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人も踏み入れぬ高い深山で、一匹のドラゴンが
物思いにふけっていた。
アレハ―――
思イ出スノモ忌々シク―――
ソシテ運ガ良ク―――
恐怖ヲ感ジ―――
マタ人間ニ感謝シタ、不思議ナ日デアッタ。
ツイ陽気ノ良イ天気ニ浮カレ、我ガ子ヲ抱イテ
遠出ニ出タアノ日……
道中、わいばーんニ絡マレタ。
通常ナラバ敵デハナイ。
タダ、我ラヨリ小サナ体ハ速度ニオイテコチラヲ
上回ル。
屠ッテヤロウト思ッタソノ時……
腕ノ中デ、我ガ子ガ力無ク呼吸シテイル事ニ
気付イタ。
ソレヲ察知シタノカ、わいばーんノ数ガ増エテイキ、
イツノ間ニカ囲マレタ。
連中ニ知能、トイウヨウナ洒落タモノハナイ。
タダシ本能ハアル。
集団ト個体ナラ個体カラ狙イ―――
雄ト雌ナラ雌カラ狙イ―――
成体ト幼キ子ナラ幼キ子カラ狙ウ。
連中ノ狙イガ我ガ子デアルノハ明ラカデアッタ。
ソシテ、我ガ子ヲ守リナガラ戦イ続ケル事ノ
難シサヲ初メテ知リ……
段々ト追イ込マレテイッタ我ハ、意識ヲ
失ッタ。
………………
我ハ生キテイル?
背中ガ冷タイ。
地上ニ落チタノカ―――
腕ノ中ニ我ガ子ノ存在モ確認出来タ。
助カッタノカ?
アノわいばーんドモハドウナッタ?
……!
足音ガスル。複数ノ気配モ。
「シ、シンさん……!」
「どうやってワイバーンを―――」
人間―――カ。
落チタ我ヲ見テ、討伐ニ来タカ?
幸イ、わいばーんドモノ気配ハ無イ。
怪我ヤ疲労ハ決シテ軽クハ無イガ、
人間ガ相手ナラバ―――
我ガ子ヲ抱イタママ起キ上ガリ、一番近クニイタ
人間ヘ向カッテ威嚇スル。
「わいばーんドモニハ不覚ヲ取ッタガ……
人間ゴトキニ、ヤラレハセヌ……!」
シカシ、我ノ姿、声ヲ聞イテモ、ソノ人間ノ雄ハ
動ジル事ナク、言ッタ。
「落ち着いてください。ワイバーンはもういません。
こちらに危害を加える意図はありません。
あなたに対する敵意は無い。
もしこちらに攻撃を加えるなら、あなたは死ぬ事に
なります。
子供がいるのなら、行動は慎重にお願いします」
我ハ恐怖シタ。
ソノ、一見クタビレタ―――
人間ノ中デハ、モハヤ決シテ若イトハ言エヌ、
雄ニデハナイ。
人ノ身デアリナガラ、我ニ匹敵スル魔力ヲ持ツ者は
稀ニ存在スルガ……
ソノ欠片スラ感ジナイ―――
ロクナ武装モ、身体能力スラ高イトモ思エナイ……
ソノヨウナ存在ガ、本気デ言ッテイルノダ。
・・・・・・・・・・
自分ニ攻撃ヲ加エタラ、
・・・・
我ガ死ヌ、ト。
ドウヤッテ?
ドンナ方法デ?
