俺の親戚に入院している奴がいるらしい。
それを知ったのは去年の正月だった。
親戚の集まりで、酔った勢いで叔父さんが暴露した。周りは気まずい笑いをして、お酒はその辺でよしときましょう?なんて大人ぶってた。
その時は、まぁ正月にする話では無いよな。と思いながら1口麦茶を口に運ぶだけだった。
関係ないと思っていたから。
「体恩」
俺はどこにだっているただの高校。普通に友達を持って、普通に恋人を作って、普通に仕事して、普通に死ぬと思っていたし、それでいいと思っていた。だから、少し遠めの親戚から
「ロボットのフリをして欲しい」
そう言われた時は心の底から驚いた。
「404号室、、、ここか、、、」
カラカラと病室のドアを横に引く。
まず目に入ったのは綺麗な青髪の目隠しをした少年だった。
次に目に入ったのは、何年前に添えられたか分からない枯れ切った花。
ベットに上半身だけ起こして俯く彼に近付き、
「え〜と、、、君が心音くん?」
少し気まずそうに質問を投げる。
「ぁ、、、ぇあ、、、ぅ、、、」
唐突に話しかけられたからか、怯えたような動きをし、かすれた声をあげた。
「あ、ご、ごめんね?いきなり話しかけられたらビックリしちゃうよね?」
「だ、、、だれ、、、」
不慣れそうな言葉を発す少年。なんだか悪いことをしている気分になる。
少年の問いは、あなたは誰?と言う至ってシンプルなもの。ただ、俺が言わなきゃいけないのは、俺はロボットだということ。どうやってそこまで自然に持っていけばいいのか、、、俺にはさっぱり分からなかった。
「えぇと、、、俺は怜海って言って、、、君と仲良くしたいんだ!」
「、、、君は、、、人間、、、?」
どうやら自然な流れでロボットと言わなくて良かったようだ。安堵と同時に、何故そんなことをわざわざ聞くのか疑問が生まれた。
「俺は、ロボットなんだ。最新の技術が使われたロボットだから、本物の人間みたいに喋れちゃうんだ!」
「、、、本当に?」
「あぁ!本当に!、、、でも、どうしてそんなこと聞くの?」
「、、、お母さんが、、、僕は気持ち悪い、、、から、、、たにん、、、?と関わるなって、、、」
「他人」すらも知らないこの子には重すぎる言葉を実の母親から言われていたようで、ロボットのフリをする理由が分かった。
「でも、さとみ、、、さん、、、?がロボットならだいじょーぶだ、、、!」
少し心が痛む。まぁそれで、この子が幸せならそれでいい気もした。
「ところで心音くんはなんで目隠ししてるの?」
「お父さんが、お前の目は変だって」
「そんなことないと思うけどな。ねぇ見てもいい?」
「誰にも内緒ね?」
優しく目元の布を取ってやると、どこを見てるのか分からない、目の焦点が合っていない瞳がこちらを覗いた。右目は上を見て、左目は正面を見て動かない。ただ綺麗な青い瞳をしていた。
「、、、どお?変じゃない、、、?」
変か否かと聞かれればきっと世間様にとっては変に部類される。
しかし俺から言わせてもらえば、終わったはずの春がもう一度来る方が変だし、幼子に酷い仕打ちをする方がよっぽど理解できない。
「、、、変じゃない。綺麗だよ。」
「きれー?って、、、なに?」
「ん〜、、、と、、、褒め言葉だよ。」
「そうなの?じゃあいいや、、、このままで居る」
世間様とか常識も「倫理」には逆らえないものだ。
何を話せばいいのか、なんなら話していいのか、、、正直いって分からなかった。
どこまで深堀していいのか、どこまで話していいのか、、、友達に障害を持ったやつはいるが、別に性が同一なだけで他の奴と変わらないし、特別気遣うことは無い。しかしこの子は物理的にも精神的にも世界を知らない。そのくせ重すぎていつ潰れるか分からないものを背負ってる。どう接すべきかなんて分かるわけが無い。
「ねーねー」
そうこう考えてるうちに、心音の方から話しかけてきた。
「どうしたの?」
「手、、、さわってもいーい?」
「、、、いいよ?」
手探りで俺の手を探す君。
迷う手を優しく握ってあげた。
心音は少し驚いたような顔をして、すぐにへらっと笑った。
