テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
妙に体が怠くて、意識が水底から浮かび上がるみたいにゆっくりと目が覚めた。
昨日――カレンに首筋から血を吸われてからの記憶が、ところどころ途切れていて曖昧だ。
確か、自室のベッドに居たはずだ。
なのに、目を開けてみるとそこは寝室で、しかも私は何も着ていない。
さらに追い打ちをかけるように、左右から、上から、ぴったりと張り付くようにして寝息を立てている子たちも、全員、同じく服を着ていなかった。
――あ、うん。これは、まさか……いや、まさか、だよね?
脳が事実の認識を拒否しようとしているのが分かる。
心臓がいやにうるさい。とりあえず、現実逃避より先に、状況の確認が必要だ。
そっと皆を引きはがし、布団をずり上げて掛け直してから、足音を殺して寝室を出る。
洗面所に駆け込んで、鏡の前に立った。
首筋には、カレンの牙が刺さったであろう跡が三つ。
それだけでは飽き足らなかったのか、胸元にかけて、うっ血したような跡が点々と残っている。
「なんだこれ……昨日の夜に一体何が……?」
自分で口に出しておきながら、返事は分かっている。
分かっているけど、認めたくない。そんな感じだ。
とりあえず、シャツだけ羽織ってリビングへ向かった。
湯を沸かして、まずは珈琲。落ち着くのはそれからだ。
ヤカンの中でぽこぽこと小さな気泡が立ち始めた頃、寝室のドアが開いて、カレンがふらりと出てきた。
「ん、あーちゃん。おはよ」
「……おはよう。カレン、昨日何があったか聞いてもいい?」
「とても、すごかった。途中から他の子たちも混ざった」
いつもよりほんの少し頬を赤らめて、身を寄せて言ってくるカレン。
私は思わず頭を抱え、深く息を吸い込んだ。
起きた時点で予想はしていた。していたけれど、せめて違っていてほしいと淡い期待もしていた。
しかし、カレンの一言がそれを木っ端微塵にしてくれる。
つまり――。
「私はまた、やったのか……」
「ん。途中からすごい乗り気だった、よ……?」
「それは聞きたくなかったなぁ」
カレンいわく、どうやら途中からは私もノリノリだったらしい。
多分、吸血の影響と、無意識にまで刷り込まれた「やられたらやり返す」精神が悪い方向に発揮されたのだろう。
こうも肉欲に振り回されるのは、正直よろしくない。
回帰前の世界で、それが原因でどれだけのパーティーが崩壊していったか、嫌というほど見てきた。
「あーちゃん、私の眷属に……ならない?」
「眷属って?」
カレンの説明によると、吸血鬼は自分の配下として従わせる存在を「眷属」と呼ぶらしい。
眷属になった時の恩恵やら魅力やらを、さらっと営業トークのように並べ立ててくるあたり、どこかプレゼンを聞かされている気分になる。
「悪くはしない……だめ?」
「うーん。私は今のままが気に入ってるから遠慮しとくよ」
「むぅ……あんなにも、相性良かったのに……」
「何が」とか「どの辺が」とか、聞いたら負けだ。
藪蛇にもほどがあるので、そのまま流して珈琲の準備に集中する。
湯が沸いたので、マグに珈琲を注いで一口啜る。
ふぅ……寝起きの一杯は、胃袋より先に頭を覚ましてくれる。
朝ご飯を何にしようか考えていると、カレンがぽん、と手を叩いた。
「ん、じゃあ私があーちゃんの側室入る」
唐突にぶっ込まれたワードに、思わず盛大にむせた。
喉に珈琲が変な風に入って、涙が滲む。
咳がようやく収まってカレンを見ると、彼女は珍しく、少しだけ恥ずかしそうに視線を泳がせていた。
「ごめん、側室って?」
「ん……他の子も、そうでしょ? あーちゃんは皆等しく接するって、言ってた。私のものにならないなら、私があーちゃんのものになる。これが一番いい解決法」
「私にはよく分かってないんだけど、要約すると……?」
「帰るの諦めてあーちゃん達とずっと一緒に居る」
なるほど。要するに「ここに残る宣言」か。