ワカッテイルノハ、コノ雄ハソウナル事ヲ
確信シテイル―――
ソレダケダ。
ソノ言葉ニ、我ハ心カラ恐怖ヲ覚エタ。
「それよりお子さんが苦しそうですが、どこか
ケガを?」
シカシ、続ク彼ノ言葉ハ、我ガ子ノ事ヲ心配スル
モノダッタ。
ソシテ、後ハ彼ニサレルガママニ……
結果トシテ我ガ子ハ助カリ、マタソノヨウニナッタ
原因モ説明サレ、タダ彼ニ感謝スルシカ無カッタ。
「何カ礼ヲシタイ。
出来ル事デアレバ何デモ言ッテクレ」
ドラゴン族ニ伝ワル秘宝カ、集メタ財宝カ―――
モシクハイズレノ国ヲ滅ボシテクレトデモ
言ウダロウカ。
ダガ、彼ノ願イハソノドレデモナカッタ。
当初、自ラガ倒シタハズノわいばーんヲ要求シテ
クルナド、意味ガワカラナイ事モアッタガ……
結局望ミハ、コノ周辺ノ人間ヲ襲ワナイデクレ、
トイウ事ノミダッタ。
シカモ最後ノ最後マデ、我ガ子ノ心配マデシテクレ、
サラニ土産マデ持タサレ……
アノ料理、我ガ子ハヨホド美味シカッタノカ、
アットイウ間ニ平ラゲテシマッタガ―――
ソノ一部ハ興味ヲ持ッタ他ノ仲間ガ研究対象ト
シテイルラシイ。
何デモ古今東西、我ラノ記録ニスラ無イ調味料ガ
使ワレテイルトカ……
本当ニ彼ハ不思議ナ人間ダ。
イズレ、本格的ナ礼ヲ兼ネテ会イニ行カネバ
ナルマイ。
「……ピューイ? ピィ?」
もぞもぞと腕の中で身を起こす子供ドラゴン。
それを見て、親ドラゴンは我が子に話しかける。
「……ム? スマヌ、起キタカ。
ダガ、スッカリ具合モ良クナッタヨウダナ」
そうして、懐に入れるようにして、大切に
子供を抱きかかえると―――
親ドラゴンもゆっくりと目を閉じた。
「えーっと、つまりッスねえ……
婚約を申し込まれた方々への贈り物に、頭を
悩ませていたって事でいいッスか?」
王都へ町のワイバーン騒動を伝えに来たレイドは、
一連の話の流れを自分なりに整理していた。
「ああ。ファムは現国王の子息の一人に―――
クロートも王家とつながりのある侯爵家の令嬢に
是非にと求められてね。
だが、王族相手の品となると生半可なものでは
献上出来ない。
それで頭を悩ませていたのだが……」
「うまく行き過ぎるのも考え物ですね、あなた。
でもこれで―――
解決したんですよね?」
妻は夫を安心させるように、優しい声で確認する。
そして子供たちの方へ向き直り、
「ファム、クロート……
良かったですね、これで将来は安泰です。
正式な結婚は当分先でしょうが―――
ドーン伯爵家の名に恥じぬよう、頑張るのですよ」
「はーいっ!!」
「は、はい」
意味がわかっているのかいないのか、正反対の
トーンで姉弟は返事をする。
そして緊張が途切れたのか、ファムは大きな
あくびをして―――
「ふわ~あ……」
「ファ、ファム姉さま!
お客様の前ですっ!」
そこでレイドは助け船を出し、
「難しい話が続いたんで、疲れたんじゃないッスか?
休ませた方が……」
「そうかも知れんな。
フィレーシア、2人を連れて席を外してくれ」
夫の言葉に彼女は席を立ち、息子・娘と両手で
つなぐと―――
一礼して部屋から退出した。
それを見届けると、レイドも気が緩んだのか、
つい軽口で伯爵に興味本位の言葉をかける。
「でも、献上品はワイバーン2匹になりますよね?
1匹ずつだとしても、同じでいいんスか?
