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「で?
あんたの生まれた村じゃ、これを鳥って
呼ぶのかい?」
取り敢えずワイバーンを宿屋へ持ち帰った
ところ―――
さすがに女将さんに呆れられた。
持ってきたワイバーンは合計7匹。
ブロックさんとダンダーさん、2人にそれぞれ
3匹ずつ運んでもらい、自分も何とか1匹肩に
かついで来たが―――
それ見たさに野次馬も集まりつつあった。
地面に置いたワイバーンに、まるで
ドラゴンライダーのようにまたがって、
遊んでいる子もいる。
「へー、珍しい鳥ですねー(棒」
「ええ、私も初めて見ますね(棒」
メルさんとリーベンさんも『もう慣れました』
的な視線でワイバーン(死体)を見つめる。
「取り敢えずギルドに報告……ですかね?」
おずおずと訪ねると、一緒に運んできた2人も
コクコクとうなずく。
そういえば、ジャイアント・ボーアの時も
ギルドに全部任せていたっけ。
「日が暮れてきたからいいけど、早めに何とか
しねぇと、腐りますぜ」
「魔力が濃く残っておるので、普段なら数日は
大丈夫かと思うが……
何せ、今はこの暑さだしのう」
ふーむ、魔力が強ければ腐るのも遅れるのか。
貴重な情報だが、今はそれどころじゃない。
私はそのまま早足でギルドへ足を向けた。
「……ワイバーンの目撃情報はあったッスが、
全部シンさんが撃墜したと……」
「よそうは していた」
頭を抱えるレイド君と、猫の目のようになった
ミリアさんが出迎え―――
私の説明を聞いた第一声がそれだった。
「しかもドラゴンの親子を助けて、約束まで
交わしたって……
シンさん、よりによって俺が『ギルド長代理』
の時に……
俺の心臓いじめて楽しいッスか?」
涙目でそうは言われても……
困っていると、スパーン! と音を立てて
ミリアさんのチョップがレイド君の頭に
炸裂する。
「シンさんがいたからこそ、こうして無事終わって
いるんでしょう!
こっちはもう後始末だけでいいんだから。
ホラ!
さっさと招集した『ブーメラン部隊』に連絡!
それと非常事態の警戒解除!
すぐにやんなさい!
アタシはこれから職人連れてワイバーンの査定に
行ってくるから」
文字通り尻を叩くようにして、レイド君を動かすと
私は彼女と一緒にワイバーンを預かってもらっている
宿屋『クラン』へと戻った。
ただ、現場ではいろいろと問題が発生した。
一つは、解体する職人たちの中で―――
ワイバーンの解体経験者がいなかった事だ。
もう一つはジャイアント・ボーアの時とは状況が
異なる事。
本来ならこの領地を治める伯爵家がいったん
買い取って、御用商人がギルドと交渉や段取りを
行うのだが……
ドーン伯爵は不在、さらにカーマンさんも王都組に
同行して不在のため、スピーディな意思決定はまず
期待出来ない。
また季節も夏場という事で―――
時間も掛けられないのだ。
保管しようにも、保存方法はせいぜい塩漬けしか
考えられなかったが、ドーン伯爵の御用商人の屋敷に
氷室があると教えられ、
そこでレイド君・ミリアさん・町長代理・
ドーン伯爵の御用商人……
カーマンさんの次に偉い人と、緊急の話し合いが
持たれた。
ただこの町の御用商人の氷室でも、シッポを入れて
体長3メートルにもなる巨体を、7体も保管出来る
スペースは無いとの事で……
まず自分の意見として、その氷室を使わせて
もらうのと引き換えに、ドーン伯爵にワイバーンを
2体献上する事を申し出て―――
すぐに馬車を出してもらい、送り届けてもらう。
伯爵の館にも氷室はあるとの事で、2体はこれで
何とか大丈夫になった。
またパックさんに薬の材料になるかと聞いたところ、
調べてみないとわからないが、多分すごく貴重な
素材になると言われたので、彼にそのまま1体を
無償提供。
こちらは町の方の氷室に保管してもらう事に。
「え? 何コレ?
