉いぞ。樹理のやつちょっとでも痛くすると本気で怒りやがるからな」
忌々しそうにそう言うと、大夢はさらに激しく突きまくった。彼にはサディスティックな一面もあるようだ。下腹部同士がぶつかり合い、パンパンという大きな音がリズミカルに響く。
「中に出すぞ!」
「いいよ」
いいのかよと心の中でツッコミを入れたのは僕だけじゃなかったはずだ。大夢は予告通り夏海の中に精液を放出した。シーツが血で汚れ、さらに膣内から大量の精液がこぼれ落ちていく。呆然としたままの夏海に対して、大夢は賢者モード。
「しまった。ズボンまで夏海の血で汚れちまった」
「ごめんなさい」
「いいって。一度脱がずにやってみたかったんだ。樹理のやつ、あれもダメこれもダメってうるさくてさ」
「樹理さん、気が強そうだもんね」
この会話はつまり、大夢には樹理という本命彼女がいるのを承知で、夏海は処女を捧げる相手として大夢を選んだということか。ある意味、夏海と大夢の関係は最初から浮気だったわけだ。
「その点、大石は最高だぜ。最初から撮影や中出しまでやらしてくれるんだから」
「気にしないで。彼女の樹理さんが嫌がることだってなんでもするから、夏海を捨てないでほしい」
「捨てるわけないじゃん。こんな最高の女が手に入るなんてな。おまえをいじめてた連中に感謝したいくらいだ。樹理と別れたら、すぐにおまえを彼女にするからな」
大夢の言う〈最高の女〉とは最高に都合のいい女という意味なのだろう。ここで最初の動画ファイルの再生は終わった。もちろん今の動画は母が高校生のとき。当然結婚前だから浮気の証拠にはならない。でも僕たちはこの段階でもう母の浮気が事実であったことを確信していた。
ちょうど母から夕食ができたと呼ばれたから動画鑑賞会は一旦お開きとなった。
「食欲なんてまったくないんだけど」
「当たり前だ。でも無理して食うんだ。三人とも食事に手をつけなかったら何かあったって疑われるだろ?」
僕と夢叶は架の指示にうなずいた。屠殺場に送られる家畜のような気分で僕らは母の待つダイニングに向かっていった。
拷問のような夕食の後、僕らはまた架の部屋に集まった。次々に動画ファイルを再生する。
大夢は母を名字でなく、夏海と呼び捨てするようになった。夏海はひたすら大夢との行為に溺れていた。大夢は一切避妊などしなかったから二人が高三のとき、夏海が一度中絶していることも分かった。中絶したとき、宮田家から大石家に中絶費用以外に数百万円の迷惑料が支払われたことも分かった。
中絶後、二人はようやく避妊するようになった。といっても相変わらず避妊具は使用せず、安全日はいつも膣内射精、危険日は夏海の口で気持ちよくさせてから膣外射精か肛門性交。
「夏海の舌遣い、本当に上手くなったよな」
「樹理さんは上手くないの?」
「というか口でやってくれない。本当になんにもしてくれないんだ。この前も、後ろの穴でしてみたいって言ったら気持ち悪いもの見るような目で見られたし」
「それはひどいね」
「早くあいつと別れて、夏海と堂々とつきあいたいぜ」
それがただのリップサービスだと知りながら、夏海はにっこりと微笑んだ。
高校卒業後、大夢と本命彼女の古賀樹理はそれぞれ東京の別の大学に、夏海は地元の短大に進学した。これで夏海と大夢の関係が切れるかと思ったら、大夢が帰省するたびに夏海はまた抱かれていた。
「おれ以外に男ができてたりしないよな?」
「これでほかの男ができるわけないじゃん」
大夢は夏海に下腹部の剃毛と毎朝その場所に油性の黒マジックで〈大夢専用〉と書くことを強制していた。朝と晩の日に二回、夏海はそれを撮影して大夢に送信しなければならなかった。
一方、大夢の方は古賀樹理との交際を継続し、それ以外にも大学のサークルで知り合ったほかの女たちとのセックスも四年間楽しんだ。大夢が大学四年生のとき、経験人数が五十人を超えたと夏海に自慢している場面もあった。ただし、性生活の乱れが原因で大夢はクラミジアに感染し、夏海にも移している。夏海は通院を余儀なくされ、大夢は十万円を渡して謝り、夏海も大夢の謝罪を受け入れた。