王家と侯爵家じゃ、格も違うんじゃ」
すると、伯爵はウンウンとうなずいた上で、
「レイド君の疑問ももっともだが―――
男女でも違いが生じるものなのだよ。
女性が嫁ぐ場合と、男性が婿入りするのとでは
また微妙に差があってね。
それで今回はほぼ同等の物を用意する必要に
迫られてしまったのだ」
それまで無言だったジャンドゥも口を開き、
「王家に嫁ぐ場合と、侯爵家に迎え入れられる
場合で―――
ファム様のために用意する物は、クロート様の
物より、上であっても下であってもならない、
という状況だったんだ。
ただ伯爵家がワイバーンを用意出来れば、
それは最上級の贈り物になり―――
どれが上か下かも吹き飛ぶ。
まあめでたい事への贈答品だし、それ以上
口うるさく言われる事もないと思うがな」
そう言うと、彼は伯爵と肩を組むようにして、
「良かったなぁ、伯爵様。
シンと友好的な関係を結んでおいて♪」
「は、はは……
もうカンベンしてくれんか、ジャンドゥ殿」
イジワルそうな笑顔を浮かべるギルド長と、
引きつった笑いを浮かべる伯爵―――
それをどうしたらいいものかわからない表情で、
レイドが見つめていた。
―――翌朝。
「ねー、レイドお兄ちゃん……
もう行っちゃうの?」
「一緒に帰ればいいじゃないですか、兄貴」
帰りの支度をしているレイドを、ニコとギルが
名残惜しそうに呼び止める。
他の孤児院の面々も、寂しそうな感じで―――
そこへ、同行していた中では一番の年長者が出てきて
彼らをたしなめる。
「あんまりわがままを言うんじゃない。
今、あの町は俺もギルド長代理もいないんだぞ」
そして、老夫婦のようにジャンドゥの隣りに、
院長のリベラが歩み出て、
「レイド、帰りも気を付けるんですよ。
それと―――
ミリアを困らせないようにね」
幼い頃からの母親代わりであった女性の言葉に、
レイドはばつが悪そうに頭をかく。
「おや?
レイドさん、もう戻られるのですか?」
そこへ、同行していた御用商人のカーマンが
姿を現した。
「ええ、今の俺はギルド長代理ッスから、
長く町を空けるわけにはいかなくて」
ふむ、とカーマンは一通り事情を察すると、
「では、わたくしと一緒に馬車に同乗されては
いかがでしょうか。
伯爵家に納入されたワイバーンの確認と、
王都へ急ぎ搬送するための特別な馬車が
用意されておりますので。
貴方の速度強化ほどではないでしょうが、
それほど時間差は無いかと……」
「マジッスか!?」
ガッツポーズを決めるように喜ぶレイド。
そこへ、息を切らせて走ってくる人影があった。
全員がそちらへ振り返ると、そこには―――
20半ばと思われる、身分はそれほど高く
なさそうだが、身なりはきちんとした男性が、
胸に手を当てながら呼吸を整える。
「レ、レイド……さん。
いらっしゃいますか?」
「レイドは俺ッスけど……
あれ? ギルド本部にいた受付の人ッスか?」
そして、ジャンドゥも怪訝そうな顔付きで
その男に近付き、
「んん?
王都のギルド本部が何の用だ?」
「じ、実はですね……
レイドさんに至急、本部へ来て頂きたいと、
上の人たちが―――」
そこで用件を聞いたレイドは、しばらく王都で
足止めを食う事になった。
―――1週間後。
王都遠征組が町を出てから約2週間経つが、
未だに彼らもレイド君も戻ってきていない。
ただ、連絡は来ていた。
何でも、ジャンさんが後継者に認定した、その腕前を
ギルド本部で見せろ、と言われ―――
試験のようなものを受ける事になったらしい。
結局、足踏みマッサージの一行と一緒に帰ってくる
予定だという。
私の方はというと……
南側の農業区域である施設を職人さんたちと
話し合いながら、建設してもらっていた。
一つは例の鳥の飼育部屋。
転作のジャマにならないよう、これは片隅に作る。
ただ大きさはギルド支部の近くに作ったものの
2倍ほどになる予定だ。
そしてもう一つは―――
「シンさーん! そろそろ水を流しますぜ!」
「あ、はい。よろしくお願いします」
建設中の飼育部屋を囲むように溝が掘られ、
そこに水魔法で水を入れてもらう準備が
進められていた。
四角い輪のようにして作られたそれは、だいたい
30メートルくらいの長さになるだろうか。
溝は幅7、80cmほど、ただし深さは30cmと
浅い。
これは小さな子供が溺れないようにわざとそう
