コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
ザルカの言葉に一瞬だけ眉を潜めたマリアではあるが、直ぐに笑みを張り付けた。
「救いを求める声に耳を傾けて手を差しのべるのは、正しいことではありませんか?」
「肯定しよう。ただし、それは相手が自分にとって有益な見返りを用意できる場合に限る。マリア嬢の活動は無償の愛であり、そして相手は取るに足らん下民だ。とても有益な価値があるとは思えぬのだ」
「救いを求める声に貴賤は無いと確信しています」
「全く、嘆かわしい。君はフロウベル侯爵家のご令嬢であるにも関わらず、聖女等に成って無意味な活動に執着している。下民等幾ら助けても意味はない。奴等が感謝するのはその時だけであり、奴等は直ぐに恩を忘れる。不要な労力とリソースを消費していることになぜ気づけないのか。貴族令嬢として、本来果たすべき役目があるのではないかね?」
ザルカはワイアット公爵家の長男であるが、優柔不断で日和見な父と違い完全な貴族気質を受け継いでいた。とは言え、彼の言葉にも一理ある。これまでのマリアの活動は多くの人を救ったが、少なくとも実家であるフロウベル侯爵家に目に見える利益を生み出したわけではない。
ましてシェルドハーフェンでの活動は、更なる抗争の活発化を招き、カイザーバンクが一番街を掌握するために利用されている。
もちろんマリアとしてもそれは紛れもない事実であることは理解している。だが、目の前で救いを求める者を放置はできない。彼女は根っからの善人なのだ。
反論しようと口を開きかけた時、第三者が口論へ介入する。
「そこまでです。ザルカ=ワイアット様のお言葉も理解できますが、このような場に相応しい話題とは思えません」
口を挟んだのは、美しい金の髪を肩口で切り揃え赤いドレスを見に纏った小柄の少女であった。
「なんだね、君は。ザルカ様に無礼だろう!」
すかさず取り巻きが声を挙げるが、少女は気にする素振りもみせず優雅に一礼する。
「申し遅れました、シャーロット=レンゲンと申します。レンゲン公爵家に連なる者として、この度公爵閣下と共に参加させていただきました」
「「なっ!?」」
ザルカの取り巻き達が驚愕するのも無理はない。彼等は南部閥に属する男爵家の子息が大半であり、相手は西部閥を率いる女傑の縁者。粗相があっては大問題へと発展することになる。それは明らかであるからだ。
そして貴族の子息である彼等はそれを正しく理解していた。故に口を閉じる。
代わりにザルカが口を開く。
「誤解があるようだ、シャーロット嬢。私はマリア嬢と口論をしていたわけではない。婚約者として、貴族令嬢としての責務を説いていたのだ」
「であるならば、尚更場所を選ぶ方がよろしいかと。この場には聖光教会関係者も数多く参加しています。ザルカ様のお言葉は聖女、ひいては聖光教会を批判しているとも取られかねません」
シャーロットの言葉にザルカは眉を潜めた。
「その様な意図は無い」
「貴女になくとも、マリア様の活動を批判することは聖光教会の批判となります。少なくとも彼等がそう受けとる可能性は高い。ワイアット公爵家としても、教会を敵に回すのは本意でない筈。違いますか?」
「ぐっ……」
突然介入してきた少女によって言い負かされるのは癪ではある。しかし周囲が自分達の会話に注目し始めていることを察知したザルカは、戦術的な撤退を選んだ。
「やはり誤解があるようだ。私としては聖光教会を陥れるような意図は無いが、確かにシャーロット嬢の言うようにこの華やかな場に相応しい話題でもなかったな。マリア嬢、この件はまた後日ゆっくりと話し合おう」
捨て台詞を残し、取り巻き達を連れてその場を立ち去った。
その場には無表情に戻った少女、なんとも言えない表情を浮かべたマリア、少し離れた場所から楽しげに二人を眺める聖奈の三人が残る。
一瞬だけ二人視線が交わり、直ぐに顔を背ける。そしてマリアが静かに口を開いた。
「どういう風の吹き回しかしら?シャーリィ」
「私はシャーロット=レンゲン、それ以上でもそれ以下でもありませんが」
「それなら私の目を見なさいよ」
「笑えない冗談は止めてくださいよ、“魔王様”。今すぐ貴女を殺したくなるじゃないですか」
「お気遣いどうもありがとう、”勇者様”。私だって今すぐ貴女のネジ曲がった性根を叩き直したくなるから無理ね」
互いに憎まれ口を叩き合い、そしてシャーリィが口を開いた。
「まあ、気紛れですよ。貴女の醜態を嗤いながら眺めているのも楽しかったけれど、ここで貴女を助けておけば、レンゲン公爵家としても有益となります。まさか、助けられた恩を返せない恥知らずではないと思いたいのですが?」
「実家に関する口利きを期待しているなら、応えることは出来ないわよ。お父様は私のことなんて気にもしない」
「なるほど、フロウベル侯爵は噂通りの人物ですか。この点に関してだけは、貴女に同情しますよ」
「ふん。貴女こそ、どうやって潜り込んだのかしら?」
「レンゲン公爵家の縁者として、ですよ。嘘は吐いていません。貴女なら分かるのでは?」
勇者と魔王として、互いのことを理解しすぎてしまう。それが二人の悩みでもあるのだが。
当然のようにマリアもシャーリィの出自を知っている。
「そう言えば、レンゲン女公爵閣下はヴィーラ伯爵婦人を姉と慕っていたと聞いたことがあるわね」
「だから言ったでしょう、嘘は吐いていないと」
「それで、何が狙いなの?」
「むしろ、何もないとお考えで?マリア、貴女は政から離れすぎていますね。このパーティー、何も起きないと思っているのですか?」
「……また政争?嫌になるわね。この資金を使えばどれだけの人を助けられるか」
「政争大いに結構、乱れた世の中の方が色々とやり易いので」
「勇者とは思えない台詞ね」
「そちらこそ、魔王とは思えない慈悲深さですね」
「お互い、生まれ方を間違えたみたいね」
「同意します」
次の瞬間、高々とラッパの音色が鳴り響き会場がざわつく。いよいよ主役である公爵達や第二皇子が会場入りすることを示すものであり、パーティーの開催の合図でもある。
「何があろうと私は女公爵閣下を守るだけです。邪魔しないでくださいよ、マリア」
「平和に終わることを祈ってるわ、シャーリィ」
それを合図に、因縁の二人はその場で分かれた。シャーリィはシャーロットとして西部閥の陣営に。マリアはフロウベル侯爵令嬢として東部閥の陣営に歩みを進めた。
「素直じゃないなぁ」
ただ一人、二人のやり取りを聞いていた聖奈だけが肩を竦めた。