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「おはよう。」
「おはよ。」
「おはよ〜。」
いつもより少し遅い起床にボーッとする頭で今日やる事を整理していく。
世間はGWに入り、ぼく達も今日から3日間のGW休みに入った。
昨日、長期休みに湧いている社会人達のニュースを観たけど、そんなのぼくには関係ない。
休み明けの課題提出ラッシュに今から怯えているぼくは、三連休と言えど、休む暇なんてない事は予想がついていた。
「はあー…。」
少し憂鬱な気分でため息を吐くと、隣で涼ちゃんがクスクスと笑った。
「元貴、また課題溜めてるんでしょ〜?」
「…バレた?」
「朝からため息だもん。バレバレだよぉ。」
「元貴ってやれば出来るのに、意外と面倒くさがりだよね。」
「…はあ、好きな事だけして生きていたい。」
「それはそうだよねぇ。」
「間違いない。」
「あ、それで言うと、映画研究のレポートはもう書き終わったよ!ちょっと面白かった。」
「すごいじゃない。じゃあ、その、調子で他のも片付けちゃおうね〜。」
「…うぅっ。」
・・・
朝ご飯を食べた後、早速リビングのテーブルでPC開き、作業を始める。
「おっ、やる気満々じゃん。」
そう言いながら、若井も隣に座って同じくPCを開いた。
「うん。早く片付けてゴロゴロしたいからねっ。」
「終わったらゲームしよ。」
「する!ってか、若井は何してんのー?」
「んーとね、スポーツ実習のレポート。」
「えっ、スポーツ実習もレポートとかあるんだ。」
「そうなんだよー。でも、今回は実習でやった事をまとめるだけだから簡単だけどね。」
「へぇー。」
お互い、会話をしながらもカタカタとキーボードを打っていく。
「二人とも、レポート作るのすっかり慣れたねぇ。」
ソファーから涼ちゃんが笑いながら声をかける。
そういえば、一年生の頃は必死すぎて会話する余裕なんてなかった。
今はこうして、作業しながらもお喋りできてる。
レポート自体は嫌いなままだけど……少しは成長できたのかな、なんて思って、ちょっとだけ嬉しくなった。
二時間後――
「うぅーっ。」
「終わったー!」
「まじ?」
「元貴は?」
「…これは後ちょっとだけど、まだ手を付けてない課題が3つある…。」
「なんでそんなにやってないの?!」
「…そんなのぼくが聞きたいよっ。」
「まぁまぁ、二人とも。二時間も頑張ったし、ちょっと休憩しよ〜。」
ぼくが伸びをしたまま後ろのソファーに寄り掛かり項垂れていると、涼ちゃんがクスクスと笑いながら立ち上がり、キッチンに消えていった。
そして、少しすると、トレーに紅茶の入ったマグカップ3つと、やけに洒落た箱のちょっと高そうなチョコレートを乗せて戻ってきた。
皆が取りやすいように、チョコレートをテーブルの真ん中に置くとそれぞれのマグカップを手渡していく。
「なにこれっ。めちゃくちゃ美味しそう!」
「んふふ〜。これはちょっといい所で買ってきたチョコレートです!」
思わず身を乗り出したぼくに、涼ちゃんはどこか自慢げに微笑む。
「ってか、涼ちゃんってたまにおれらの知らないお菓子出してくれるけど、どこに閉まってんの?棚の中でも冷蔵庫でもこんな箱見た事ないんだけど。」
「いつものとこに置いとくと二人にいつの間にか食べられちゃうからねぇ。とっておきのは、秘密のとこに隠してるの。 」
「…なんか、ごめん。」
「…以下同文。」
ぼくと若井がそろって苦笑しながら謝ると、涼ちゃんは声を立てて笑った。