なっている。
ここを水で満たした後に、魚を投入する。
そう、これは川を模した養殖用の水路だ。
ただ養殖と言っても、本格的に増やす方法は
さすがにわからないので、一時的な生け簀と
表現した方がいいかも知れない。
輪のような形にしたのは、魚が回遊出来るように
するのと、少しは水流が起こるようにするため。
完全に水の流れが止まったため池のようにするのは、
水が腐ったり濁ったりする恐れがあり―――
また排水も考えて一応傾斜は付いている。
四角い輪の中の一部に出っ張りを作って、そこを
一番水位の低い場所にして、石材で作ってもらった
網上の壁で隔離。
もし雨などで水位が上がっても、あふれずに
下水道へ流れていく仕組みだ。
溝の作成にはもちろんブロックさんに
手伝ってもらい、その後に火魔法で
表面を固め―――
さらに魚が隠れられる石や、日陰を作るための木を
水路沿いに植樹したりもした。
そして本日、ダンダーさん、メルさんを含めた、
水魔法の使い手たちによって、ついに水が
投入され……
「おおー、綺麗なもんですね」
「人工河川か。
いろいろな事を思いつくものじゃのう」
溝に水が満たされ、細長いプールのように
水面がうねる。
後はここへ、魚を投入すれば完成だ。
魚だけでなく、今までに見つけたナマズや
甲殻類なども入れる予定である。
予め用意しておけば良かったのだが―――
それをしなかったのは、実際に水を流してみて
ちゃんと機能しているかどうか確認する必要が
あったからだ。
まあ失敗して行き場を失ったところで、町の人たちの
胃袋に収まるんだろうけど……
それとは別の事情で、魚を大量に用意出来ない理由も
あった。
魚を獲ってくるとなると、当然いつものように、
ある程度遠出をしてと思っていたのだが―――
例のワイバーン騒動の余波もあり、また現状町には
ギルド長も代理のレイド君も不在という事もあって、
ミリアさんからなるべく町から離れないようにと
要請を受けていたからである。
強制は出来ないから『なるべく』なのだろうが、
彼女の気苦労を増やす事は抵抗がある。
まあ最近は、近場で漁をするのも2週間に
1回ほどになっていたし、漁獲量も回復している
だろう……多分。
それに、これはまだ『入れ物』の準備が整った
だけなのだ。実験的な意味合いもある。
取り敢えず30匹ほど投入して様子を見るか。
「じゃあ、ブロックさん、ダンダーさん。
ここに入れる魚を獲りに行きましょう」
「おーし、やるぜ!」
「行きましょうかのう」
そして、西門から出て―――
久しぶりに近場の川でトラップを仕掛ける。
今ではその設置も2人にやってもらって
いるのだが、自分はその間、別行動を取る事にした。
エビ・カニ・貝類などを獲るためだ。
また水草っぽいのもいくつか回収する。
より自然の状態に近付けるために、そして―――
魚以外の生物も、生け簀で生存可能かどうか
確かめるために。
こちらは当初やっていたような石打漁と、
自分の手で網カゴに追い込むような感じで……
エビは大小合わせて20匹、カニは10匹ほど―――
貝は食べられそうな大きさの二枚貝を20個ほど。
1時間ほどかかった成果だが、それを見て2人は、
「え? これ、食えるんですかい?」
「こんなに固い物を……
また新しい料理方法があるのかのう」
宿屋で出てこなかった事からわかってはいたけれど、
やはり食べる文化は無いっぽい。
まあ実際、地球でも「よくこんな物を食べる気に
なったな」という食材はよくある。
ただ、魔力制御でそれほど食事を摂らなくてもいい、
イコール必要性が無い、という世界では―――
無理をしてまで食材の幅を広げる理由は
無いのだろう。
たいていの事は生存確率を上げるために行われる。
逆に必要性の無いものは、発展の余地は無いものだ。
しかし、だからこそ私がこちらの世界で、商売として
やっていける、とも言えるけど。
とにかく、成果を持って―――
いったん町へ戻る事にした。
「じゃー入れますぜ、シンさん」
「お願いします」
水路の各所で、獲ってきた魚やその他の生物が
投入されていく。
いつの間にか子供たちも集まってきていて、
興味津々で水路をのぞいていた。
「あー! 魚ー!!」
「ヘンなのもいるー!!」
男の子たちが歓声と共に、水中の生き物を陸に沿って