大学卒業後、大夢と樹理は地元に帰ってきた。大夢は当然のように父が社長を務める宮田工務店に入社して、営業職に就いた。なぜか樹理も事務員として宮田工務店に入社した。大夢との恋人関係をコネとして利用したものらしい。
その頃、夏海はすでに地元の小さな会社に就職していた。就職後も大夢に操を立てて、毎朝下腹部にマジックで〈大夢専用〉と書き、画像を大夢に送り続けた。大夢が大学を卒業し地元に戻ってくると、高校生のときのように週二の頻度でまた大夢に抱かれるようになったが、マジック書きの習慣の解除は認められなかった。
動画に夏海の下腹部が映るたびに〈大夢専用〉の文字も目に入るのが、夏海から生まれた子どもとして情けなかった。
二十五歳のとき、大夢は樹理と婚約したが、夏海との密会も継続した。そのうち離婚するからと大夢は言い続けたが、すっかり二番目の女が板についた夏海の方は定期的に大夢と会って抱いてもらえればそれでよかった。夏海の親も宮田家から商売の運転資金の援助を受けているため、娘の自宅不倫を黙認。ただし、樹理に気を遣ったのか多忙だったのかは分からないが、密会の頻度は月に一度程度に減った。でも婚約者のいる男との密会はただの不貞だ。夏海の不倫はこのときから始まり不倫が発覚するまで、一度の断絶期間もなく二十二年間も継続されていった。
二十七歳のとき、大夢は樹理と結婚。樹理は退社して専業主婦となった。代わりに樹理の弟二人が宮田工務店に入社。樹理が浮気三昧の大夢と離婚できないのはこんなところにも理由があるのかもしれない。
ほどなく大夢と樹理は妊活を開始。夏海が自分から離れていくことを恐れて、おまえもおれの子どもを産んでくれないかと大夢は夏海に言い出した。
「大夢君の子どもならぜひ産んでみたいけど、シングルマザーじゃ生活が大変そう」
「夏海も結婚すればいい。おれの子をおまえの結婚相手が育てる。これでみんなハッピーさ」
大夢も夏海も笑っていたが、僕ら三人の顔は真っ青になった。母親が浮気してるだけでも嫌なのに、実は自分たちが母親の浮気相手の子どもかもしれないとか悪夢でしかない。
二十八歳、夏海は婚活を開始。三人目の見合い相手の夏海より五歳年上の佐野清二と交際開始。清二には手も握らせなかったが、大夢との不倫関係は継続。夏海が見合い相手と交際を始めたのを知りながら、夏海の両親は自宅で娘が大夢と密会するのを相変わらず黙認していた。
大夢と清二は血液型が同じ。清二は会社員として数人の子どもを養育できる程度の収入も蓄えもあった。しかも親のいない次男坊。夏海と大夢にとって理想的な托卵相手に見えたようだ。
大夢が正常位で夏海を犯しながら、夏海との会話を楽しんでいる。夏海の下腹部には相変わらず〈大夢専用〉の文字。
「あの男とキスくらいはしたのか」
「しないよ。気持ち悪い」
「今さらだけどいくら旦那とはいえ、おれ以外の男に夏海の体を見られるのも触られるのも我慢できない。でも何度かはセックスまでさせないと、夏海が妊娠したところで自分の子どもだって信じてくれるわけないしなあ……」
「大丈夫。考えがある。セックスまでというか、あいつとはキスもしないし、体も見せないし触らせもしない。セックスだけする」
「そんなこと可能なのか」
「今度この部屋に連れてくるから隠れて見てるといいよ」
「夏海がほかの男に抱かれるのを見せられるのか。興奮するぜ」
「あいつには安全日だけやらせる。今日は危険日だから大夢君、いっぱい中に出して!」
その日、大夢は五回も夏海の中に出した。夏海の膣から五回分の精液が溢れてシーツにぼたぼた垂れていくのを、僕らは歯を食いしばって怒りに震えながら見た。
二週間後、とうとう僕らの父である佐野清二が夏海の部屋に現れた。当時、三十三歳。今と同じで、実直が服を着て歩いてる、そう言われて本人は嫌がるだろうがそれが正直な第一印象。
今回は今までの動画と違って、中央縦に細長く映り、画面の両サイドは真っ暗。押入れのふすまを細く開けて、その中に誰か潜んで隠し撮りしたものらしい。