「えへへ、、、さとみさんの手だ、、、」
嬉しそうに俺の手を握る君の力は驚くほど弱くて、冷たくて、細くて、俺よりずっとロボットみたいだった。
「、、、心音くんの手は小さいね」
「そーなの?僕の手はちーさいんだ、、、」
「うん、小さいよ。でも、小さくて可愛い手してる。」
「へ〜、、、僕の手はかわいーんだ、、、!」
世界だけじゃない。彼は自分のことも見えないんだ。自分がどんな体なのか、どんな顔なのか、どんな手なのか、、、分からないんだ。
小さすぎる彼の世界を広げてあげたかった。
「、、、心音くん、お花って知ってる?」
「おはな、、、お母さんが持ってきたやつ?」
枯れ切った花をちらりと見て、また心音の方を向く。伝わらない優しい瞳を向けるんだ。
「そう。心音くんはお花みたいな手をしてる。」
我ながら何言ってるのか心底分からなかった。ただ、自分には精一杯の褒め言葉でそれ以外言葉が見当たらなかった。
「おはな、、、えへへ、、、いつか本物のおはなを見てみたいなぁ、、、」
「、、、一緒に見ようね。」
無責任な言葉を置いた。
「あ」
「、、、あ」
「り」
「、、、りぃ!」
「が」
「ぎゃ、、、!」
「が」
「んが!!」
「と」
「とぉ!」
「う」
「う!!!」
「よく言えました〜」
「ありがとう、、、これが、、、まほーのことば、、、?」
「そう。誰かに何か嬉しいことをして貰えたらこれを言うの」
「わかた!!」
「次は書きだね」
慣れない言葉。慣れない筆。同い年なら慣れてるはずのものを彼に慣れさせる。そりゃもちろんめんどくさかったとも。俺は先生じゃないし、幼稚園の先生でもない。でも俺の心には頼まれ事だから以上に大きな理由があった。
「さとく!!」
「略さないの。なぁに?」
「あ、り、が、と、う、、、!!」
にへっと見えない瞳を笑わせて、不慣れな唇を必死に動かして、、、誰がなんと言おうと彼は美しかった。
優しく頭を撫でてやると、にへへなんて漏れたような笑いを出した。
俺は花を持ってきた。
枯れ切った花ではいくら見えないとはいえ可哀想だ。
彼と同じ色の綺麗な水色。彼の瞳のような泡沫のような青。それを映えさせる緑の葉。
自分にセンスは無いので、店員さんに選んでもらったが、やはり知識のある人は違うなと再認識する。
「心音くん、来てすぐでごめんね。少し席を外すから、ちょっと待っててね」
「わかた!!」
「元気なのはいいけど、ちゃんと小さいつの発音練習しなよ〜?大きい声出すとすぐ言えなくなっちゃうんだから。」
「はーい、、、」
花瓶を御手洗まで運び、汚れた水を流し、花瓶を軽くゆすいで、綺麗な水を入れて、枯れた花と、持ってきた花を入れ替える。
単純な作業だが、次にしなきゃ行けないのは、枯れた花をどうするか。仮にも彼の母親がくれた大切な花。枯れてるとはいえ、母親の気持ちはきっと本物だった。ただ、報われないとわかって諦めただけ。きっと次の子を作った。無責任だが、医者や魔法使いでもない限り救えないものは救えない。ならば、どんなに大切なものだって、時に諦めた方が気が楽なのかもしれない。それは必ず無責任だと責められることだとしても。
カラカラと病室のドアを引き、心音の元へ近付きながら問う。
「ねぇ、心音くん。この部屋にお花があったの、、、知ってる?」
「お母さんが持ってきてくれたのは知ってるけど、、、お花があったの?」
「、、、うん。綺麗なお花があったよ、、、でもね、死んじゃったんだ」
「死んじゃ、、、?なにそれ」
「、、、大切なお話だから、しっかり聞いてね。死ぬって言うのは、、、この世からばいばいしちゃうの。もう二度と話せないし、もう二度と会えないの。」
「、、、お花はお喋りするの?」
「死ぬって言うのは、花に限らず生きてるもの、、、いや、形があるもの全てにあるんだよ。心音くんも、お母さんも、俺も、、、この病院も、いつか死んで無くなる。」
「さとみくんも、、、?」
