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【幕間】数日が経った。
ある者は何の変哲のない日常を過ごし、またある者は少し特別な日々を過ごしたかもしれない。
とある街では「この街出身の有名ピアニストとヴァイオリニストが夢の共演を行う」と大々的にニュースになり、それはそれは賑わっていた。
開催されるのは国内最大規模を誇る音楽堂。そこには音楽の神が祀られていると信じられており、音楽の神を喜ばす為有名音楽家達が定期的に演奏会を行う……といった伝説がある。詳しいことはミュージカル「オペラ座の怪人」と似たようなものであり、音楽の神の力を借りることができれば演奏会は大成功するとかなんとか。
……最近、真夜中誰もいないはずの音楽堂から低くくぐもった不気味なフルートの音が聞こえるという噂は、あまり知られていない。
◇◆◇
「ついに当日〜〜!!!」
目元にクマを飼う俺と相反して、のびのびと腕を伸ばす音羽は絶好調のようだった。
「楽しそうだな……」
「楽しいに決まってんじゃんね〜〜!」
ピース、と二本の指を突き立てて俺に見せてくる。
「スタッフさんがほぼ満席って言ってたし〜〜! これはもう大盛り上がり間違い無いっしょ〜〜」
「大盛り上がりって……ライブじゃねぇんだぞ……」
チューニング室。ペグに向き合う俺に、音羽は呑気に話しかけてくる。
「そういや例のストーカーは大丈夫なのかよ」
「ノープロブレム! 全くもって異常ナシ!」
そう言いながらどこからか取り出した例の黒い封筒をヒラヒラとこちらに見せてくる。それは例のストーカーからのもの、らしい。
「……いや捨てろよ」
「なんか捨てたら捨てたでバチ当たりそうじゃね〜? 俺ユーレイとか信じるタイプだからさ〜〜」
「どう考えても差出人は幽霊じゃなくて危ない人間だろ……」
悩む素振りを見せながら、音羽は云々と考え始める。
そのうちにある程度のチューニングは終わらせておく。ペグを回していると、なんとなくヴァイオリンが重いような気がしてくる。
「……やっぱ弦良いのに変えてきたら良かったかなぁ」
「今からできないの?」
「ばか、無理に決まってんだろ」
音羽は少し黙った後に俺専門じゃないし、と愚痴をこぼす。不機嫌そうな俺の意思を汲み取ったのか、はたまた不機嫌そうな俺が気に入らないのか、声のトーンが落ちていた。
仕方ないだろ、こっちはチューニング中なんだ。集中してるんだよ。
「チューニングってそんな大事? 別に音変じゃねーと思うけど」
「あのなぁ……音楽家やってんなら知っとけよ……」
「……専門外」
「基礎中の基礎に流石にそれは通らないぞ」
「俺はピアノ一筋なんです〜〜」
「はいはい」
無視して弓を引く。チューナーの針がピン、と揺るぎなく12時の方向を指す。黄色のランプがじっとこちらを見つめる。
緊張のせいか、やはり何か重く感じる。楽器自体の調子が悪いのか、それともただの動悸か。何か大きな圧に押しつけられているような、何かが迫ってくるような。チューナーは正しいと言っているけれど、どうにも俺の五感が俺の音を否定した。どことなく感じる違和感に対処しようのない状況。不快感の三文字で表すには、少し足りない気がした。
「……もう良いかな」
「終わった?」
「一応」
自信は無い、自分の音に。
「よーっし! じゃー舞台袖までレッツゴー!」
「あぁっ、ちょ、待てって……」
早足で行ってしまう音羽に、追いつけるよう走る。隣に立たないと……そう。彼の隣に立つことが、肩を並べることが今日の俺の使命なのだ。大丈夫、うまくいく。
「早くしねーと置いてくぞ」
「とかいいつつ道把握してないだろ」
「……確かに」
「マジかよ……」
羽のように舞う音に、少しでも歩いて近づければ。
いつか隣に、立てるだろうか。