追いかけたり、棒を水面に突っ込んだりしている。
女の子はあまり興味が無いのか、あっても水辺に
近付かず、遠くから様子見だけでとどまっている
ようだ。
このあたりの男女差は共通というか……
そこへ、投入し終えたばかりのブロックさんと
ダンダーさんが話しかけてきた。
「いいのかい、シンさん」
「荒らされないよう、立ち入り禁止にでも
しておくかの?」
彼らの心配はもっともだが……
漁でも猟でも、町の外で子供たちを見かけた事は
無かったし、つまり町の中だけが彼らの世界という
わけで―――
そこへ外の世界に触れあえる物を持ち込んだの
だから、好奇心が爆発しても仕方はないだろう。
「まあ生き物を捕まえる事も出来ないでしょうし、
しばらくは様子見といきましょう」
問題が起きれば、その都度対処すればいいだろう。
今はいろいろと実験中でもあるし―――
そういえばギルド支部近くの鳥の飼育施設の野鳥も、
こちらへ運搬しないと。
こうして当面は何の対策も立てない事に
したのだが……
問題は翌日、即座に起きていた。
「ふぁ~あ……」
卵用の野鳥の移動をどうするか、それと空になる
飼育施設の用途とかを考えながら寝てしまい―――
昼近くになってようやく目が覚めた。
今日は決めた休みではないのだが、ここ最近、
いろいろと忙しくてスケジュール通りの日々が
送れなくなってきており、
さすがに限界を感じると臨時に休みを取る、という
生活サイクルになってしまっていた。
仕事を手伝ってくれている方々には
申し訳ないが……
日払いなのである程度の融通は利かせて
もらっている。
そもそも、他の仕事に比べて金額が破格なのもあり、
こういう時に文句を言われないのは精神的に楽だ。
朝風呂ならぬ昼風呂をもらい、朝食兼昼食を
食べていると―――
「シンさん、いますか?」
扉の方から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「パックさん?」
一瞬、急患でも出たかと身構えるが、
落ち着いたふうの彼を見て、こちらも
冷静に対応する。
「どうかしましたか?」
「いえ、頂いたワイバーンの事です。
持っていた本という本をひっくり返して、作れる
薬を片っ端から試したのですが……
かなりの数の特効薬を作る事が出来ましたよ!
これもシンさんのおかげです!」
おお、結構役に立ったのか。
そうだとすると私も嬉しい。
「今日はそれを報告しに来てくれたんですか?」
「ええ、まずはシンさんにと……
それと、また面白い物……
失礼、興味深い施設を作られたようで」
あの水路しか無いだろう。
まあ人口500人の狭い町だし、噂にならないという
方が無理か。
「あれは魚を生きたまま、住まわせておくための
施設なんですよ。
まあ、理想を言えばあそこで魚が増えてくれたら
いいんですけどね。
今はまだ、ちゃんと人工の川で住めるかどうか、
実験している段階でして」
「そうなんですか。
私はてっきり、子供たちの遊び場でも作ったのかと
思いましたが」
あー、また子供たちが来ているのか。
まあ落っこちても溺れないような水深に
しているので、事故は起きないだろうけど。
「珍しいといえば珍しいでしょうからね。
それに今は暑いですし、少しでも水場の近くに
いたいという気持ちもわからないでは……」
「そうですね。
中にはあの溝に入って、魚を追いかけたりしている
子も見かけました」
ウンちょっと待って今何て?
「え? 溝に入って……? え?」
「はい。それで駆け回ったり、水の中に入ってこない
他の子たちに手で水をかけたりしてましたけど」
ガタっと大きな音を立てて立ち上がると、目の前の
パックさんも驚いて、
「ど、どうかしましたかシンさん?」
「すいません!
パックさんは水魔法を使える人を呼んできて
くれますか!?
私はこのまま、水路の施設へと向かいます!」
こうして、私は食事もそこそこに、南側の
農業地区へと急いだ。
到着した頃には―――
孤児院の見知った顔も混じって、男の子たちが
水路に入って遊んでいた。
「上がりなさーい!!」
私が大声を上げると、彼らは一斉に
こちらの方を向き、
「あ、シンさん!」
「ほら、だから止めようって言ったじゃん!」
口々に言い訳とも反省とも取れない言葉を
口にするが、それに構わず、
「いいから上がってください!
