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「ばっか! どこ触ってんだよ!」
しばらく大人しくマッサージしてくれていると思っていたら、ふいに指が「そこ」に触れた。
「ちがう!わざとだよ!いっちゃん!」
一瞬何言われたかわからなかった。え、わざとはダメじゃん。
「確信犯じゃねぇか!こんな人がいっぱいいるとこで触ってんじゃねぇよ!」
「え、いなかったらいいの!? 更衣室、行く!?」
だから、またテンパって何言ってるか分からないくらいの早口になってる。
「言葉のあやだろ。俺じゃなかったら通報されてるぞ」
「……本当だ。いっちゃんでよかった」
「そういうことじゃねぇよ。もういい、マッサージ終わり!」
「え~……」といかにも不満げな顔。
俺に触れた方の手を、もう片方の手で名残惜しそうに包むんじゃない。
「……恋人、やめるんじゃなかった」
「今更おせぇよ」
勝ち誇った顔を向けると、いつきの頬がさらに膨れた。
「それ、可愛いと思ってやってんの?」
「……女の子たちは可愛いって言ってくれるよ」
「じゃあ俺は絶対言わねぇ」
「え、もしかして、可愛いってちょっとでも思った?」
「ねぇねぇ」といつものヘラヘラ顔で体を寄せてくる。
……一ミリくらい、本当に一ミリくらいは可愛いと思ったが、それは死んでも口にしてやらない。
♢♢♢
「いっちゃん先輩! 奇跡です!」
翌週、月曜日の朝。
「おはよう」すら言わずに駆け寄ってきたうさちゃん。
「どうしたの? いつきくんにデートでも誘われた?」
冗談のつもりだった。なのに、彼女は顔を真っ赤にして大きく頷いた。
こんなに当たってほしくなかったクイズの正解は、今までの人生で一度もなかった。
「昨日、家族で外食することになったので、いつき先輩のバイト先に行ってみたんです。そしたら、いつき先輩がいて。帰り際に連絡先をくれて、そしたら……!」
興奮気味に喋る姿が、どこかいつきくんに似ている。早口すぎて、時々何と言っているのか聞き取れない。
「……そっか。よかったね。いい思い出、作れるじゃん」
「はい! これも全部いっちゃん先輩のおかげです!」
「おはよう、さやちゃん。何かいいことあったの?」
最悪のタイミングでともやが現れた。今この話を聞いたら、また三日は声が出なくなるぞ。
っていうか。
俺、あいつの連絡先、知らない。
うさちゃんには自分から渡したのか。デートまで誘うのか。へぇ。
「いっちゃん、おはよう!」
背後から、聞いたこともないような高いテンションの声。いつきだ。
いつもは気だるそうに登校してくるくせに、今朝はよっぽど嬉しいらしい。
うさちゃんに連絡先を教えたのがそんなに嬉しいかよ。
♢♢♢
「……ねぇ、なんで無視すんの?」
「……別に、無視とかしてねぇし」
あの月曜日から、今日の金曜日まで。俺はいつきの顔をまともに見られなかった。もし目が合ってしまったら、思ってもいない暴言を吐いてしまいそうな自分がいて、そんな自分に無性にイライラした。
「……帰るの? 今日、金曜日だよ?」
「もう俺、必要ないだろ。それに今日、用事入ってんだよね」
「なんで? じゃあ、フットサルは?」
「いっちゃん! 今日、一緒に帰れんの?」
最高にいいタイミングで、ともやが小走りで駆け寄ってきた。
「おう。金曜はもう、早く帰れるようになった」
いつきから視線を逸らし、俺は靴箱へと向かう。
「じゃあね、いつきくんバイバイ!」
ともやが能天気に手を振り、俺の横に並んだ。その時のいつきがどんな顔をしていたかなんて、見る勇気もなかった。
「最近、さやちゃん朝会わないね。どうしたのかな?」
「……用済みなんだろ、俺らなんて」
「え、なんで?」
意味も知らずにニコニコ笑って。いいな、俺はお前に生まれたかったよ。ともやなら、素直に「二人とも良かったね」って笑えるんだろうな。自分の性格の悪さに、反吐が出る。
「あ、今日行くの? フットサル」
「行く行く! 部活辞めてから体が鈍っちゃってさ。次の日休みだから、余計楽しくなっちゃって」
「……いいな、楽しいこと見つけられて。俺も、何か趣味でも探そうかなぁ」
ぐっと腕を上げて伸びをすると、「え、いっちゃん行かないの!?」と、ともやが心底驚いたような声を上げた。
「ん?……なんか声しない?」
校庭に出たともやが、校舎を振り返る。
「……あれ、いつきくん? なんか言ってる」
窓から身を乗り出したいつきくんが、俺たちに向かって何かを叫んでいる。忘れ物でもしたのか?
その時、ともやのポケットで着信音が鳴った。
「あ……いつきくんから、なんかきた」
ともやがスマホを取り出し、画面を俺に見せてくる。
――なんだよ。お前も、あいつの連絡先、知ってるのかよ。
画面を覗き込んだ瞬間、血の気が引いた。
「……バッカじゃねえの!? すぐ消せ!」
「え、何これ。俺のスマホで、いっちゃんに告白してんだけど」
画面には、ともやのアカウントを通して、いつきからの身悶えするような愛の言葉が並んでいた。
「俺らの間で、そういうノリの遊びが流行ってんだよ。早く消せ!」
俺はともやのスマホを取り上げ、光の速さでメッセージを消去した。バカとかアホとか、一言言い返してから消せばよかった。早まった。
「でも、なんで俺のスマホでふざけんの? 二人でやればいいのに」
「……知らねぇんだよ。連絡先」
「は!? なんで!? 友達なのに!?」
その前は「恋人」だったのに、俺だけが何も知らない。
結局、遊ばれているんだ。俺の周りを固めて、盛大におちょくられているだけなんだ。
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