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難しいことを考えるのはやめておこう。
私は美味いものを食べて熟睡が出来ているのだ。必要が無いだけでやっても問題はないだろう。
そんなことよりも、だ。
水だ。ついに私は水のある生活を手に入れたのだ。
これから生活環境が一気に向上する未来が見て取れるな。
寝床に戻って早速、環境の改善を行おうかと思ったが、その前にせっかく目の前に綺麗な川があるのだから、これまでの作業で汚れてしまった身体を一旦洗い流そう。
どうせまた汚れるだろうから、汚れたまま作業をしても良いのだが、心機一転というやつだ。サッパリしていこう。
さて、寝床に戻ってきたわけだが、まず私がすべきことは容器作りだ。
考えてみれば、私は今までろくに道具というものを所有していなかった。
自分の外見を確認するために作った石の皿も、河原に置いてきた。
今までは必要性を感じなかったからだ。
だが、作業に水が必要になってくるとなれば、そうもいかなくなってくる。流石の私も、無手の状態では大量の水を携行できないからな。
まずは崖をくり抜き、土器を作るための水の容器として石の器を作ろうか。
まずは、私がそのまま入れるほどの大きさの器と、両腕で輪を作ったぐらいの皿を崖からくり抜いて形作った。
ため池から器に水を六割ほど汲み、山盛りになっている土砂の前に立つ。
土砂を片手で掴み、軽く握り締める。私の握力は軽く握っただけで周囲の石を爆ぜさせるのだ。あまり強い力で握り締めると、一つの個体になってしまう。
器の水の中にそのまま握り締めた手を入れ、両手でこすり合わせる。
多分これで土砂の成分が全て極小の粒子になっているだろうから、水より比重の軽い粒は浮かび上がってくるだろう。
浮かび上がってきた粒はその都度捨てていく。
これを器の水がいっぱいになるまで繰り返し、いっぱいになったら比重の重い粒子が沈むまで、ほかの作業を行おう。
寝床の周りを均そうと思うので、崖から私の身体ぐらいの直方体を二つくり抜いていく。
一つは両手で持ち、もう一つは尻尾で掴んで持たせる。
クレーターの底の方は腕に、高い位置は尻尾に持たせた直方体で、土を爆ぜさせない程度の力で叩きつけ、クレーターの内部を突き固めていった。
三千歩ほど歩いたのに相当する時間が経過したら器を確認し、水と土が分離していたら水を捨てる。
残った土を石の皿の上に移し、そしてまた器に水を汲みこれまでと同じことを繰り返す。
今日は一日中この作業を行うとしよう。クレーターを固め終わるころには、それなりの量の土が確保できているだろう。
日が沈み欠けたところでクレーターを固め終わり、回収できた土は私の膝の高さまで山盛りに積もった皿が五枚並んでいる状態となった。
割と早い段階で皿いっぱいになってしまったので、石の皿は十枚追加で作っておいた。
まだ湿っている土を手に持ってみると、ねっとりとしていて、土器を作るのに十分な質をしていると判断する。
いくらでもあって良いものだろうから、暇が出来たらその都度土は作るようにしよう。
土を乗せた皿は、崖をくり抜き続けたことで出来てしまった洞窟にしまっておく。
そういえば水路を作り始めてから今まで、何も食べていないことを思い出す。
一応、手と鰭剣《きけん》を水で洗い、いつものように果実を取ってくる。
久々の果実の濃厚な甘味に舌鼓を打ち、寝床を見た。
…もっと柔らかい寝床にしたいな。何か良い案が浮かべばいいのだが、今のところ何も思いつかない。
大分早いけれど、しばらく睡眠を取っていなかったし、もう眠ってしまおう。
寝床か…いっそのこと、土を保存したようにそれなりの広さの洞窟を掘ってしまおうか。
しかし、それでは今日時間をかけて固めたクレーターが勿体なく感じる。
いつもより早くまどろみを感じてきた。やはり長時間睡眠をとらないと影響が出てくるものなのだろうか?
考えても仕方がない。意識を手放して寝てしまおう。
…心地良い浮遊感がある。体中が冷たくて気持ちいい。
だが、いつも鼻孔を刺激していた、果実の甘い香りが感じられない。不思議に思い意識をしっかりと覚醒させて瞼を開ける。
みずのなかにいる。
何故こんなことになっているのか、疑問に思い体を動かし水面へと浮上する。
というか私、今呼吸していないな。どうなっているんだ、私の身体は。
水面から顔を上げれば、小さな水のつぶてが無数に私の顔、というかこの辺り一面に降り注いでいた。
視線を森の方へと移す。水が樹葉に、地面に当たり跳ね返る音が、轟音となって辺り一帯に鳴り響いている。
まさかの大豪雨だ。周囲を見てみればこのクレータはもちろん、ここまで引っ張ってきた水路も、ため池も、排水路も、水が溢れてしまっている。
これは想定外だった。
そうだな。雨を防げないというのは大問題だ。いい加減クレーターから這い上がり、立ち上がろう。
この雨はいつまで続くだろうか?
