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そう思ったけれど、違った。
暁人さんは私を見つめ、淡々と言った。
「君がそんな事で〝失敗〟と思う理由が分からない。……雇用する側からすれば、相手がどんな理由で前の職場を辞めたかはさほど重要じゃない。問題を起こして懲戒解雇になったなら別だけど、海外って日本に比べて転職に抵抗がないだろう? 『環境、人、金銭面において自分に合わなかった』と辞めて、次に自分に合いそうな職場を見つける。君自身にホテリエとしての技術があるなら、どんなホテルでも上手くやれるはずだ。だから俺は、君が〝ゴールデン・ターナー〟をどんな理由で辞めたかなんて気にしていない。勿論、神楽坂グループの副社長としても」
そう言われ、私は心からの安堵を覚える。
「……ありがとうございます。……あなたをガッカリさせてしまったら……、と思ったら凄く怖かった。私は何一ついい所のない〝訳あり品〟。自分をそう思ってしまっているから、見捨てられるのが恐ろしかったんです……」
けれど暁人さんは、私の言葉を聞いて大きな溜め息をついた。
「はい、駄目」
「えっ?」
申し訳なく思う必要はないと言ったのに、彼に「駄目」と言われ、私は混乱する。
訳が分からなくて暁人さんを見つめるけれど、彼は不機嫌そうに私を見るだけだ。
「……どうして『駄目』なのか分かってない?」
尋ねられ、私は困惑したまま頷く。
「君みたいに素晴らしい人が、自分の事を〝訳あり品〟なんて言ったら駄目だ。芳乃にはホテリエとして素晴らしいスキルがあるのに、たった一度失敗したぐらいで何だ?」
暁人さんは私を激励しつつも、目の奥に悲しそうな光を宿している。
「ハッキリ言って、君が愛した男はクソだ。こう言ったら悪いが、その彼は純粋そうな日本人女性なら、好き勝手に弄んで捨てても文句を言われないと高をくくったんだろう。そして君は奴の目論見通り、今も最低な男に心を縛られている。そんな男に君の心を明け渡すな」
苛立ったように言った暁人さんは、乱暴に息を吐いてグシャグシャと自分の髪を掻き混ぜる。
そして立ちあがったかと思うと、私の手を握っった。
「こっちに来て」
「あっ、え……?」
されるがままについていくと、彼はリビングダイニングから出て、マスターベッドルームに向かった。
ベッドルームに連れて来られて、何が起こるのか想像できない子供ではない。
「あの……」
それでもいきなり彼と関係してしまうのかと思うと、まだ心の準備ができていないし突然すぎる。
暁人さんは私に向き直ると、どこか拗ねたような表情で言う。
「二度と、俺の前で自分を卑下する言葉を使わないでほしい」
そう言われ、私はNYでの同僚たちを思いだした。
彼、彼女たちにも何度も言われたはずだ。
『自分が悪いって思い込んでいたら、悪い奴につけいられるよ』
渡米当初、日本人的な感覚を指摘され、『日本人である事に誇りを持つのはいいけれど、アメリカではマイナスになる点は直したほうがいい』と教えられた。
前向きなマインドを培ったはずなのに、ウィルにフラれてから不幸が重なり、渡米する前の自分に自信を持てない普通の女性としての私に戻ってしまった。
ポジティブに考えようとしても、「私のどこに魅力があり、この状況のどこに救いがあるの?」と、もう一人の自分が悪魔のように囁いてくるのだ。
だからつい、暁人さんの前でも彼を不快にさせる言葉を口にしてしまっていた。
気を付けようと思っても、無意識に出てしまうのだからどうしようもない。
「……すみません」
「直していってほしい」
「はい」
そう言われ、彼の通りだと思った。
曲がりなりにも仮初めの恋人役を担い、同居する人間が、ネガティブな考えをしているなら誰だって嫌だろう。
――恥ずかしい。
不幸が重なったのは仕方がないとはいえ、良い事を探そうとせず、〝可哀想な自分〟に浸っていた私は愚かだ。
――前を向いて、強くなりたい。
――この人に認めてもらえるようになりたい。
心の底から湧き起こったのは、今までの自分を恥じ入る気持ちと、まっすぐで眩しい暁人さんへの憧れだ。
「どうしたら直ると思う?」
暁人さんは私の頬に触れ、サラリと髪を手で梳く。
「……努力します」
「原因から考えよう。分かりきっている事と思っていても、見つめ直さないと気付けない事はある。特に精神面はね」
そう言われ、自分が単身渡米して働いていた事で天狗になっていたのを見透かされたような気持ちになった。