「あははっ。ごめん〜、ちょっと意地悪だったね。棚にあるのはいいんだよ!二人も食べるかな〜って思って買ってきてるやつだから。」
そう言って、少しからかうみたいに目を細める。
その笑顔に、疲れていたはずなのに、なんだか胸の中がほんのり甘くなった。
「ってか、これ絶対高いやつだよね。ぼく達も食べていいの?」
「もちろん〜!二人も僕も頑張ったからご褒美ですっ。」
「やった!いただきまーす!」
涼ちゃんの言葉を聞いて、早速若井が嬉しそうにチョコレートを1個手に取り口に放り込んだ。
「なにこれっ、うますぎ!」
目を丸くして叫んだ若井は、まるで宝物を見つけたみたいに瞳をキラキラさせていた。
「ねっ、これめちゃくちゃ美味しいよねぇ。」
涼ちゃんも1個口にふくみながら、幸せそうにふわっと笑った。
「…ぼくも!」
我慢出来ずにひとつ口に入れたぼくは、舌の上でゆっくり溶けていく濃厚な甘さに思わずとろけそうになった。
「…やばっ、幸せ……。」
「でしょ?」
若井が頷きながらもう一個に手を伸ばす。
「あっ、ちょっと!若井食べすぎだから!」
ぼくが慌てて若井の手を掴むと、今度は反対の手を伸ばしてきて、チョコレートをめぐる攻防戦が始まった。
「まだ3個しか食べてないじゃんっ。」
「もう3個じゃん!」
「はいはい、喧嘩しないの〜。」
そんな子供みたいなぼく達のやり取りを見て、涼ちゃんが優しく笑った。
その声に、部屋の空気がふわっと和んで、なんだか心の中まで甘くなる。
「はい、元貴。あ〜ん。」
差し出されたチョコレートと、涼ちゃんの穏やかな声。
一瞬で、部屋の空気がまた別の甘さに包まれた。
「ほら、早くしないと溶けちゃうよ?」
ぼくが戸惑っていると、涼ちゃんが少し意地悪そうに笑いながら急かしてくる。
視線を逸らせなくなって、おずおずと口を開いた。
――ぱく。
指先からチョコレートが落ちて、舌の上でほろりと溶けていく。
涼ちゃんは、指先についたチョコレートをペロッと舐めると満足そうに、にこっと笑った。
その様子にぼくは目を離せずにいると、横から若井の声が飛び出してきた。
「ずるい!おれもおれも!」
そう言いながら、若井は涼ちゃんに向かって『あーん』と口を開く。
「えぇ〜、若井も?」
「だって、自分で食べたら元貴に怒られるんだもん。」
「もぉ、仕方ないな〜。」
涼ちゃんはそう言いながらも、笑いながら『はい、あ〜ん。』と言いながら若井の口にチョコレートを放り込んだ。
…その様子に胸の奥がちりっとする。
「ん?もう1個?」
若井の真似をして、自分にもと催促するように、涼ちゃんに向かって口を開けた。
そんなぼくの様子を見て、涼ちゃんは『ふふっ』と笑い、チョコレートに手を伸ばす。
すると、もぐもぐと口を動かしながら、若井が横から話し掛けてきた。
「次はおれが食べさせてあげる。」
「やだ!涼ちゃんがいいのっ。」
「ひどっ!」
「あははっ。若井、振られちゃったねぇ。」
「…早く!」
「はいはい。あ〜ん。」
「…あむ。」
口の中でチョコレートがとろけていくのと一緒に、胸の奥まで甘さがじんわり広がっていく。
ぼくが満足そうに微笑む横で、若井が少ししょんぼりした顔でぼくを見てくる。
その様子を涼ちゃんは面白そうに笑ってるけど、(ヤキモチなんか妬いて、大人げなかったかな…)と少し反省したぼくは、チョコレートを1個取って、若井の口元に持っていった。
「はい、あーん。」
ぼくがそう言うと、若井は嬉しそうな顔をして、『へへっ、ありがと。』と言って、ぼくの指からパクッとチョコレートを食べた。
