「あくまでも報告だから。それじゃ。行こう。聖くん」
俺の怒りの空気を感じ取ったのだろう。
聖奈がすかさず言葉を挟み、俺の手を引いて部屋から連れ出してくれた。
部屋の外に出て扉を閉めたのだが、中からはヒステリックな母親の金切り声と、それを超える大きな声で叱責する父親の声が聞こえた。
ウチの親とは違った方向にうるさいな。
聖奈は何も話さず黙って俺の手を引いている。
その手からは震えが伝わってきた。
「ちょっと待ってくれ」
長い廊下を抜けて、漸く玄関を出た俺達に声を掛けてくる者がいた。
てっきりまた無視するのかと思っていたら……
「叔父さん。折角用意してくれたのに、ごめんなさい」
どうやらこのくだらない会を準備してくれたのは、この人のようだ。
あんな奴らを大人しく席に着かせるのは大変だっただろうな。
「聖奈ちゃん。悪いね。力不足で」
「ううん。叔父さんには会社のことでもお世話になっているし、あの人達は誰が何と言おうがどうしようもないよ」
えっ…まさか……
「聖奈。会社って、まさか…?」
「うん。叔父さんがいつも言っていた税理士さんだよ」
「初めまして。東雲社長。いつも仕事をありがとうございます」
叔父さんと呼ばれている人は折り目正しくお辞儀してきた。
見た目は40代。
男前ではないが、清潔感がありシュッとしている。
シュッってなんだろうな?
「初めまして。東雲聖です。ご挨拶が遅れてすみません。貴方が聖奈の味方で助かっています。いつも色々とご無理を言って申し訳ないです」
そこからは叔父さんと俺がずっとペコペコと頭を下げ合っていた。
聖奈の『二人とも…こんなところでやめよう…?』という言葉にペコペコ合戦は終わりを迎え、別の場所で話をすることになった。
叔父さんこと、斉藤 康仁さんの運転する車で着いたのは、ホテルのラウンジ。
この人が銃とかヤバい頼み事を聞いていた人か……
人畜無害そうなのに…人は見かけによらないってことみたいだな。
「まずは二人とも婚約おめでとう。東雲…いや、近々苗字が同じになるのだから下の名前で呼ばせてもらおう。聖くん。聖奈ちゃんをよろしく頼むよ。
知っていると思うけど、見た目の可愛さとは違いとってもお転婆さんだからしっかりと見守ってあげて欲しい」
「ありがとうございます。はい。何度首輪とリードを着けようと思ったことか…しっかりと見守りますね」
まるでこの人が本当の親のようだ。
聖奈をよく見て、知ってくれている。
「ははっ。面白いことを言うね。確かにそれくらい言えないと彼女とは付き合えないだろうね」
いえ…言うだけじゃなく…実際に着けようか悩んだことが……
変なプレイじゃないぞ?
「二人の会社のことは過小評価されるように兄には伝えている。もちろんプライベートな内容は一切伝えていないから安心して欲しい」
「うん。叔父さんには迷惑かけてるね…ありがとう」
父親の弟さんか…何でこんなに違うんだ?
「ただ、誤魔化せない人達も多い。その代表格が政治家達だ。私は家名が違うから家を出たことはわかるね?しかし、生まれ育ったのは長濱家。代々この地を牛耳ってきた政治家の家系だ。
その繋がりで聖くんを紹介しろと言ってくる人達が多くいるが…二人は今後のことは?」
「うーん。政治家はまだ必要ないかな。いざとなれば政治家と癒着しやすい国に拠点を移してもいいから焦ってはないよ」
「そうか。では必要になれば教えて欲しい」
難しい話を大人達がしてる……
僕?僕はおれんじじゅーすを飲んでるだけさ。
「断るのって大変?」
「…正直、立場上断るのが一番難しい仕事だね」
「聖奈。俺は構わないぞ」
聖奈がこっちを見てきた。
理由は一つしかないからすかさず返事をした。
「パーティに出ればいいかな?」
「二人は……いや、何でもない。そうだね。そうしてくれると一度で済んで二人も楽だろうし、私も助かるよ」
阿吽の呼吸をみせたことで俺達の…聖奈から聞いていた関係との差を感じたんだろうな。
異世界での経験が、叔父さんの知らない、わからない俺達の絆だ。
これまで世話になった人の頼みだ。
泥舟に乗ったつもりでいてくれ!!
死なば諸共だ!え?