ホント何コレ?」
と、パックさんが混乱しているのを横目に、
残り4体の処分を考え、
「御用商人の氷室って、あと何体入りますか?」
とたずねたところ―――
3体が限界と思われるので、あと2体と言われ、
「じゃあ、ちょっと用途を考えつくまで、
私の分として1体置かせてください。
あと王都組のためにもう1体保存して残して
おきましょう。
……残り2体は食べてしまいましょうか。
ワイバーンって食べる事、出来ますよね?」
そこでレイド君曰く、自分は食べた事はまだ無いが、
何度か王都で超高級食材として料理に使われたと
耳にしており、
それを聞いた他の面々は、めったに無いチャンスだと
理解・認識する。
自分からも、腐らせるよりは貴重なワイバーン解体の
練習台になってもらう事、
それにどうせ保存し切れない物なのだから、無駄に
するよりは食べてもらった方がいいと提案。
ここに、リ〇ツパーティならぬワイバーンパーティが
催される事が決定した。
そしてクレアージュさん含め各所の飲食店の
手によって、ワイバーンは串焼きはもとより、
天ぷらやマヨネーズ料理となり―――
その日は盛大な宴が夜遅くまで続く事となった……
―――そして翌日の早朝。
町の西門で、私とレイド君、そしてミリアさんの
3人が出揃う。
ワイバーンの目撃情報が王都に伝わり、
ジャンさん達に心配をかけてしまう事を
見越して―――
レイド君が予め詳細を伝えに行く事になったためだ。
「じゃ、ミリアさん、シンさん。
行ってくるッス!」
「サボれると思わないでね。
用が済んだらすぐ戻ってくるのよ」
「お、お気をつけて」
基本的には町―――伯爵家―――王都という
道のりで、通常の2頭引き馬車で片道5日ほどの
スケジュールだが……
レイド君の本気の移動速度アップなら、3日以内で
着くとの事。
ただレイド君は単体、生きた人間である。
すでに事態は収拾している事もあり―――
一度伯爵家で一泊、食料等を補充した後、全力で
王都に向かうとなると、だいたい4日かかるらしい。
そして伯爵家は今回4頭引きの馬車での移動であり、
団体で移動した事を考えても、4日もあれば王都へ
到着すると考えられ……
結局は2日先行している彼らに追い付くのは、
そのまま2日後という予定だ。
ちなみに周辺の村々にも情報を伝えるため、
メッセンジャーとしてブロンズクラス数名が
向かう手はずになっている。
そして私はというと―――
さすがに昨日の今日で少し疲れ、休みたかったの
だが……
私が休むと鳥と魚の供給が滞るのと―――
それとは別に、ワイバーンについて改めて正式に、
書面やら記録やらをミリアさんから要請されており、
断るわけにはいかなかった。
こうしてレイド君を見送ると、私はミリアさんに
同行してギルド支部へと向かった。
「えーとですね、現在氷室には―――
シンさんの所有が1匹と、薬の素材用が1匹、
これは一応所有者はパックさんで、あと今
王都に出掛けている人たち用に1匹、と……
これの所有権は孤児院に所属、でいいですか?」
私はただ、それに対してうなずく。
さすがに事務処理のプロ、手慣れた感じでテキパキと
案件が処理されていき―――
その様は、地球での総務の女子社員を思い出させる。
一通り書類の整理が終わったようで、こちらに確認を
求めて手渡してくる。
それに私は言われるがままにサインをして終了した。
「ハー……でも、ワイバーンなんて生まれて初めて
食べましたよ。
多分、貴族様でも食べた人なんて、めったに
いないんじゃないでしょうか」
そう言われて、昨晩のワイバーンの味を思い出す。
地球のワニに似ていたというか―――
唐揚げで食べた事があるのだが、
鶏肉のササミと白身魚の中間、いいとこ取りと
言った感じの味だった。
「でも本当に良かったんですか?