夏海はベッドに腰掛け、父に隣に座るように促している。父は困ったように母の前に立っていたが、
「女に恥をかかせないで下さい」
と言われ、おそるおそる母の隣に腰掛けた。夏海は単刀直入に父に問いかけた。
「清二さん、私を抱きたいですか」
父はまたしどろもどろになった。
「女に恥をかかせないで下さいと言いましたよね」
と言われて、抱きたいですと絞り出すように声を出した。
「私も清二さんに抱かれたいです。ただ、その前にどうしても伝えておかないといけないことがあります。でもそれを伝えれば絶対にあなたに嫌われてしまう。せっかく結婚を前提に交際させていただいてるのに、それも白紙に戻されてしまうに決まってる。どうしていいか分からなくて、昨日は一睡もできませんでした」
「言ってみて下さい。僕はその困難を夏海さんと力を合わせればどんなに時間がかかっても乗り越えていけると信じています」
「実は私、過去におつきあいした方にひどい扱いをされたことがあって、それから男の人に体を見られても、男の人から体を触られても、怖くてパニックを起こすようになってしまったんです。私はそんな面倒な女なんですが、清二さんは許して下さいますか」
結婚しても私の体を見るな、触るな? 並みの男ならまず飲めない条件だと思うが、並みの男ではない僕らの父は即断即決して悪魔の申し出に従った。男に体を見られたくない? さんざん性器を指で開いて奥まで見せて大夢を喜ばせてきた上に、行為の撮影まで許してるくせにどの口がそれを言う? 男に体を触られたくない? 大夢の舌で性器を舐め回されて絶頂に達して絶叫してる場面を何十回も見せられたが、あれはいやいやだったのか? こんなすごい演技できるなら、女優にでもなればよかったんだ!
「つらいことをよく言って下さいました。結婚後も夏海さんの嫌がることは絶対にしないと約束します。ただ、僕は子どもはほしいなと思ってるのですが、人工授精などは可能でしょうか」
「いえ、私の方から男の人の体を見たり、男の人の体を触ったりするのは問題なくできるんです。だから、人工授精までしなくてもやりようがあります。清二さんさえよければ、今この場で試したいのですが、よろしいですか」
夏海が人工授精を拒否したのは当然だ。夏海は父の子を妊娠したくないのに、病院で人工授精しようとすれば妊娠しやすい日を狙ってそれが行われてしまう。夏海は絶対に妊娠しないときを狙って父とセックスしたいのだ。
「ぜひ。僕は言われたとおりにしますので」
同じような丁寧な言葉遣いでも、父の敬語は自然、夏海の敬語はいわゆる慇懃無礼。心の底では父を馬鹿にしくさっているのが細かい口調と表情の端々からうかがえて不快この上なかった。
夏海は父に服を全部脱ぎベッドの上に仰向けで横たわるように促した。ベッドサイドに立つ清二はパンツ一枚を残してすべて脱ぎ終わった。
「それも脱いで下さい」
「いや、お恥ずかしいですが、勃起していますので、男性にトラウマのあるあなたが見てショックを受けないか心配になって……」
「男性に見られるのは無理ですが、男性のものを見るのは大丈夫です」
「そういうことなら……」
父はパンツを脱ぎ捨てベッドに横たわった。父の性器は決して大きいとは言えなくて、ジャングルのような下腹部の茂みに隠れてひっそりと存在していた。それでも勃起していて、天井に向けて精一杯顔を出そうとしている。僕の性器に似てるなと思ったが、今までの話の流れで言えば僕らの遺伝上の父親は三人とも宮田大夢のはずだった。
「こんな私に欲情して下さるんですね。うれしいです」
夏海は足首まで隠れるほどの黒いロングスカートを履いていた。腰掛けていたベッドから立ち上がり、スカートの中でパンツを下ろして片足だけ外してまたパンツを引き上げる。裸だけでなく履いている下着さえ父に見せる気はないようだ。それからベッドに上がり顔を近づけて父の性器をまじまじと見たとき、にやりと笑ったのを僕は見逃さなかった。父の性器が包茎気味で包皮から辛うじて亀頭だけ露出している状態なのを呆れて笑ったのだ。
