「芹那ちゃんの件は、伝えたよ。その……今は芹那ちゃん時間があるから、多分連絡頻度すごいと思うけど、ごめんって言われた……かな」
「ああ」と、坪井は真衣香が口にした情報に対し、特に驚くことなく頷いた。
「みたいだね。ま、今のうちだけだし俺はいいんだけど……」
言いながら真衣香の肩に腕を回し、顔を近づける。
「……え? んん……!?」
どうしたのだろう? と顔を上げた途端。
触れるだけの、しかし突然のキス。
恥ずかしい気持ちが湧き出るよりも驚きが強い。
目を見開く真衣香の目の前で、唇がゆっくりと離れていく。
坪井の顔を凝視していると「あ、人事誰もこっち来てなから大丈夫だよ」と、特に悪びれる様子も慌てる様子もなく言った。
――時刻は12時40分。
先陣を切りランチに出た人事部の女性陣がフロアに戻ってきたのか、パーテーションの向こうからの雑音。それを耳にしての言葉だろうか。
今の真衣香は数日ぶりのキスで正直それどころじゃないのだけれど。
「てか、青木のこと。お前は嫌だよな、ごめん。俺がお前の立場なら相手殺したくなりそうだもん、ほんとごめん」
話は戻って、芹那の件。
「そんな……怖い冗談言っちゃダメだよ」
「冗談って、ははは」
坪井は全く楽しくなさそうに笑い声をあげる。
「まさか、冗談じゃないよ。俺、お前と違って器が小さいから」
「え?」
八木の席に座っている坪井は、長い脚をだるそうに組んで頬杖をつく。
「今の、この状況にも結構頭にきてるしね、自業自得っての棚に上げて。ほんっと嫌な男だと思うよ、俺」
どの状況に怒っているのだろうか。よくわからない……と目をぱちぱちさせる。
そんな真衣香の髪に触れ、そっと優しく、頭を撫でる坪井。
「大変だね、お前も」
……なんて、もの凄く哀れみの目を向けられてしまった。
(坪井くんって、わかってきたようでやっぱ難しいなぁ)
真衣香は総務のフロアを出て、エレベーターの前まで坪井を見送り、既に閉じられてしまっている扉をじっと眺め。
そんなことを考えていた。