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「おい京介、はよせぇ。チャイム鳴るで」
玄関先で匠海が腕時計をちらりと見る。
「うるせぇな、だから兄貴風吹かすなっての。俺はギリギリ派なんだよ」
ネクタイを適当に結んで靴を履く京介。
匠海は腕を組み、じろりと京介を見てため息をついた。
「お前、なんやその結び方。犬に噛ませたんか?」
「はぁ!? ほっとけ!」
「アホか。そんなんで学校行ったら、俺の弟の評価まで下がるわ」
匠海がスッと手を伸ばし、京介の胸元を直し始める。
至近距離で感じる匠海の指先の温かさに、京介は一瞬固まった。
「っ……自分でやるっつってんだろ!」
思わず手を振り払う。
匠海は肩をすくめ、にやっと笑った。
「照れんなや。……ほんま可愛い弟やな」
「……殺すぞ」
京介の耳はほんのり赤かった。
転校して数日。クラスはすでに京介を「生徒会長の弟」として認識していた。
「いいなぁ、兄貴が生徒会長とか!」
「藤牧、毎日あの完璧イケメンと一緒なんだろ?」
「はぁ!? 全然よくねぇし!アイツうざいだけ!」
京介は机に突っ伏す。
すると、タイミング悪く教室に匠海登場。
「京介、昼どないする? 一緒に食わへん?」
ざわめく教室。女子の黄色い声。
「うわー!生徒会長が弟くん誘ってるー!」
「兄弟愛エモすぎ!」
「お前……空気読めよ!!」
京介は顔を真っ赤にして立ち上がる。
匠海は悪びれもせず肩を竦めた。
「弟とメシ食うの、普通やろ」
「……死ね」
(けど、ほんとはちょっと嬉しいのがムカつく……)
なぜか京介は「生徒会の手伝い係」に任命されてしまった。
「コピー頼むわ」
匠海に書類を渡され、京介は渋々コピー機の前に立つ。
「俺、生徒会でもねぇのに……雑用係かよ」
「弟の役目や。ありがたく思え」
匠海は真剣な顔でペンを走らせる。
京介は毒づきながらも、匠海の横顔に見入ってしまう。
(……なんでこんなやつに見惚れてんだよ俺)
慌てて視線を逸らし、コピー機をガチャンと強く押す。
「なぁ京介」
「……なに」
「お前、めっちゃ顔に出るタイプやな。俺のことガン見してたで」
「はぁ!? してねぇ!!」
真っ赤になって否定する京介。
匠海はにやりと笑った。
「せやろか~?」
夜。リビングのテーブルで課題に取り組んでいる京介の横に、匠海が腰を下ろす。
「ここ分からんのちゃう?」
「別に。お前に頼んでねぇし」
「弟やから頼れっちゅうねん」
匠海は京介のノートを取り、すらすらと解き方を書き始める。
「……あー、そういうことか」
納得してしまい、思わず声が漏れる京介。
匠海がふっと笑う。
「素直になったやん」
「調子のんな」
そう言って顔をそむけるが、心臓は早鐘を打っていた。
その夜。匠海が風呂から上がるのを確認し、次に入ろうとした京介は、タイミング悪く匠海と鉢合わせ。
匠海は上半身裸でタオルを首にかけていた。
「……っ!」
京介は一瞬固まる。匠海の鍛えられた体に目が釘付けになってしまった。
「なに見てんねん。弟でも覗きはあかんで」
匠海がにやり。
「だっ、誰が覗くか! 目ぇ腐ってんのかお前!」
顔を真っ赤にして怒鳴り、京介は部屋に駆け込んだ。
ドアを閉めたあと、京介は頭を抱える。
(……マジで、何考えてんだ俺……)
こうして騒がしい毎日が続く。
「兄弟」としての生活は始まったばかり。
だけど、京介の胸の奥には、兄弟という言葉では片づけられないざわめきが、少しずつ膨らんでいた――。