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”烏”が住む海辺のお邸で働くメイド”碧”。
新しく入った同僚の”紅”と共に、
涸れた井戸の怪談や秘密のお部屋、
邸に伝わる”おまじない”など、
不思議なできごとに翻弄されつつも、
それなりに楽しく暮らしていました。
最近呂律の回らなさや手足の震えなどで粗相が増えていることに悩んでいる”碧”。
そこへお客様のひとりとして迎えていた盲目の少女がやってきてこう告げるのでした。
「ここに居てはいけないわ」
とある街外れ。
海辺のお邸で、
烏がわらっていました。
わらっていました。
それは終わりの始まり。
辛くも流れて着いて、
わたしもわらっていました。
と思っていました。
パリン
「あっ――」
震えて揺らぐ手から、
滑り落ちてしまいました。
グラスをひとつ割ってしまえば、
おまじないをひと匙。
そういうお約束でした。
わたしは、
このお邸のメイド”碧”。
”紅”と共に暮らしていました。
それだけでした。
決して、
お互いに想いなどありませんでした。
そういうことにしていました。
なかったことにしないで。
紅い髪のあなたの手、
それを、
梳かした月の影。
蕩けていく手足を、
必死に繋ぎ止めていました。
そのはずでした。
この想いも、
そのままにしておきました。
霧の笛と啜り泣き、
砕ける波。
「―――…」
耳を塞いだら、
「今日もおやすみよ」
「ああ、なんて可愛らしいの」
夜ごと、
そんな呟きを聴きました。
わたしも、
同じように呟いていました。
わたしは、
”碧”が大好きでした。
”碧”も、
わたしのことがきっと好きでした。
ふたりなら、
どこまでもゆける気がしました。
ここから逃げ出してしまいたいほどに、
愛していました。
その身を、
食べてしまいたいほどに、
愛おしいものでした。
舌が回らない。
歩けやしない。
手も握れない。
塵箱から悲鳴。
ランタン むかで
提燈に百足。
そこにいるの誰、
やめて話しかけないで、
来ないで、
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
お留守の間、
あなたが唆すから、
仕方がありませんでした。
二階の秘密のお部屋、
そっと手を掛けました。
ああ、お生憎様。
鍵は要らないの。
ひやりと重たい扉、
両手で押しました。
あなたが唆すから、
もう後には戻れないわ。
たくさんの人影が、
ワイン色に褪せた壁に掛かっていました。
みんなが見下ろしていた。
ナカッタコトニナッタコトモ
ナカッタコトニナッテシマウ
そんな言葉が、
脳の奥に響いていました。
ここに居てはいけないわ。
なかったことにしないで。
溢れんばかりのおまじない。
どうか気付かないで。
痺れていく手脚を動かして、
そう願っていました。
なかったことにしないで。
どうか起きて来ないで。
ぎゅっと耳を塞いで。
よかった起きて来ないね。
烏が死んだわ。
振り向いてもひとりきり。
あなたが居たはずなのに。
なにもわかりませんでした。
わたしは、
なにも知りませんでした。
これ以上無いほどの、
愛ならば、
知っていたのに。
痺れる手が答を指で差して、
震える唇が知りたくないことまで、
言ってしまいました。
目の前が、
黒く溶けてゆきました。
ああ!わたし気付いちゃった。
今逢いにゆくわ。
ひと匙のおまじないを、
なかったことにしないで!