あれだけの物を無料で何て……」
「腐らせるよりはずっといいですよ。
みなさんも喜んでくれたし、何よりです。
それに、解体する職人さんの技術向上にも
一役買ったと思えば」
それを聞いたミリアさんは口を一文字に結んで
眉間にシワを寄せ、んー、と複雑そうな顔をする。
「?? どうかしましたか?」
「あ、いえ……その職人さんたちなんですけど、
多分王都に上がっちゃうと思うんですよねー。
ワイバーンの解体経験者なんて、
そうそういませんし……
そもそもこの町周辺では、解体が必要なほどの
魔物もあまり出ないので。
王都に行って自分から売り込めば、どんな
貴族様でも商人でも、召し抱えようとすると
思います」
「そういえばレイド君も、超高級食材って
言ってましたね」
この世界では『魔法以外』で出世・認められる、
数少ない機会なのだろう。
それを責める事は出来ない。
確かに、解体も料理も、魔法で何とか出来る
ものではない。
適当に切ったところで血抜きは出来ないし、
肉のブロックにはならない。
食材に塩味や味噌味を付けたり、甘くしたりする
魔法も存在しないだろう。
そればかりは人の手で努力・練習による習得が
必要で―――
「……ん? そういえば料理はどうなんでしょう。
私が来てから結構料理のレパートリーも増えたと
聞いているんですが。
彼らは王都を目指さないんでしょうか」
この町の飲食店全てを網羅しているとは言わないが、
商売上付き合いはあるので、そういう動きがあれば
わかる。
が、今のところ料理人の誰かがいなくなったとか、
そういう話は聞かない。
「確かに、肉や魚を調理する機会は多くなったと
思いますけど、王都ではそれが普通ですし。
それだけでは厳しいと言いますか……
王都でも珍しい何かが無いと、難しいかと」
なるほど。
ふんだんに肉や魚を調理出来るようになったと
言っても、それは王都ではスタートライン……
確かにそれだけでは弱いかも知れない。
あれ、でも……
「マヨネーズはどうなんでしょうか。
作成方法も別に隠してはいませんし、
アレを王都で作れれば」
「あー、確かにアレは作れたら王都でも
引く手あまたでしょうけど……
確か卵使うんですよね、マヨネーズって。
どのくらい必要なんです?」
「ひとビンなら6個くらいですね」
私の答えに、彼女は腕組みして―――
「卵って本当はスゴく高いんでしょう……
自分で作ってもし失敗したら、それでどれだけの
金額が吹っ飛ぶかを考えると―――
練習にも鋼の精神が必要になるんじゃ
ないですか?」
ああそうか、卵も高級品だっけ。
確かに、私だって扱う食材が10万円だの
20万円だのしたら―――
料理どころじゃなくなるかも知れない。
一夜干しや天ぷらならお手軽だけど、それだと
向こうでもすぐ真似されそうだしなあ。
「卵の確保にもう少し余裕が出てくれば、
他の卵料理や、料理人を集めての練習会も
出来そうなんですけどねえ」
そもそも私一人でマヨネーズを作り続けるのも
非効率的だし……
そんな事を考えていると、ミリアさんが眼鏡から
眼光を発するようにして―――
「ほう……他の卵料理とな?
ぜひ頑張ってください、シンさん……
当ギルドはその姿勢を全力で応援する
ものです……」
何かミリアさんの笑顔の背後に、微妙に
邪悪なオーラがまとって見えるのは気のせい
だろうか。
とにかく、ここでの用事は済んだし……
ブロックさんとダンダーさんには今日の手伝いも
頼んであるし、いったん宿屋へ戻る事にした。
「おー、シンさん。昨日はゴチソーさん!」
「今日はどちらかのう?
鳥かの?」
宿屋『クラン』に到着すると、すでに2人が
待機していた。
「昨日、あんな事があったばかりですが……
大丈夫ですか?」
ブロックさんはともかく、ダンダーさんは
初老と呼んでも差し支えない年齢なので、
つい心配してしまう。
「まあ、別に誰もたいしてケガしなかった
わけですし」
「それにワイバーンを食わしてもらったからのう。
若返った気がするくらいだ」
元気になったのなら、それに越した事は無いが―――
取り敢えずは一回鳥を捕獲しに行こう。
昨日はワイバーン騒動で終わってしまったし、
そういう意味では、まだ仕事を覚えてもらって
いないし。
その後はちょっとある事に付き合ってもらおう。
ひとまず狩猟用の網カゴを持ち、近くの森へ
行く事にした。
さすがにワイバーンに絡まれた現場に行く気には
ならなかったので、適当に森の少し奥へ入って、
網カゴを設置していく。
この作業自体は昨日もしていたからかあっさりと
終わり、いわゆる『待ち』の時間に入る。
ここで私は、南側の地区―――
農業区域について、彼らから改めて情報収集を
する事にした。
「栽培されているもの、ですかい?