「あ!ずるいなぁ。僕には“あ〜ん”、してくれないの?」
冗談みたいに言いながらも、涼ちゃんの目がまっすぐぼくを見ている。
その余裕のある笑みの奥に、ほんの少しの期待が混じっているのが分かって、胸の奥がじんと熱くなる。
若井が隣で『おれの時より甘い顔してる!』と騒ぐけれど、そんなの耳に入らない。
チョコレートをつまんだ指先が、わずかに震えた。
「…はい。あーん。」
ぼくの差し出した一粒を、涼ちゃんはゆっくりと唇で受け取る。
その仕草がやけに艶めいて見えて、思わず息を呑んだ。
「ぼ、ぼく…紅茶おかわりしてくる!」
頬に広がる熱を誤魔化すように、勢いよく立ち上がった。
立ち上がる時にテーブルに足をぶつけたけど、それも気にせず、ぼくは慌ててキッチンへと駆け込んだ。
背中に二人の笑い声が追いかけてきて、余計に顔が熱くなった…
・・・
紅茶を注いで戻ったあと、ぼくは深呼吸して気を取り直す。
“別に何とも思ってないですけど?”みたいな顔で、完成間近のレポート作成に精を出す。
その後は、うっかりウトウトしそうになるたび、二人にからかわれながら、ぼくは必死に画面に向かう。
夕日が窓から差し込む頃には、何とか残っていた課題も最後のひとつまで減らし、まるで電池が切れたかのようにソファーに倒れ込んだ。
ぼくの頭の上で、『お疲れ様。』の声と一緒に若井と涼ちゃんの笑い声がふんわり響く。
疲れていても、なんだかとても幸せな気分だった。
「涼ちゃーん。さっきのチョコ、まだある?」
顔だけ涼ちゃんに向けてそう言うと、彼は困ったように笑いながら首を振った。
「ごめん、もう全部食べちゃったぁ。」
「ええぇ〜。」
ぼくが小さく駄々をこねると、若井が横から乱暴に頭をわしゃわしゃしてくる。
「ほら、もう夕飯の時間だし。」
そう言った若井は、にっと笑って『元貴が食べたいの作ってあげる』と続けてきた。
「じゃあ、パスタ!」
迷わず即答すると、若井が『茹でるだけじゃん!』と呆れ顔。
けど、どこか嬉しそうでもある。
「確か、まだパスタソース残ってたと思うよ〜。」
涼ちゃんがのんびり口を挟むと、若井が『おっ、ラッキー!』と声を上げた。
そんな二人のやり取りを聞きながら、ぼくの瞼はどんどん重くなっていく。
気付けば、声も笑いも、少しずつ遠くへ溶けていったーー
「元貴、起きて。」
「んんぅ…」
「ご飯出来たよ。」
どのくらい眠っていたのか、リビングにふわりと漂う香りにお腹がきゅるると鳴る。
肩をトントンと叩く若井の手があたたかくて、ぼくは食欲と眠気の間でふわふわしていた。
「早く起きないと、キスするよ。」
その声に、ぼんやりと目を開ける。
視界に入ったのは、意地悪そうに笑う若井の顔。
――きっとこれで飛び起きると思ったんだろうけど。
「…んふふ。ちゅう、してくれるのー?」
寝ぼけた口からするりと零れた言葉に、自分で「はっ!」と我に返る。
「えっ、や、ちがっ……!今のなし!!」
慌てて跳ね起きると、若井の顔もほんのり赤く染まっていて…
思わず視線を逸らし、逃げるみたいにキッチンへ駆け出した。
「わっ、どうしたの〜?」
バタバタとやってきたぼくに、コップへ麦茶を注いでいた涼ちゃんが目を丸くする。
「や、えっ……あのっ、な、なんでもない!」
声が裏返りそうになりながら誤魔化す。
だけど、涼ちゃんはぼくの慌てぶりを見て、何かを察したみたいに口元を緩めた。
「もしかして…若井に、ちゅうされたとか〜?」
からかうような声。
ぼくが『ち、違っ!』と反論しようとしたその時――
「いや、しそびれた。」