ああ、
いつもの様に、
あなたがわたしを起こす。
あなたの呟きが聴こえる。
ああ、なんて可愛らしいの。
「そんなこともあったなぁ。」
懐古に伏せていた目を開けて、俺はそうこぼした。
あの時、『らっだぁ』ではなく”碧”と呼ばれていたのも悪くなかった。
残念ながら、覚えていないことも多いけれど、なんとなく楽しかった気がする。
”紅”と呼ばれていた人の名前は、もう思い出せない。
ナカッタコトニナッタコトモ
ナカッタコトニナッテシマウ
こんなおまじないだけは、不思議と脳みそに刻まれて覚えている。
なんでだろうな。
「――思い出させてあげましょう。」
声が聴こえた。
「そんな過去に、戻してあげましょう。」
「…え、」
瞼が重くなる。
意識が保てなくなる。
「今度は、覚えていてくださいね。」
”烏”と呼ばれる主が住む海辺のお邸で働くメイドであるらっだぁ。
新しく入った同僚のレウクラウドと共に、
涸れた井戸の怪談や秘密のお部屋、
邸に伝わる”おまじない”など、
不思議なできごとに翻弄されつつも、
それなりに楽しく暮らしていました。
最近呂律の回らなさや手足の震えなどで粗相が増えていることに悩んでいるらっだぁ。
そこへお客様のひとりとして迎えていた盲目の少女がやってきてこう告げるのでした。
「ここに居てはいけないわ」
とある街外れ。
海辺のお邸で、
烏がわらっていました。
わらっていました。
それは終わりの始まり。
辛くも流れて着いて、
俺もわらっていました。
と思っていました。
パリン
「あっ――」
震えて揺らぐ手から、
滑り落ちてしまいました。
グラスをひとつ割ってしまえば、
おまじないをひと匙。
そういうお約束でした。
俺は、
このお邸のメイド”碧”と呼ばれている、
らっだぁ。
”紅”と呼ばれている、
レウクラウドという人と共に暮らしていました。
俺は、
”紅”をレウさんと呼んでいました。
レウさんは、
”碧”をらっだぁと呼んでいました。
それだけでした。
決して、
お互いに想いなどありませんでした。
そういうことにしていました。
なかったことにしないで。
紅い髪のあなたの手、
それを、
梳かした月の影。
蕩けていく手足を、
必死に繋ぎ止めていました。
そのはずでした。
この想いも、
そのままにしておきました。
霧の笛と啜り泣き、
砕ける波。
「らっだぁ、好きだよ…」
耳を塞いだら、
「今日もおやすみよ」
「ああ、なんて可愛らしいの」
夜ごと、
レウさんのそんな呟きを聴きました。
俺も、
同じように呟いていました。
俺は、
らっだぁが大好きでした。
らっだぁも、
俺のことがきっと好きでした。
ふたりなら、
どこまでもゆける気がしました。
ここから逃げ出してしまいたいほどに、
愛していました。
その身を、
食べてしまいたいほどに、
愛おしいものでした。
舌が回らない。
歩けやしない。
手も握れない。
塵箱から悲鳴。
ランタン むかで
提燈に百足。
そこにいるの誰、
やめて話しかけないで、
来ないで、
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
お留守の間、
あなたが唆すから、
仕方がありませんでした。
二階の秘密のお部屋、
そっと手を掛けました。
ああ、お生憎様。
鍵は要らないの。
ひやりと重たい扉、
両手で押しました。
あなたが唆すから、
もう後には戻れないわ。
たくさんの人影が、
ワイン色に褪せた壁に掛かっていました。
みんなが見下ろしていた。
ナカッタコトニナッタコトモ
ナカッタコトニナッテシマウ
そんな言葉が、
脳の奥に響いていました。
レウさんも、
そう繰り返していました。
ここに居てはいけないわ。
なかったことにしないで。
溢れんばかりのおまじない。
どうか気付かないで。
痺れていく手脚を動かして、
そう願っていました。
なかったことにしないで。
そのために、
”烏”を消しました。
どうか起きて来ないで。
そのために、
俺も消えました。
ぎゅっと耳を塞いで。
そのために、
”碧”に別れを告げました。
よかった起きて来ないね。
そんな言葉を聴きました。
烏が死んだわ。
そんなことを知りました。
振り向いてもひとりきり。
紅いあなたが居たはずなのに。
なにもわかりませんでした。
俺は、
なにも知りませんでした。
これ以上無いほどの、
愛ならば、
知っていたのに。
知っていたはずなのに。
痺れる手が答を指で差して、
震える唇が知りたくないことまで、
言ってしまいました。
目の前が、
黒く溶けてゆきました。
ああ!俺は気付いちゃった。
今逢いにゆくわ。
ひと匙のおまじないを、
なかったことにしないで!
俺は、
”烏”を殺したレウさんと共に逃げ出しました。
そのはずでした。
俺は、
”烏”を殺したレウさんを刺しました。
それが、
本当でした。
レウさんが、
あまりにも幸せそうな顔をしていたから。
食べてしまいました。
その愛ごと。
俺も、
碧い水平線の底に、
堕ちてゆきました。
こんな夢も、
飲み込んでしまいました。
この愛ごと。
ああ、
いつもの様に、
あなたがわたしを起こす。
あなたの呟きが聴こえる。
ああ、なんて可愛らしいの。
End。