目ぼしいものは無いと思いますぜ」
「昨日も話しましたが、主に穀物と芋類かのう。
野菜を育てている場所もあるがの」
主食となるものがメインというのは聞いてはいたが、
一応それなりに種類はあるようだ。
プラス水魔法が使える人が結構いるのだから、
干ばつや水不足とは無縁って事だよな。
これも地球と比べたらかなりのチート環境だ。
「ずっと同じ場所で作っているんですか?」
「さあ、そこまでは……」
「何年かに1回、作物を作る場所を変える事は
ありますのう。
何でも、同じ場所で作り続けていると、不作に
なると聞いた事があります」
連作障害だ。
だが、対策は行われているようで―――
魔法や正確な知識が無くとも、理屈ではなく
経験で対応出来るところはしているのだろう。
やはりここはひとつ、現地に行った方がいい。
広さも知りたいし、この目でどんな作物がどういう
方法で作られているのかも見なければ。
午前中の鳥の捕獲が終わったら、彼らに案内
してもらうよう、約束を取り付けた。
「おお、入ってるぜ、シンさん!」
「そういう魔法だと言っておるだろう、ブロック。
しかしまあ、実際に見てみるとやはり驚くのう」
罠の網カゴの回収に行くと、何羽か捕まっていた。
鳥に関しては魚と違い、水に入れておく必要は無いので
手間としては楽だ。
午前中に2回ほど行い、20羽ほどを回収。
週50羽ほど捕まえているので数はまだ少ないが、
(漁×2日・猟×2日なのでだいたい1日25匹)
今日は別件もあるのでこれまでにしておこう。
そこで昼食となり―――
いつものように鳥マヨサンド、
ツナマヨもどきサンドを3人で食べながら、
雑談に興じる。
「そういや、鳥の飼育施設の件ですが―――
今の施設には、いったい何羽くらいいるんで?」
今後関わるであろう仕事に興味を持ったのか、
ブロックさんが質問してきた。
「最初は60羽ほどだったんですけど……
そのあと何回か追加しましたので、今は80匹ほど
でしょうか」
100羽は入れられるよう想定して作っていたので、
まだ余裕はある。
それに、こうまで上手くいくとは思ってもみなかった
ので―――
それが、飼育施設の増設を決めた理由でもあるが……
私の仮説が正しければ、農地の広さ次第で
やってみたい事が1つ増える。
「こういう方法があるとはのう。
卵なんてめったに食えなかったのに、
長生きはするものだ」
「ワイバーンまで食っといて、何言ってんだ」
ブロックさんの言葉に、みんな大笑いし―――
こうして昼食を終えると、いったん宿屋『クラン』へ
鳥を卸すために、町へ戻る事にした。
「今日は20羽だね。
じゃあ、ウチで7羽もらって、孤児院用に
5羽料理して……
残りを他に卸すって事でいいかい?」
「はい。それでお願いします」
鳥は捕獲後、まずクレアージュさんに渡す。
保管場所というのもあるが、一番の優先権は宿屋
『クラン』にあり、そこから分配してもらうのが
ルールとなりつつあった。
孤児院へは生きたまま渡す時もあるけど……
今は院長先生のリベラさんが不在、イコール
調理出来る人がいないので、そのまま食べられるよう
料理してもらった物を用意してもらう。
いつも取りに来てもらうギル君、ルーチェさんも
護衛で不在だが―――
代わりにカート君たちに配達してもらうよう
手配しているので、その辺りは大丈夫だろう。
さすがにドーン伯爵家への取引分は、自分が直接
御用商人の屋敷まで持って行くが―――
「おや?
そういえば御用商人の分はどうするんだい?」
それに気付いたクレアージュさんが確認して
くれるも、
「今回はちょっと……
ブロックさんとダンダーさんに、まずお仕事を
覚えてもらってからにしようと思って」
「ああ、そういえばそっちの2人は新人だったわね。
どう? この人と一緒にいると飽きないだろ?」
女将さんの言葉に、彼らは微妙な作り笑いを
浮かべる。
確かにいろいろ起きたけど、それは自分の
せいじゃ……
とにかく、後の事は彼女に任せると―――
私は2人を案内人にして、町の南側、農業地区へと
向かった。
「おー……」
農地を見て、私が発した第一声はそれだった。
イメージはしていたが、やはり実際に聞くと見ると
では全然違う。
町中で、こうまで広い場所があったとは……
考えてみれば、町の北側の居住区域だけでも、
人口500人のほとんどを納めるキャパシティが
あるわけで……
それと変わらないスペースに畑を作ればこうなるか。
見た感じ、直線で100メートル走が出来る
学校の校庭を、さらに3倍くらいにしたほどの
広さだが……
確かに、空いているスペースも目立つ。
ダンダーさんの説明によると、ここの1/4を
穀物に、その半分を芋類に、あとは細々と野菜を
作成している畑があるとの事。
連作障害に対応するための農地変えは同じ範囲で
やるらしく―――
つまり約1/4が常に『遊んでいる』土地と
いう事だ。
ここなら、鳥の飼育施設を増やしても問題は
無さそうだが―――
私の頭に別の疑問が浮上していた。
「しかし、この町の食糧をここでまかなって
いるんですよね?