「触っていいですか」
「どうぞ……」
許可を得ると夏海は父の性器を覆う包皮を両手で無理に押し下げようとした。
「少し痛いです……」
「我慢してほしいです」
「口答えしてすいません。夏海さんの好きにして下さい……」
三分ほど粘ってどうにもならないと知り、夏海はようやくあきらめた。
父の性器の観察を再開する。大夢のものより明らかに細く短いのが気に入らなかったようで、そのうち手で愛撫して刺激を加え始めた。
「気持ちいいですか」
「はい、とっても……」
でも父の性器がそれ以上大きくなることはなかった。
それにしても、自分の体は見るな触るななのに、父の体は見放題いじり放題というのはどうなんだ? そういう設定だというのは分かるが、あまりに父を馬鹿にしていると思った。
やがて夏海は父の腰の辺りを足で挟み込み、膝立ちになった。
「清二さん、絶対に私の体を見ようとしたり触ろうとしないで下さいね」
「は、はい……」
それから夏海は徐々に腰を落とし、父と合体した。本当に合体したか長いスカートに隠れてまったく見えないが、二人の表情からそうだと思った。
なるほどこの方法なら清二に体を見られる恐れはないし、これだけ釘を刺せば父が手を伸ばして体を触ろうとしてくることもないだろう。実際、絶対に夏海の体に触れないように、父の両腕は万歳するときの姿勢。
夏海が慣れたように(実際慣れているのだが)腰を上下に動かしている。三分もしないうちに、父があっとうめいた。射精したらしい。夏海が父から離れ、ため息をついた。
「出す前に教えてほしかったです」
弾かれたように父も起き上がった。
「すいません! 全然気が回らなくて。今日は危険な日でしたか」
「たぶん」
嘘だ。安全日だから父の精子を受け入れたのだ。危険日周辺は大夢の精子を注がせまくって大夢の血を引いた子を妊娠する気でいるのだから。
「緊急避妊の薬をもらいに行きましょう。病院まで送って行きますよ」
「それは責任取る気もないのに、私を妊娠させるような行為をしたということですか。清二さんがそんな方だったとは知りませんでした。病院には私一人で行きます。もう顔も見たくありません。帰って下さい」
夏海の言う〈責任〉とは結婚という意味だろう。十年前、大夢は無避妊での性交を繰り返して夏海を堕胎させて、それからずっと夏海を都合のいい女扱いしてるわけだが、それはいいのだろうか? 自分たちの醜い欲望のために平気で善良な他者を犠牲にできる悪魔二人に、僕は殺意という憎悪を覚えた。
「夏海さん、僕をあなたの夫として認めて下さい。僕はあなたと、そしてあなたから生まれる子どもたちのために僕の一生を捧げると誓います」
「清二さん、うれしいです。私が子どもを産んだら大事に育ててくれる、ということですね。そういうことならもう病院で緊急避妊の薬をもらう必要もなくなりました」
夏海は悪魔のくせに天使のような笑顔を父に与えてみせた。
それから二人は部屋を出ていき、しばらくして夏海だけ戻ってきた。大夢が押入れから姿を見せる。
「あいつとの結婚、おまえの親の許可は出たのか」
「一人娘を不幸にしたら許さんからなって言ってお父さん、あいつを殴ってた。来年結婚することになったよ」
「そうか、おめでとう。あいつ、夏海に一生を捧げるって言ってた。つまり奴隷になるって意味だよな。おまえの奴隷ってことはおれの奴隷ってことでもあるわけだ。これから死ぬまで馬車馬のように働いて、おれたち二人の子どもを養う。確かに奴隷にふさわしい人生かもな!」
「隠れてる大夢君を見つけられたらどうしようとか、これっぽっちも愛してないのにセックスしなくちゃいけないのとか、いろいろ考えてたら疲れちゃった。大夢君、めちゃくちゃに抱いて。あいつのセックスじゃ全然物足りないの」
「包茎のポークビッツだったもんな。おまえ、あからさまにガッカリしてて、見ていてあいつが気の毒になったぞ。まあ心配すんな。結婚後、おまえに経済的満足感を与える係はポークビッツに譲るけど、性的な満足感、つまり肉体的、精神的満足感をおまえに与える係はこれまでどおりおれが担ってやるからさ」
