テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「失敗を乗り越える時って、自分を受け入れる事が大事なんだ。君みたいに真面目な人は、いつまでも自分を許せずにいる。そして彼らの事も許せていない。……まぁ、加害者を許す必要はないけどね」
目から鱗な事を言われ、私は瞠目する。
「芳乃がどれだけ向こうでアメリカ的な考えを持ち、上手くやれていたとしても、心の根っこは日本人のままだった。『ドンマイ』って和製英語、気にするなって意味で使われているけれど、本来の意味は違うだろ?」
「……はい。Don’t mind.は、相手から許可を求められた時に、『構いませんよ』という意味で使われます」
「俺は日本式、英語式の両方の意味で、芳乃に『Don’t mind.』の言葉を送りたい。自分の失敗を気にしないでほしいし、仮に次にどこかでウィリアム氏に会い、何か言われたとしても、軽やかに『構いませんよ』と笑って言える、しなやかな強さを持ってほしいんだ」
私はずっと〝失敗〟した自分が恥ずかしくて、ちっぽけなプライドを守るのに必死だったのに、暁人さんは「大した事はない」と言っている。
「……暁人さんも失敗した事ありますか?」
「あるよ。俺は完璧な人間じゃない。勿論、選択を誤らないように努力しているし、多くの事を学んでミスしないように心がけている。それでも間違える時はあるし、相手が〝人〟である場合は、正しいと思った事を言っても、上手くいかない時がある。どれだけ頭が良くても、性格がいいと言われている人でも、失敗しないなんてないんだ」
失敗した事をこんなに堂々と認められる彼が、とても眩しく感じる。
「……立ち直るには、どうすればいいですか?」
おずおずと尋ねると、暁人さんは優しく微笑んだ。
「自分に自信を持つ事だ。……失敗した時は『自分に価値なんてない』と思ってしまいがちだ。失敗した事ばかりに気を取られ、本来なら自分の長所と思っている事に目がいかなくなる。本当なら色んな魅力や強みのある人なのに、それを見いだせず、誰よりも劣っていると思ってしまう」
彼は手を水平にかざし、下げる。
「いつもより下がっている自己肯定感を、とにかく上げる必要がある。自分一人でなら難しいだろう。誰よりも失敗を許せないのは自分だから、落ち込んでいる時に自分の良さなんて思い出せない。……だからそういう時は他人に頼る。家族や友人に話を聞いてもらい、『あなたは悪くない』と肯定してもらうだけで、少しは楽になるだろう? 時には辛辣で公平な意見も必要かもしれない。でも傷付いたばかりの人は、まず自尊心を回復させる事が重要だ」
少しずつ、彼がベッドルームに私を連れてきた理由に近づいていると感じた。
自覚しないぐらい僅かに、体温や脈拍が上がってきている。
「俺は君を愛したい」
ハッキリと言われ、ドキンと胸が高鳴る。
「君はもっと明るく、光り輝くような人だと思っている。なのにくだらない男に遊ばれて、こんなに自信を失っている。……俺はこの状況が堪らなく嫌だ。ウィリアムという男は、本来の君の輝きを奪ったクソ野郎だ」
怒りを押し殺した声を聞き、私は彼がそこまで自分を想ってくれている事を嬉しく感じながらも、困惑していた。
(私たちは会ったばかりなのに……。いくら贔屓にしていた蕎麦屋の娘だからって、ここまで肩入れしてくれるものなの?)
戸惑いを隠しきれない目をしていたからか、暁人さんは私を見るとハッと我に返り、誤魔化すように笑う。
そのあと彼は少し沈黙し、苦笑いしつつ言った。
「……一目惚れなんだ。初めて君を見た時から『なんて素敵な女性なんだ』と思い、君の〝特別〟になりたくなった。……面接で出会えたのは運命だと思ったし、君が困っていると知って、手を差し伸べて恩人になる事で、ウィリアムで一杯の芳乃の心に俺の居場所を作りたかった」
苦しげに吐き出すような暁人さんを見て、私は何とも言えない想いに駆られ、ギュッと服の胸元を握る。
「……俺にとって、今のこの状況は失敗と言っていい。もっと早く君と会っていれば、芳乃はこんなに傷付く事はなかった。こんなに……っ」
暁人さんはそれまでの紳士ぶりからは想像できないほどの、グツグツと煮えたぎった怒りを宿し、私の手を握ってくる。
「……どうして、……そこまで…………」
理解できずに呟くと、一瞬彼に激しい感情が宿った目で見つめられ、抱き寄せられた。
フワッと暁人さんのいい匂いに包まれ、服越しに温かな体を感じる。
彼は一見細身に見えるけれど、こうやって包み込まれるように抱き締められると、しっかりと鍛えられた体をしていると分かる。
「……君が欲しい」
またストレートな言葉を向けられるけれど、私は突然すぎる告白に対応しきれず、無言で応じるしかできない。
暁人さんは私の髪越しに背中を撫で、言い直す。
「……君が欲しい。……けど、今は君が自信を取り戻すための、手伝いをさせてくれ」