ちょっと足りない気もするんですが」
魔力制御が出来て身体強化が使える大人たちなら、
食糧は最低限で済む、とは理解しているものの―――
まったく食べなくていいというわけではないだろう。
栽培に詳しいわけではないが、町に供給されている
量を考えると、明らかに少な過ぎる気がする。
「いやあ、こんなモンだと思いますぜ?」
「むしろシンさんが来るまでは、余り気味な
くらいでしたのう」
そうなるとますます疑問が増大する。
子供だって人口の1/3はいるだろうし―――
……待てよ。
「ちなみに、ですが……
前回の収穫ってどれくらい前でした?」
その問いに、2人は確認し合うようにお互いに
顔を見合わせ、
「んん? えーと確か……
15日くらい前だっけ?」
「バカ、20日前だ。
次の収穫もあと10日ほどで出来るように
なるだろうしの」
ようやく、疑問が氷解する。
栽培期間を地球基準で考えていたのだが―――
それが間違いだったという事だ。
小学生の時、じゃがいもの栽培を種イモから
する授業があったが、その時は4~5ヵ月を
要したはず。
それが1ヶ月程度で収穫出来るのなら、安価で
大量に供給されるのも納得出来る。
やはり魔法前提のこの世界……
魔力が絡んでいるのだろう。
そして、自分の仮説も確信に変わってくる。
きっかけは―――
鳥の飼育施設、その状況にあった。
卵の確保のために初めて、かれこれ2ヵ月ほどが
経過したわけだが……
今のところ、一羽も死なせる事なくここまで
きている。実はそれが、
・・・
計算外だったのだ。
地球でもやった事のない、養鶏のような事を
始めるにあたって、不安材料は当然山積み。
突然変わる環境と集団生活の強制、それによる不満・
ストレス。
生態系やエサの種類、適量も分からずの
ぶっつけ本番。
数えきれない不確定要素……
だから残酷なようだが―――
半減、もしくは最悪全滅まであり得ると私は
想定していた。
だが、そのどれもが外れ……
そして新たに疑問も生まれた。
・・・・・・・・・・
上手くいき過ぎている。
もちろん、上手くいくに越した事は無いが―――
今後の事を考えると、分析や究明はしておかなければ
ならない。
それで思い当たったのは、異世界に来た時に最初に
出会った、同じ野生動物のジャイアント・ボーアの
存在。
あの巨体をサイズ比を無視した手足で支える事が
出来たのは、身体強化によるもの。
だが、あの巨体を『維持』していたのは?
あの森に通って久しいが、それでも―――
ジャイアント・ボーアの体重を満たすだけの資源や、
生態系があったとは思えない。
そこでもう一つ思い出した事があった。
それはこの世界の人間の事だ。
大人であれば、最低限の食糧でも生きていける、
という事実。
それも無論、魔力制御による身体強化の
おかげだが……
それが人間だけではなく―――
他の動物、生き物にも適用されているとしたら?