すぐ後ろから、若井の落ち着いた声が降ってきた。
「ちょっ…若井!」
「あははっ、それは残念だったねぇ。」
涼ちゃんの笑い声と、背後でニヤニヤしてる気配。
その気配から逃げるように、ぼくはサッと自分の席に座ると、注がれたばかりの麦茶を一気に飲み干した。
「ぷはっ……っ!」
喉を冷たい麦茶が流れていって、少しだけ落ち着きを取り戻す。
…けど、視線を上げれば、やっぱり二人の笑い顔がこっちを見ていて。
「…そんな顔で見んなっ。」
顔が熱くなるのを誤魔化すように、ぼくはパスタの横に置かれていたフォークを握りしめた。
「ごめんごめん。ほら、冷めちゃうから食べよぉ。」
涼ちゃんが椅子を引きながらそう言うと、『はいはい。』と言って、若井もぼくの隣の椅子に腰を下ろした。
ダイニングテーブルの上には、ふわりと湯気が立つ具だくさんのコンソメスープと、ぼくがリクエストしたパスタが置かれていた。
大好きなトマトソースの香りに、ぼくのお腹がぐぅ〜と鳴ってしまい、若井がすかさずニヤリとする。
「…今のは聞かなかったことにして!」
「無理だな。」
「僕も聞いちゃった〜。」
再び笑い声に包まれるリビングで、ぼくは観念したように『いただきます』と手を合わせた。
・・・
美味しくて大満足だった夕飯を済ませた後も、何かとつけてぼくは二人にからかわれ続け、“おやすみなさいのキス”をすると、不貞腐れたように布団に潜り込んだ。
「…今日、二人とも意地悪だった。」
電気が消され暗くなった部屋で、少しだけ布団から顔を出してそう呟くと、両側からクスクスと小さい笑い声が聞こえてきた。
「ごめんね。でも、元貴が可愛くってつい〜。」
「ほら、好きな子は意地悪したくなるって言うじゃん?」
「……っ、もう知らない。寝る。」
ふてくされた声を出してみたけど、心の奥はあたたかい。
だって、“好きな子”なんて、二人に言われるたび、胸の奥がいっぱいになるから。
「ほんとに拗ねちゃった?」
「ねぇ、涼ちゃん。こういうときの元貴って、ほんと分かりやすいよね。」
「うん、耳まで赤いし。」
「…っ!み、見ないでっ!」
慌てて布団を頭まで被ったのに、布団越しに二人の笑い声とぬくもりが押し寄せてくる。
ふいに布団の端をめくられて、くるりと抱き寄せられた。
胸に顔を押し付けられて、鼻をくすぐるのは涼ちゃんの柔らかな匂い。
「こっちおいで。」
いつもより低めの声がそう囁くと同時に、後ろから若井の腕が腰に回って、ぼくは完全に両側から包まれてしまった。
「……今日は意地悪しすぎたな。ごめん。」
「でもね、元貴のそういうとこ、可愛くてしょうがないんだよ。」
「うん。ご飯の時も、おやすみのキスの時も、ぜんぶ可愛かった。」
涼ちゃんの落ち着いた声と、若井のちょっと照れた声。
暗がりの中で二人の言葉が重なって、胸がじんわりと温かくなっていく。
「…そんなの言われたら、怒ってられないじゃん……。」
「ふふ、最初から怒ってなかったでしょ?」
「……ばれてる。」
小さく呟くと、二人は顔を見合わせて、同時にぼくの頬へそっと口づけを落とした。
「元貴、大好き。」
「おれも。大好きだよ。」
その一言に、胸がくすぐったくて苦しいくらいに満たされて、
ぼくは布団の中で小さく笑ってしまう。
「……ぼくも、大好き。」
言葉にした途端、今度は唇に優しいキスが落ちてきた。
温もりに挟まれながら、安心して目を閉じると、 今日一日の意地悪も、からかわれた恥ずかしさも、全部甘いものに変わっていって…
ぼくは幸せに挟まれながら、ゆっくりと眠りについた。