「約束だよ。私がおばさんになっても、おばあさんになっても見捨てたら許さないから!」
「許さないってどうする気だよ?」
「私を捨てたら樹理さんに全部言いつける」
「おっかない女だ。でも大丈夫。おれだっておまえから離れられないんだから。樹理といてもいつもガミガミうるさくてちっとも癒やされない。あいつノーマルなセックスしかさせてくれないから夜も全然楽しくないし。おれに肉体的、精神的満足感を与えてくれる女は、冗談抜きで夏海だけだ」
「抱いて!」
夏海はあっという間に着ていた服を全部脱ぎ捨てた。大夢のズボンのファスナーを下ろし、長さも太さも父の二倍ほどあるそれにむしゃぶりついた。男に体を見られると怖くてパニックを起こすというガラスのハートの持ち主のはずが、これではただの痴女だ。
夏海の足を目一杯開かせて、大夢は一気に突き刺した。下腹部には相変わらず〈大夢専用〉の文字。服を脱げない本当の理由はこれだ。
「ああっ、いい! 清二さん、これが本当のセックスなの! 覚えておいて! 優しいだけじゃ女は濡れないし、気持ちよくもなれないの!」
「清二さんよお、あんたの愛した女の今のセリフ聞いて悔しいか? でも仕方ないよな? あんたじゃ夏海を満足させられないんだから。これからもずっとおれが夏海の欲求不満を解消させてやる。あんたは夏海と幸せな家庭を築けるだろうさ。でもそれは全部おれのおかげなんだぜ。それを教えてやれないのがとても残念だけどさ」
「ああっ、清二さんのと違って奥まで当たってるの!」
「それから夏海、おまえの欲求不満はおれが責任持って解消させてやるけど、旦那の欲求不満はおまえが責任持って解消させてやるんだぞ。セックスレスになって風俗で遊んで性病にかかっておれまで感染した、なんてことにならないように、挿入アリでもナシでもやり方は任せるから週に一度は抜いてスッキリさせてやれ。嫌だろうけどな」
「分かった。嫌だけど我慢して射精させてやるよ。子作り期間以外は手だけしか使わないけどね」
〈嫌だけど〉の部分を強調する夏海。
「ハハッ、気の毒」
僕の大好きな父が、不倫カップルのプレイを盛り上げる小道具みたいな扱いを受けていることに、気が狂いそうになった。それは兄の架も妹の夢叶も同じだった。
「ひどい!」
「たとえ血がつながってなくても、おれは父さんの方につく!」
「もちろん!」
動画の中の不倫カップルの狂宴はまだ全然序章に過ぎなかった。夏海の性器と口内と肛門は大夢の精液で何度も何度も汚された。大夢は道具を持ち出して夏海の性器を責めまくり、トイレに行くのが面倒だと言っては夏海の口の中で小便をして全部飲ませた。夏海は数え切れないほど絶頂に達してそのたびに、雄叫びのように絶叫した。
しまいには、同居している夏海の父親が部屋の前まで来て、
「夏海、それから大夢君、やるのはいいがもっと静かにやってくれないか」
と文句を言って戻っていった。おかしいなと僕らは顔を見合わせた。父が帰る前に、夏海の両親に結婚の了解を得たはずなのに。
つまりこれは夏海の両親公認の不倫なのだ。それは父と夏海が入籍して同居生活を始めたあともきっと変わらない。結婚生活が始まる前から父の周囲には悪意しかなかった。
「もう深夜だよ」
「どうせ眠れないからもっと見ようよ」
「いやきっとまだ先は長い。今日はここまでにしよう。何もなかったように明日からも過ごすんだ。絶対に動画のことは父さんにもあの女にも話すなよ。おれに考えがある。たとえ父さんが許したとしても、おれはあの悪魔二匹だけは地獄に叩き落とすつもりだ。比喩で言ってるわけじゃない。今年中だ。今年が終わるまでにあいつらの命も終わらせてやる!」
兄の決意に僕と夢叶もうなずいた。僕らは怒りに震えながらそれぞれの部屋に戻った。
これだけ動画を見てもまだ父と夏海の結婚前。今まで見たすべては、これから始まる彼らに復讐するための僕らの闘いのほんの序章に過ぎなかった。