結論としては、魔法が前提のこの世界……
地球の生物には無い『魔力』が基礎スペックに
上乗せされており、それにより生存確率・生命力も
地球と比較してかなり高いという事である。
つまり何が言いたいかというと養鶏はもとより一度
諦めた魚の養殖も多分簡単に出来るのではないかと
いう事だったりしますね。
「お、おい。シンさん?」
「さっきから難しい顔をしたり笑ったりしておるが、
何かあったのかのう?」
心配そうな顔をして話しかけてきたブロックさんと
ダンダーさんの声に、我に返る。
「し、失礼。
ちょっと考え事をしてまして……
それよりここならば―――
飼育施設をいくつか作れそうですね」
しかし、気付くのが遅すぎた、というべきか……
この世界の文明が中世止まりで、原因は便利過ぎる
魔法にあると、自分で理解していたつもりなのに。
その恩恵を受けているのは、人間ばかりではないと
いう事か。
しかし、食料の安定は地球なら古今東西、現在でも
内政の中で一番の重要課題なのだが……
それがほとんど問題視されない世界というのも
スゴイものだ。
とにかく、今後やるべき方針が少し見えてきた。
今日のところはいったん戻って―――
一応、ミリアさんには話しておこうか。
職人さんたちの手配もある事だし。
「案内、ありがとうございました。
では今日はこの辺で」
ペコリと頭を下げると、2人は
「ん? もういいんですかい?」
「まだまだ動けますがのう」
と口々に勤労意欲をアピールするが、
「いえ、下見が終わりましたので。
さっそく土地の手配や職人さんの交渉に行こうかと
思いまして。
2人とも、新たな飼育施設についてですが―――
もしかしたら建設過程から手伝ってもらう事に
なるかもしれません。頼りにしてますよ」
「お、おう! 任せてくれ」
「そりゃ水魔法でもいいのなら、協力させて
もらうがの」
こうして、今日のところはお開きになった。
―――4日後。
その日の夕方、かなりのハイペースで走った
レイドは、王都入りを果たしていた。
ギルド本部にまず話を通し、そして足踏み踊りの
一行が滞在している、伯爵家の王都滞在用の
屋敷へと向かう。
「レイドお兄ちゃん!?」
「え!? レイド兄ちゃんも来たの!?」
まず、ポップとルーチェが気付いて出迎え、
それに続いて孤児院組が次々と彼に群がる。
「どうした、レイド。
お前は今俺の代理で、町でギルド長やっている
はずだろ」
のそりと、ジャンドゥが奥から姿を現し―――
王都までやってきた意図を聞く。
「もう解決済みッスが、緊急の連絡という事で……
あと伯爵様にも報告する事があるッス」
「あー……まあいいか。
入ってくれ」
「??」
ギルド長の反応に要領を得ず―――
レイドは彼の後についていき、屋敷の主のいる
部屋へと通された。
「失礼しまッス!
ドーン伯爵……さ……ま……?」
そこには緊張した面持ちのファム・クロートの
姉弟と、死んだ魚のような目をした伯爵夫妻が
座っていた。
「ど、どうしたッスか?
まさか足踏み踊りの評判が良くなかったとか」
その声に、ようやく反応した伯爵が振り向く。
「おお、レイド君か……
いや足踏み踊りの評判は初日から上々だよ。
上手くいった。上手くいったのだが……」
そこで、ハー……と息を吐いて黙り込む。
「オッサ……ギルド長。
何があったッスか?」
話にならないと判断したレイドは、直属の上司へ
事情を聞く。
「いや―――ファム様、クロート様の事だ。
ある程度身分の高い客の相手を受け持って
頂いたのだが……
ファム様は王族の一員にいたく気に入られてな。
クロート様も、とある侯爵家から是非孫娘の婿にと
婚約を申し込まれて」
いい事尽くめのような話に、レイドは首を傾げ、
「その何が問題なんスか?」
「いや、こればっかりはお偉いさんの悩みだからな。
それより、緊急の連絡って何だ?」
その言葉に、レイドははるばる王都まで来た用件を
思い出し、
「あ、そうッス。
町の周辺の森にワイバーンが複数出現しました」
その言葉に、同室にいた大人たちの顔色が
サッと変わる。
「何だと!?」
「お、落ち着いてくださいッス!
解決済みだって言ったでしょ!
ワイバーンは全部シンさんが撃墜済みッス!」
フーッ、と今度はギルド長が息を吐く。
「そうか、そういえばシンがいたな」
「何でも、ワイバーンに襲われていた
ドラゴンの親子を助けるためにやむなく、
との事ッス。
で、撃墜したワイバーンの保存のために、
町の御用商人の氷室を使わせてもらう代わり―――
伯爵様にワイバーンを献上する事にしたッス」
そう言うと、目に生気を取り戻した伯爵が、レイドに
しがみつくように立ち上がり、
「そ、それは本当か!?」
「ハ、ハイ。
もうすでに伯爵様のお屋敷の氷室には、2体の
ワイバーンが納入されているッスよ」
そしてドーン伯爵は、へなへなと力が抜けたように
床に座り込んだ。
「は、はは……
解決……した……」
伯爵の言葉に戸惑うレイドは―――
その後王都で起きた事情を一通り説明され、
それからワイバーンについて詳しい状況を
改めて説明させられる事になった。