もう一度森へ視線を移してから空を見上げれば、黒に近い灰色の雲が空一面を覆っている。
もう少し詳しく確認するため思いっきり跳び上がってみた。
樹木よりも高い場所から見た空は、少なくとも私の視界の届く範囲では端が見えない。この様子では、雨が止むことは当分の間無いだろう。
視界が届く範囲まで森を見渡してから、地面に着地する。今回はちゃんと衝撃を吸収したため、周囲に影響は及ぼしていない。
降り注ぐ雨は私には全く影響がないのようなので、森の散策をしてみよう。
水面から顔を出した時から、妙に森の方へ意識が持って行かれるのだ。何かが森にいるような気がしてならない。
意識を集中させる。
私は森の何がそこまで気になるのか。視覚を、聴覚を、嗅覚を、そして触覚を研ぎ澄ませる。
視界の先で動く、とても小さな二つの影。
四足で激しく移動する音。血の匂い。地面の振動。追う者、追われる者。
誰かが何者かに襲われている。そう感じ取る。
私が感じ取っていた何かは、どうやらその二者の反応らしい。
一度認識すると、私の意識はその二者の反応へと引き寄せられる。
その中でも、どちらかといえば追う者、襲っている者に対して意識が引き寄せられる。私は若干気後れしながら二者の元へと駆け出した。
どちらの反応も、”角熊”くんの時と同様、脅威は全く感じていない。
私が二者のやり取りに介入すれば、少なくとも襲われている者は助かるだろう。
いや、襲っている者も無力化させることは造作も無い。
だが、この森で起きる自然の掟に、私が割り込んでも良いのだろうか?意識を集中しているからか、すでに二者の正体はおおよそ分かっている。
巨大な猪だ。
“角熊”くんほどではないが、その体躯は襲われている方ですら、私の背よりも頭一つ分以上大きい。
襲っている方はさらにその一回り以上もある。彼らも森の住民であるのならば、私が首を突っ込んでいいのか、判断がつかないのだ。
自然の掟。強いものが、勝ったものが正義。
例え、それが純粋な力のぶつかり合いでも、数の暴力だろうと、不意を突いた奇襲でも、寝込みを襲うような夜襲でも、毒を使用した搦め手だろうと、擬態からの騙し討ちだとしても、それらは彼らの立派な武器であり、彼らなりの真剣勝負なのだ。卑怯も姑息もない。
断言しよう。現状、自然の掟に私が介入すれば、私が正義になる。
全て、私の都合で物事が動く。私の一存で物事が決まる、私の我儘が全て通ってしまう。
果たしてそれで私は納得できるのか。森の住民達は納得してくれるのか。
少なくとも、私は納得しない。
異常なのだ。私の存在は。私自身が自分を森の住民とは思えないのだ。
だからこそ、私は森の住民同士の争いには極力関わるつもりは無い。
葛藤が続く中、追い詰められた小さい方の猪が、大きい方の猪の牙に突き上げられようとしていたところだった。
「っ!シィッ!!」
咄嗟に尻尾を伸ばし、いつもの破裂音を発しながら鰭剣の腹で牙を受け止める。雨水が鰭剣の纏った熱によって即座に蒸発して周囲を白く曇らせた。
…やってしまった…。
今しがた関わるつもりがないと考えていたというのに、目の前で起きようとしていた惨劇を認められず、彼等のやり取りに介入してしまった。
そもそも、彼等の元に駆け寄っていたということは、私は本能的に彼等を何とかしたかったのだろう。やってしまったものはしょうがないのだ。
ひとまずの余裕もできたことだし、2者の間に割り込ませてもらうとしよう。
大きい方の黒い猪がつんのめる。その間に私は両者の間に入り込み黒い猪を正面に捉えれば、蒸気が晴れて明確に目の前の猪の全貌が明らかになった。
………どういうことだ、これは。
私の目の前にいるのは、猪であって、猪ではない。
猪自身と同じくらい大きく鋭い牙はまだ良い。そういう種族なのだろう。
だが、黒い毛皮に見えていたのは、実際には毛ではなかったのだ。
何らかのエネルギー体が靄となって纏わりついているのだ。
裂けた本来の毛皮からは肉が爛れて腐り落ちている。それに、この猪の顔だ。
右の目玉が無い。
怪我で潰れたようなものではない。まるでくり抜かれたかのように空洞なのだ。
左目にも生気は感じられない。そして何より、頭部を深く貫かれた痕跡がある。
目の前にいる者は、”蘇った不浄の死者《アンデッド》”であった。
………。
おい。
とりあえず、お前は、完膚無きまでに、叩きのめす。
私の苦悩と葛藤に用いた時間を返せ。