テラーノベル
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夜の校舎は、息を潜めているかのように静まり返っていた。
昼間は笑い声や足音で満ちていた廊下も、今はまるで墓場。
風が吹き抜けるたびに窓ガラスがかすかに揺れ、きぃ、と軋む音が、何倍にも増幅されて耳に刺さる。
大森は息を潜めながら、立ち入り禁止と貼られた黄色いテープを跨いだ。
校舎の奥――取り壊しが決まった旧校舎へ。
「ごめん……勝手に入る」
小さく呟いた声は、廊下に吸い込まれて消えた。
進むたびに、窓ガラスの向こうを黒い影が横切った。
誰かが歩いているように見えるのに、次の瞬間には何もいない。
心臓が跳ねる。
だが、ここで止まるわけにはいかなかった。
――助けて、元貴。
夢で聞いた声が耳奥で響く。
藤澤と若井。
本物の二人は、あの鏡の向こうに囚われている。
そう確信していた。
⸻
倉庫の扉を押し開ける。
ギィ……と重い蝶番の音が、墓場の鐘のように鳴り響いた。
中は暗闇に包まれていた。
窓もなく、唯一の光源は廊下から漏れる月明かり。
目が慣れていくと――鏡は倒れ、床一面にガラスの破片が散らばっているのが見えた。
「……そんな……」
大森は息を呑んだ。
噂に聞いた鏡。
かつてそこに立っていた巨大な鏡は、まるで意図的に粉々にされたかのようだ。
「……やっぱり……ここに……」
呟く声に呼応するように、破片の中で誰かが口を動かした気がした。
耳を澄ますと、かすかな囁きが重なる。
「——元貴」
「——助けて」
声は確かに二人のものだった。
「涼ちゃん……若井……!」
震える声で名前を呼び、大森はしゃがみ込んだ。
だが、破片に映るものを見た瞬間、血の気が引いた。
「……!」
――無数の目。
破片一つひとつに、ぞっとするほど鮮明な瞳が映り込んでいた。
それは見知らぬ人々のものでもあり、若井や藤澤のものでもあるように見えた。
そして最後に、自分自身の目が映った。
⸻
倒れた鏡を必死に両腕で押し起こす。
金属の枠は冷たく、重さで指が震える。
「くっ……!」
思わず膝をついた。
震える指で破片を拾い上げると、鋭い端が容赦なく皮膚を裂いた。
「……痛っ……」
赤い血が床に滴り、破片を濡らしていく。
痛みに顔を歪めながらも、大森は破片を一枚ずつ拾い集めた。
血に濡れた破片の中で、無数の目が一斉に瞬きをした気がした。
⸻
時間の感覚は消えていた。
気づけば指先は真っ赤に染まり、血が床に滴って小さな池を作っていた。
それでも手を止めなかった。
「俺が……俺がやらなきゃ……」
ガラス片同士を合わせるたびに、ひび割れが走る音が生々しく響く。
血の赤が染み込み、接着剤のように縁を繋いでいった。
「……繋がれ……!」
血に濡れた手で破片を押し込み、何度も何度も繰り返す。
やがて、バラバラだった破片が次第に形を取り戻し始めた。
スミセス🍏スミと呼んで欲しい
欠けだらけで歪んではいるが、確かに鏡の“姿”を取り戻していく。
「……頼む、戻れ……!」
最後の破片をはめ込んだ瞬間、鏡が低く唸り声を上げた。
歪んだ表面に光が走り、暗闇に青白い閃光が散る。
そこに映るのは確かに自分自身だった。
だが、その表情は無機質で、仮面のように感情が欠けている。
血に濡れた指先で額の汗を拭った瞬間、映像が揺らぎ、“偽の大森”が動いた。
『……お前は、孤独を恐れるだけだ』
その声は低く、耳の奥に直接響いてくるようだった。
大森は思わず後ずさろうとしたが、足は床に縫い付けられたように動かない。
『誰もいなくなれば、空っぽだ。
仲間にすがって、歌詞に縋って……本当は何もない』
冷たい言葉が刃のように胸に突き刺さる。
否定しようと口を開いた瞬間、背後から別の声が囁いた。
『そうだよ。元貴はひとりになるのが怖いんだ』
振り返ると、そこには偽の若井と藤澤が立っていた。
彼らの笑みは凍りついたように硬く、目だけが異様に光っている。
『俺たちがいなくなったら、お前はどうする?』
『空っぽになるだけだよ。……歌なんか、誰も聴かない』
耳を塞ごうとしても、声は脳に直接流れ込んでくる。
心臓の鼓動が早まり、息が詰まる。
「違う……俺は……」
必死に言葉を絞り出すが、偽の大森が静かに笑った。
『違わない。お前は弱さを隠してるだけだ。
自分を偽って、笑って。無様だな』
足元の鏡が不気味に揺れ、床に落ちた細かい破片の中からも無数の目が覗いている。
その瞳が一斉に自分を見上げ、嘲笑しているように見えた。
「やめろ……やめろ……!」
叫んでも、声は鏡に吸い込まれ、空間に消えていく。
偽の若井と藤澤の囁きが重なり、耳元でうねるように響いた。
『孤独が怖いんだろ』
『空っぽなんだろ』
『俺らがいなきゃ結局何もできない』
視界がぐらりと揺れ、息が詰まる。
光のない空間に取り込まれていく感覚に、大森の膝が震えた。
それでも、心のどこかで声が響いていた。
――助けて。
夢で聞いたあの叫び。若井と藤澤の声。
「……俺は……」
絞り出した声は震えていたが、確かに前を向いていた。
次の瞬間、大森は鏡の向こう側へと自ら落ちていった。
コメント
4件
意外な展開になってきてめっちゃ面白い先が読めない感じいいですね(*^^*) 3日前に怒られたのがまだ根に持ってて辛いです( ˊ•̥ ̯ •̥`)