つまり、カレンがずっとこっちに居る=正式にパーティーメンバーが一人増える、ということになる。
帰還を諦めると言い切ってはいるが、故郷への未練が完全に無いわけではないだろう。
もし将来的に向こうへ行く機会があるなら、その時は彼女の両親にきちんと挨拶して、今のパーティーでやっていく許可を取るべきだ。
「……まあ、そう言ってくれると私的にも助かるかな。これからよろしくね、カレン」
「ん。よろしく」
差し出した手を、カレンはしっかりと握り返してくれた。
これで正式に、カレンが私たちの一員になる。
主力として前線でダメージを稼げる前衛は、パーティーの花形だ。
その上、女性で前衛を務められる人材はさらに希少。そんな一人が確定で居てくれるのは、心強いにもほどがある。
「それじゃあ、服着てきなよ。ついでに沙耶たちを起こしてきてほしいかな」
「ん。わかった」
カレンはぱたぱたと小走りで寝室に戻っていった。
私はその間に朝食の支度を始める。
食事を終え、皆でリビングのソファやラグに思い思いの格好で寝そべりながら、今日どこのダンジョンに行くかの相談をしていた。
十日後には、最強パーティーを決める大会が控えている。
協会の訓練場は、ハンターであれば利用料さえ払えば誰でも借りられるから、今日は対人戦の練習に充てるのも手だ。
「よし、対人戦の練習しよっか」
「さんせー!」
真っ先に手を挙げたのは沙耶だった。
七海と小森ちゃんも、顔を見合わせてからこくりと頷く。
カレンは大会には出ない予定だけど、練習の手伝いとしてはこれ以上ない適任だ。
全員で準備を整え、車に乗り込んで協会へ向かう。
協会に着くと、ロビーのあちこちから視線が飛んでくる。
新人ハンター、依頼を受けに来た中堅どころ、観察に来た役人風の人間まで、実に様々だ。
首筋のあれこれについては、ストールでしっかり隠しているので、とりあえず外見上の問題はない。
受付で訓練場を借りるための手続きを済ませ、指定された番号の部屋へ向かった。
「対人戦って言うけど何をするっすか?」
「うーん。正直なところ私にも分かってないんだよね……何をしたらいいんだろ」
意気揚々と家を出てきたはいいが、落ち着いて考えてみれば私は対人戦の訓練なんてしたことがない。
ひたすらモンスターを相手にしてきた回帰前の経験は山ほどあるが、人相手は別物だ。
助けを求めるように小森ちゃんを見ると、申し訳なさそうに首を横に振られた。
そりゃそうだ。分かるわけがない。
沙耶も腕を組んで「うーん」と唸っている。
訓練場の真ん中に陣取ったはいいが、妙な沈黙が流れる。
「カレンは何かいい案ある?」
「ん、簡単。逃げ回る私とあーちゃんに攻撃を当てれれば、そこら辺の人族は倒せる」
「それもそうだね……。私とカレンが的になって動くから、沙耶と七海はそこに当てれるように。小森ちゃんは2人をサポートしてあげて」
「わかりました!」
沙耶の快活な返事だけ確認して、あとは聞かずにカレンと目を合わせる。
無言のうちに意思疎通を終え、そのまま二人して訓練場内を縦横無尽に駆け回り始めた。
跳ね、滑り込み、壁を蹴り、床を蹴る。
狭い室内で、スーパーボールさながらに弾む感覚はちょっとだけ楽しい。
「えっ、微かにしか見えないのに当てろって言うんすか!?」
「割と無理難題押し付けてきたなぁ……いつものことだけど」
「沙耶ちゃん、七海ちゃん。ある程度規則的に動いているから、進行方向を予測して攻撃したほうがいいかも」
後方から、小森ちゃんの落ち着いた声が聞こえてきた。
ちゃんと状況を見て、分析して、言葉にしてくれる。こういうところ、本当に頼りになる。
私とカレンとは違い、3人はまだ戦闘経験が少ない。
だからこそ、「言われた通りに動く」だけじゃなくて、自分で考えて、試して、失敗してもらいたい。
暇そうに欠伸をしながら全力で駆けているカレンに、私はちょっかいを出すように時折近づき、肩を軽く叩いて挑発した。
さあ、3人は、私たちに攻撃を当てられるかな――。