「良かったな」
叔父さんとの話は終わり、帰りは転移魔法を使いマンションへと帰ってきた。
「ん?何が?」
晩酌の肴を作ってくれている聖奈の背中へと声を掛けた。
「叔父さんという味方が居てくれて」
「うん。一番の味方だったお婆ちゃんは死んじゃったけどね」
子供の時は叔父さんにはあまり会えなかったようだ。
代わりといってはなんだけど、一番の理解者は祖母。
しかしその祖母は大学在学中に亡くしてしまった。
俺に…いや、異世界の仲間に会う前の聖奈は敵だらけの所で暮らしていたんだな。
聞いてはいたけど実際は想像よりも酷かった。
オタクだから異世界に行きたいのだとずっと思っていたけど…半分以上はこの敵だらけの世界から逃げ出したかったのだろう。
今まで教えてくれなかった事に対しては、思うことは少ない。
言うのには勇気が必要だもんな。
「明日にでもお婆さんの墓参りに行かないか?聖奈が一番に報告しなきゃいけない人だろう?」
「ホント!?ありがとう!!」
とびきりの笑顔の裏側に、この子の我慢が垣間見えた。
それだけ嬉しいことなのに、俺のことを想って言わなかったのだろう。
そんな事で面倒臭いとか、ましてや嫌いになんてならないのに。
やはりレベル一だなっ!!
翌日、聖奈のお婆さんが眠る墓へ挨拶と報告をした俺達は、会社へと向かっていた。
「聖くん。式場は私が決めていいんだよね?」
「好きにしてくれたらいい。むしろ俺に聞いても何もわからんぞ?」
それにしてもリムジンって凄いな。
冷蔵庫が付いてるぞ!
中は……
「なんで冷えピタと栄養ドリンクばかり入っているんだ?普通酒だろ!」
「ごめんね。疲れを取るアイテム入れにしちゃった」
働きすぎだろ…誰だよ上司は……
いないな……
「働きすぎだぞ。いくら忙しくてもちゃんと休んでくれ。会社なんて、潰れても仕方ないだろ」
働いている人には悪いが、俺はそんな感じだ。
「大丈夫だよ。最近は(あっちで手に入れた疲労回復薬を飲んでるから)」
小声なのはいい。
だが、そんな怪しいもので解決するなよ……
「ポーションみたいな感じか?」
「そ。副作用はお腹が空いちゃうだけの健全な薬だよ!」
小声はどうした。
ま、運転席とこっちでは間仕切りがあるからそうそう聞こえないと思うけど。
「それでここ2年くらい太っ……ふと見ると、聖奈って綺麗さの中にも可愛さがあるよな?」
「…それは無理があると思うよ?」
ギリギリ致命傷ってやつか。
そもそも聖奈もミランも痩せすぎだから、少し肉が付いたくらいで丁度いいと思います。まる。
結婚式のことは丸投げして、仕事のことも丸投げした。
あれ?過労の原因って、俺なんじゃ…?
リムジンは会社へと着いた。
「おっ。久しぶりだな!生きてたかっ!」
就業時間内に会社へ着くと、とりあえず一階の作業場へと顔を出すのがルーティンとなっている。
そこで馴れ馴れしく声を掛けてくるのは・・・
「社長様に向かって随分な挨拶だな?須藤は相変わらず元気そうで良かったよ」
「元気が取り柄だからな!それで?何かあったのか?」
そう。須藤はあの須藤。
大学を卒業と同時に、ここで働いてもらっている。
ちなみに異世界や魔法のことは一切教えていない。
だって、こいつすぐにメンタルブレイクするんだもん……
「仕事は特にないな。ただ結婚するから挨拶周りのついでに寄ったんだよ」
「ふーん。えっ!?」
ありがとう。
リアクションをわかっている相手って、何だか安心するよ。
「まじかよっ!?やったな!!おめでとうっ!!」
なんだよその三段活用みたいな表現……
「ありがとう。とりあえず落ち着け」
喜んでくれるのは嬉しいが…備品壊すなよ?
「それで!?相手は誰だ!?海外出張先の金髪美女か!?それとも…あっ!前に呑みに行ったキャバクラのサキちゃんか!?」
誰だよサキちゃん…覚えてねーよ。
ゾクッ
俺は背後から殺気を感じた。
「聖くん?誰なのかな?サキちゃんって」
「おっ。長濱副社長様じゃないか。聞いてくれよ〜聖がさぁ・・・まさか?…嘘だろ?あれだけ二人とも否定しておいて?」
聖奈から発せられた尋常じゃない気配に漸く事態を呑み込んだ須藤だったが……
この空気の責任取れよ?
「須藤くん。誰なのかな?」
「い、いや…あっ!倉庫に確認に行くところだったわ!悪いな二人とも!あっ!おめでとう、お二人さん!お幸せに!じゃあ!」
須藤…お前はドラ◯もん解任だっ!
〓〓〓〓〓〓〓〓後書き〓〓〓〓〓〓〓〓
須藤智也の久しぶりの登場です。
忘れた方のための補足です。
聖の大学生時の学友です。そして聖奈のストーカーを殺したと思い込んでいます。お調子者キャラで陽キャです。
何があったのかは今のところ不明ですが彼はWSで働いています。
主要キャラではないのでこの後彼の話を書くかは未定です。
ですので聖奈の魔の手により働かされている尊い犠牲者と考えていただければと思います。
それではまた。多謝。
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