「、、、あぁ。でも大丈夫。死ぬまでには時間があるんだよ。産まれてから、死ぬまで、、、素敵な時間を過ごすんだ。だからね、疲れちゃうんだよ。素敵な時間ばかりで、、、楽しすぎて疲れちゃうんだ。それで眠ることを死ぬって言うんだ。眠るってことはまた起きる時が来る。また、素敵な時間を過ごすために起きるんだよ。だから悲しいばかりじゃないんだよ。」
「、、、ほんと?」
「本当。心音くんとこうやって過ごすのも、素敵な時間の1つ。心音くんが治ったら、お花を一緒に見るのも素敵な時間にしたい1つ。」
「、、、死んだら、どうするの?」
「、、、お布団で寝かせてあげるんだ。ただ、普通のお布団じゃダメ。だから、土に寝かせてあげるんだよ。」
「、、、なんで?」
「きっと、寝心地がいいんだよ。」
「、、、そうなの?」
「多分ね。」
「、、、じゃー、、、お花も寝かせてあげる」
「、、、わかった。」
くしゃりと心音の頭を撫でて、病院の裏庭へ足を運んだ。
「だいぶ良くなってきてますよ。完治、、、は難しいかもしれませんが、車椅子で外に行けるようになるかもしれません」
「ほんとですか?それは良かったです。」
「怜海さんのおかげですよ」
「そんな事ないですよ。彼が頑張ってるからです。」
「そうとは言いきれませんよ?心音くん、あなたが来てから毎日楽しそうですもん」
「え、、、そ、そうですかね、、、」
「怜海さんが居ない夜の時間に、よく昼のことをお話されるんです。ロボットのお友達ができたんだよ!とか、今日は褒められたんだよとか。これまでうめくような声しか発せなかった彼が、不器用なりに言葉を綴って私達に届けてくれてるんです。大きすぎる1歩ですよ。」
「、、、そうですか、、、それは良かったです。」
「では、私はこの辺で」
404号室の前で、軽くお辞儀をして405号室の方角へ向かって歩く看護師さん。結った髪が優しく揺れていた。
「心音くん、来たよ」
「さとみくん!待ってた!」
元気の良い返事が帰ってきたことに暖かさを感じる。
「元気だね。何か話したいことでもあるの?」
「んっとね!んっとね!!ゆめみた!!」
「へ〜どんな夢?」
「かわいーがいっぱいある所に居るゆめ!!」
「へ〜それは素敵だね。可愛いってそれはお花のこと?」
「なのかな、、、?わかんないけどたぶん!それでね、それでね、さとくんが居たの!かわいー顔してた!」
「あははそれ本当に俺かな?」
きっと、それは俺じゃない。俺の姿なんて見えないんだから俺なわけが無い。心音が作った想像の俺。でも大丈夫。きっといつかちゃんと俺を見れる日を信じてるから。
「そういえば、近々外に行けるかもしれないって」
「ほんと!?」
「ほんと」
彼の目が輝く瞬間はいつ見ても嬉しかった。
このために来てると言っても過言じゃなかった。
「外に行ったら何したい?」
「んーと、んーと、、、おはなを見たい!」
「、、、見ようね。」
外に行けるというだけで、目が見えると決まった訳では無い。その事実を伝える度胸も俺には無かった。
「怜海〜放課後遊ぼー」
「わり、無理」
「えー、、、最近ずっとそれじゃーん、、、ゲーセン行こうよゲーセン」
片方だけ長い横毛をゆらゆら揺らしながら駄々をこねる。
「だーから、、、言ってんだろ。病院に、、、」
着信音が響く。病院からだった。
「わり、、、ちょっと、、、」
「はいはい、早く出なよ」
「、、、もしもし?、、、は?何言って、、、良くなってるって、、、そんな、、、分かりました、、、すぐに向かいます」
「なに?なんかあったん?」
返事を忘れて気が付いたら走っていた。早く病院へ向かわなければ。
昨日の深夜に病状が急変し、危篤状態なんだそう。俺に出来ることなんて、きっと微塵もない。医学の知識も、改善案も何も無い。ただの学生だから。でも、友達だから。誰よりも弱くて、夢を持った大切な友達。全力で走る理由にそれ以上の理由なんて要らなかった。助けられるかもしれないとか、俺なら何とか出来るかもしれないとか、そんなヒーローじみた考えなんて持てるはずがなかった。
いつもはゆっくりと引くドアを急いで引き、彼の名を叫んだ。
専属医であろう人と看護師さんが真剣な顔をして心音をどうにか救おうとしている。
