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帝都の中心部にある『翡翠城』。ここはかつての城をそのまま帝室の別荘として再利用した場所であり、今では帝国政府の中枢が置かれている重要な建造物である。
その広大な敷地や贅の限りを尽くした装飾は迎賓館としての役割も果たしており、帝室主催のパーティーなどが開催される場所としても有名である。
とは言え、現在の帝国は中央集権とは程遠い政治体制であり政府は半ば張りぼてに過ぎず、国家運営は四大公爵家の合議によって執り行われている。
しかし、実態は四大公爵家同士の激しい対立と東西南北それぞれの貴族による派閥化で国政は全く機能していないと言える。
また帝国を統べるべき帝室に力はなく、お飾りの存在と化していた。
当然翡翠城は政治の中枢と言うより貴族達による政争の場としての意味合いが強く、今回のパーティーに関しても第二皇子主催となっているが実態は後ろ楯であるマンダイン公爵家の主催である。
パーティーの名目は、混迷を極める帝国をより良い道へ導くため貴族達の団結を促す決起集会としての意味合いが強い。
主催者であり第二皇子のスポンサーとも言えるマンダイン公爵家は、自身が形成する東部閥に属する貴族の大半を率いて参加。主導権を握るため虎視眈々と策を進める。
マンダイン公爵家の政敵であるレンゲン公爵家及び西部閥にも招待状が送られており、これを受けてレンゲン女公爵も傘下の貴族達を率い敵地とも言える帝都へと乗り込んだ。一連の事件もあり、警戒心は最も強い。
一方第一皇子の後ろ楯であるスローダー公爵家率いる北部閥には形式的に招待状が送られたが、元より武人気質が強い北部の貴族達は政争に対する関心が薄く、第一皇子自身もそこまで帝位に関心が無いことから今回も名代として数人の上級貴族が参加するに留まった。
日和見主義的な面が強いワイアット公爵家率いる南部閥であるが、西部閥が参加するとの情報、そしてガウェイン辺境伯の強い要望でハインリッヒ=ワイアット公爵自身が貴族達を率いて渋々ではあるが参加することになった。
もちろんガウェイン辺境伯の狙いは、パーティーに参加することで情報を収集して第三皇子に伝えることである。
ただ、ワイアット公爵としても狙いがあった。それは、東部閥のフロウベル侯爵家との縁談をより確実にするためである。フロウベル侯爵家の一人娘であるマリアとワイアット公爵家長男ザルカは婚姻関係にある。
しかしマリアが聖女として聖光教会に入団してからは有耶無耶となってしまっている。
東部閥の有力貴族との強い繋がりを持ちたいワイアット公爵としては、現状の改善と進展を狙っていた。
様々な思惑が交差する中、遂にパーティー当日を迎えたのである。翡翠城には朝からマンダイン公爵家の領邦軍や帝室親衛隊による厳戒体制が敷かれる一方、華やかな装飾が各所に施され、今となっては貴族御用達伴った黄昏産の作物を惜しみ無く使った豪華な料理の数々が会場を彩る。
「ようこそお出でくださいました!ささっ、こちらへ!」
花火が幾度も打ち上げられ、次々と到着する貴族達をマンダイン公爵家の従士達が会場へと案内していく。
会場では各貴族が連れてきた妻子も集まり、特に若い令嬢や子息達はより会場を華やかにしている。まだ主役足る公爵や第二皇子は来場していないが、貴族達は早速交流していた。
このような場は情報収集に最適なため、貴族達は交流を深め新たな縁を探り少しでも有利に立ち回るべく奔走する。それは貴族の子息とて例外ではない。
「はぁ……疲れたわ」
銀の髪が映える青いドレスに身を包んだマリアが溜め息を漏らす。今の今まで様々な貴族令嬢達に囲まれており、ようやく解放されて会場の片隅にあるテーブルへ戻ってきた。
東部閥の有力者フロウベル侯爵家の一人娘であり、聖光教会の聖女。そして類い希な美貌を持つ彼女は、貴族令嬢達の注目の的であり早々に令嬢達に取り囲まれる事となる。
最も、彼女自身が慣れておらず苦労したのは言うまでもない。
「お疲れ、お姉ちゃん」
疲れ果てた姉にそっと果実水で満たされたグラスを差し出したのは、緋色の髪に寄せたオレンジ色のドレスに身を包んだ聖奈である。
彼女自身も見栄麗しい少女であり貴族の子息などから声をかけられたが、全てあしらっていた。
貴族社会に於いて緊急時や特別な場以外で低位の貴族が高位の貴族へ話し掛けるのはマナー違反であり、フロウベル侯爵家の養女としての立場は五月蝿いハエを追い払うことを容易にしてくれていた。
マリアはその辺りを気にせず気さくに接した結果、疲れ果てることになったが。
マリアは妹から果実水を受け取り、豪快に飲み干した。些か淑女らしくない光景ではあるが、幸い妹が壁になってくれたので誰に見られることもなかった。
黄昏産の果実を絞ったジュースは甘露と呼ぶに相応しく、口当たりも良い。冬には似合わぬ冷たさを持つが、慣れぬことで火照ってしまったマリアからすれば有り難いものだ。
余談だが、オータムリゾート首領の好物でもある。
「ふぅ……そう思うなら助けてくれても良かったのよ?」
「私にそんな器用な真似が出来ると思う?」
「……ごめんなさい、忘れて」
どう考えてもこの妹を放り込んだらより一層ややこしい事態になることを予測し、マリアは額に手を当てながら溜め息を漏らす。
妹と触れ合い疲れを癒そうかと考えていると、一人の青年が無遠慮に近付いてきた。見るからに豪華に身を包み、取り巻きを率いたその青年はマリアの前で立ち止まると口を開いた。
「ごきげんよう、マリア嬢」
相手を認識して内心では憂鬱になりながらも、マリアは青年に、自身の婚約者であるザルカ=ワイアットに笑みを張り付けて応じる。
「これはザルカ様、ごきげんよう」
「うむ、久しく見ぬ間にまた随分と美しくなった。どうかな?そろそろ決心が着いただろうか?我がワイアット公爵家としては、いつでも貴女を迎える準備が出来ているのだが」
「いえ、私にはまだ、成すべき事がありますから……」
笑みを絶やさぬまま答えたマリアだが、ザルカは不愉快そうに表情を歪めた。
「弱者救済だったか?実に下らない。直ぐにそんなお遊びは止めるんだ、マリア嬢」
自分の全てを否定する言葉に、マリアも眉を潜めた。