それとこっちに集まって……!」
何かいけない事をしたのかと、集合しておどおどと
している子供たちに、優しく質問する。
「ケガはしてないですか?
ここに入る前に、切り傷とかあった人は
いますか?」
どうやら自分たちの事を心配して来たのだと理解
したのか、彼らはホッとした表情になり―――
そしてふるふると首を左右に振って、否定の意を
伝えて来る。
そこへパックさんが、メルさん、ダンダーさんを
含めた、水魔法の使い手を連れて来てくれ―――
「すいません!
この子たちに、服を着たままで構わないので、
頭から水ぶっかけちゃってください!」
「熱中症ですか!?」
パックさんが専門分野での危機感を感じて聞いて
くるが、私はそれを否定し、
「いえ、事情は後でお話します。
とにかく、洗浄だと思って……」
そして、子供たちはたっぷりの水で、頭から全身を
すすがせるように水を浴びた。
服は暑い日差しによってすぐに乾いていき―――
それと同時に、ようやく自分の落ち着きも戻ってきて
大きく息を吐く。
―――これに関しては完全に私の落ち度だ。
魚が住む川といえば清潔なイメージがあるが、
自然界の川というのは、常に感染症の危険が
つきまとう。
また風土病―――その地方独特の病気も、川が
感染源となっている場合が多い。
動物の尿や糞が混入している可能性もあるし、
排泄物というのは言うまでもなく病気の原因の
宝庫である。
この水路の水は水魔法で出してもらったものなので、
その危険は限りなく低いと思われるが……
捕獲してきた生物はその限りではない。
私はその事に関する情報は知っているし、ケガや
傷のある状態で川へ入る事は絶対にしない。
接触は避けられないにしても、水を口にしないし、
それなりの対策はしている。
この世界の子供たちにその知識や分別があるかと
言えば、期待は全く出来ないだろう。
一時、子供たちを漁や猟の手伝いにと思った事は
あったが、それは荷物持ち限定であり―――
川に直接入らせる事は想定しておらず……
さらに、この世界は子供のうちは魔力制御が未熟、
イコール生存率が低いと聞いてからは、選択肢から
除外されていた。
「どうしたっていうんですか、いったい」
「その子らの具合が悪いとか、そういうふうには
見えませんがのう」
作業を終えたメルさんとダンダーさんも、疑問を
口にし―――
こちらへ説明を求めてくる。
しかし、どう説明したらよいものか。
ここはまた、村での風習や伝説をでっち上げ……
もとい創造して話す事にした。
「あ、多分大丈夫だとは思うんですけど―――
私の村には、川の水は良き魔力も悪しき魔力も
運んでくるという、言い伝えがありまして。
魔力が弱い人、もしくはまだ制御が未熟な子供は
川へ入る事は禁じられていたんです。
ここは水魔法で出してもらった水なので、
そんな事は無いと思うんですが……
つい神経質になってしまいまして」
私の話に、周囲の人たちは話半分、理解半分といった
表情をしていたが―――
そこで、パックさんが口を開いた。
「面白い言い伝えだと思いますが―――
確かに、ここの子供たちは川に入った経験は
ありません。
魚がいる水も同様です。
大人であればたいていは大丈夫なのですが、
子供にはどういう影響があるのか予想出来ません。
なので、ここはシンさんの言う通りにした方が
いいかと」
薬師である彼の説得に、大人たちは納得するも―――
子供たちの方は不満そうな表情を隠そうともしない。
無理も無い。この暑い日に、冷たい水に入って
遊ぶ事の気持ちよさと面白さをなまじ知って
しまったら……
これは中途半端な解決策ではダメだろう。
それならばいっそ、『アレ』を作ってしまおう。
恐らく、孤児院の敷地内であればまだ土地は余って
いたはず。
私は構想をまとめると、そのための人の調達や予算に
頭を巡らせた。
―――翌朝。
土魔法・火魔法・水魔法が使えるメンバーを連れて、
私は孤児院へとやってきていた。
下水道以来、もう何度か施設や建物を作ってもらった
事のある人たちなので、実績と信頼は折り紙付き。
そんな人たちを連れて来て、何をするのかと