「心音くん、、、!頼む、、、頑張れ、、、!!一緒に花見るんだろ!!外行くんだろ、、、!!約束破るのは悪いことなんだぞ、、、!!!」
大人気なく彼の弱い手を必死に握って、叫んだ。看護師さんからの哀れむ目なんかどうでもいいほどに必死だった。
「さと、、、く、、、」
弱々しく目を開いて、今にも消えそうな声をあげた
「どうした、、、?俺はここにいる、、、大丈夫だから、、、」
「ぼく、、、ね、、、ともだち、、、嬉しかったんだよ」
「何言ってんだよ、、、もっともっと友達作ろう?俺の知り合いにさ面白い奴がいんだよ!早く元気になって一緒に外に行こう!な?」
「、、、だめ、、、だよ、、、ロボット、、、じゃないと、、、でも、、、にんげんの、、、友達、、、欲しかった、、、なぁ、、、」
震える声を必死に抑えて優しく彼に伝える。
「俺は、、、人間だよ。」
「、、、なぁんだ、、、えへへ、、、」
「でも、、、!もっとたくさん人間の友達作ろう!な!俺以外も、、、!!だから、、、だからぁ、、、!!」
「さとく、、、ぼくね、、、死ぬの分かるんだ。もうばいばいなのわかる」
「何言ってんだよ、、、!!まだまだこれからだって、、、!!」
「ぼくのじまんはね、、、みみだったんだよ、、、ほんとだよ、、、でも、、、もうそうじゃなくなっちゃってね、、、」
「それって、、、やだ、、、まだちょっとしか、、、!!」
「こーゆーときは、、、ありがとうってゆーんだよね」
「言わない、、、!!これからもよろしくって言えよ、、、!!まだまだ生きるって!!言えよぉ!!!」
「ありが、、、とう、、、おねんねするだけだから、、、おやすみ」
「起きろよぉ!!まだ寝るには早いんだよ!!!」
「さとみ、、、くん」
彼の手の力が無くなったのが分かり、一層でかい声を出して泣きわめいた。高校生とは思えないくらい哀れに。ただひたすらに。出会ってたかが数週間、それなのにこんなに涙が出るのは何故なんだろう。その答えは遠に出ていた。
泣きわめく俺の肩を軽く叩き、看護師さんは俺に手紙をくれた。
「、、、病状が急変する前に心音くんが書いたものです。」
四つ折りにされた紙を開くと、不器用に
「ありがとう」
と大きく書かれていた。それを見てまたでかい声を出す。
どんなに頑張っても書きだけは上手くできなかった彼。看護師さんいわく、これだけはどうしても書けるようになりたいと練習し続けていたそうだ。
手紙を胸に抱いて泣きわめく俺はきっと誰がどう見たって可哀想な人だったと思う。だが、それ以上に心音の死を心から泣く人になれて本当に良かった。
「怜海さん、お昼ご飯ですよ。」
ふいっと横を向き要らないと意思表示をする。何を食べても味がしないんだ。だったら何も食わずに早死した方がマシだ。シワの増えた俺をよく思ってくれる人なんて誰も居なかったから。
外から見える桜だって、いつからが美しいものではなくなった。
看護師さんが出ていってしばらくして、再びドアが開かれる音がした。どうせ食べたかどうかの確認に来た看護師さんだ。見る必要も無い。そう思い、窓の外を眺めていると聞き覚えのある声がした。
「食べなきゃダメだよ」
声のした方を振り向くと、いつか見た美しい青髪がきらりと光った。どこもおかしくない瞳を見つめると、やはり泡沫のような青。
泣きそうになる俺を見て、
「今度は僕の番ね」
と、へらっと笑う。
「あ、あんた、、、名前は、、、?」
「忘れたの?酷いなぁ、、、心音だよ。」
イタズラに笑う君はあの日見たかった君の顔だった。
「さとくん」
紛れもない君だ。
「、、、略すなって、、、言っただろ」
溢れ出た一粒の涙が俺の頬を伝った。
あの日の答え。
あの日々を、心音との時間を愛していた。
いや、そんな一文じゃ伝わらない。
重いすぎる感情が一粒の涙に詰まっていた。
「体恩」
コメント
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初コメ失礼します、! 前々からゲストさんの作品を見させてもらってますが、今回の作品見終わったあと本気で、涙止まりませんでした( ߹𖥦߹ ) あと、フォロー失礼します!!