いうと―――
「人工池……ですか?」
「はい。ウチの村の近くの川は結構深かったので、
万一落ちた時のために、水中で動ける訓練を
しておりまして。
暑さ対策、熱中症対策も兼ねていますけどね」
ギルド長もリベラさんもいない今―――
ほとんどの権限を代行しているミリアさんに、
設置の説明と許可を求める。
「確かに暑いですし、水場の設置はいい事だと
思うんですけど……
お話を聞くと、結構深めに作るんですよね?」
暗に、安全性は大丈夫かと問いかけてくる。
「もちろん身体強化が前提ですが、魔法がまだ
使えない子供たちにも、予め知ってもらおうと
いうのも目的の一つでして。
保護者同伴で無ければダメですし、
訓練が終われば水も抜きます。
夏が終われば、そのまま埋め立てますので」
彼女はしばらく腕組みをして悩んでいたが、
「今はカート君たちもいますし、彼らに監視して
もらえば……
それに、シンさんが今までしてきた事に、間違いは
ありませんでしたから―――
わかりました。
でも、くれぐれも気を付けてくださいよ?」
そう言うと彼女は一礼して、ギルド支部へと
早足で戻っていった。
多分、業務が一極集中しているんだろうな……
後で差し入れでも持っていこう。
「―――では!
許可も下りましたし、お願いします」
こうして、『プール』作りがスタートした。
孤児院の敷地面積は結構広い。
それだけ土地が安く、利便性の低い場所とも
言えるが、こういう時だけは感謝だ。
基本的には浴場と同じで―――
地面に土魔法で穴を掘ってもらい、その後に火魔法で
表面をコーティング。
幸い、カート君、バン君、リーリエさんの3人は
全員火魔法と土魔法を使えたので、彼らにも参加
してもらった。
孤児院にはもともと下水道も通してあるので、
排水機能も簡単に付けられたが……
この排水に関しては、慎重に作成する。
排水溝に密着して、排水の吸引力で動けなくなって
溺れてしまう事例が、日本でも起きている。
なので単に網状の格子を設置するのではなく、
立方体のように排水溝を囲む。
これにより、万が一排水中に子供が
プールに入っていても、直接排水溝に
密着するのは避けられるはずだ。
網目の一つは、大人の手が入るギリギリの
高さに広げられており、排水の時は手動で
フタを取ってもらう仕組みになっている。
通常なら危険だが、身体強化が行える大人が
するのであれば、問題は無いだろう。
水深はだいたい浅いところで80cm、深いところで
120cmくらいになるようにした。
ちょっと浅過ぎる気はするが、子供用なのでこれで
いいと思う。
そして2時間もすると―――
横幅5メートル、縦幅15メートルほどの、
水に満たされた立派なプールが出来上がった。
出来上がったのだが……
昨日あれだけ水路で遊んでいた子供組がまったく
近付かない。
子供だけでなく、カート君たちも同様だ。
やはり水深がある場所というのは、陸上生物にとって
本能的に恐れるものなのだろう。
「じゃ、じゃあ私から入りますね」
無論、水着などという物は存在しないので―――
上半身裸になり、ズボンを半ズボンのように膝上まで
めくって、足先からゆっくりと入っていく。
そして端から、向こう側までクロールで泳ぐ。
地球でも最後に泳いだのはいつだったかなあ……と
思いつつ、何とか泳ぐ事は出来た事に安堵する。
「こんな感じで……
……??」
水面から陸上の面々を見渡すと、全員目を丸くして
私を注目していた。
いったい何が、と思っていると―――
「水中をあれだけ早く……!?」
「どんな魔法なんですか、シンさん!」
「も、もう一度やってみせてください!」
カート君を筆頭として、3人組が口々に騒ぐ。
……しまった。
『泳ぐ事』そのものが概念として無いのか。
考えてみれば、漁はしないしそれほど水深が深い川は
この近辺には無いし……
生身の人間が水中を高速移動するのを初めて見たら、
そりゃ驚くだろうな。
「えっと、あの……
こ、これも身体強化が使えれば、
出来る魔法でして……」
こうして私は、『これも魔法です』と言い張るための
言い訳に四苦八苦する事になった。