コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
どんな話しをしていたんだろう。
舞台から降りた可馨は、花びらが舞い落ちるように颯懔の所へと向かって行った。
親しげに笑い合う二人。
絵になるという表現があるけれど、正にそれだった。
やっと休憩出来る時間になり、食堂へと向かう途中で紅花と会った。さっき可馨と一緒に桃園から出ていったから、きっとお召替えの手伝いでもしに行ったのだろう。
「明明ちゃんは休憩?」
「はい。あそこにいるとお酒の匂いだけでも酔いそうですね」
「ふふ、あたし達でもお零れに預かれる事があるみたいよ。時々一緒に飲もうなんて誘われている子も居たから」
「良いですね。……あの、紅花さん。さっき可馨様と師匠と話しをされてましたよね」
「うん? そうだけど。気になるの?」
心の内側を見透かすように、紅花の金色の瞳が覗き込んできた。自分のした質問がおかしい事に気が付いて目をそらすと、悪戯げに笑ってくるりと回った。
「颯懔がこの服をあたしにくれるって」
「そうですか! よく似合っているので紅花さんが着るのが一番いいです」
私が持っていたって箪笥の肥やしだ。紅花に沢山着てもらった方が服も喜ぶ。
うんうん、と頷く私の耳元まで紅花がぐっと顔を引き寄せてきた。近すぎて表情は読めない。
「だからね御礼に、例の件についてもう一つ助言してあげる」
「?」
「トラウマの原因と向き合ってみるのがいいんじゃないかしら」
「トラウマの、原因……」
「そう。過去のその女ともう一度してみるの。上手くいったら、これ以上にない成功体験だと思わない?」
顔を離した紅花の口元にはうっすらと笑みが浮かんでいる。
「休憩行ってらっしゃい」
「は、はい……」
ヒラヒラと手を振って紅花は桃園へと戻って行った。
何をどこまで知っていて、どういうつもりで言っているのか。紅花の考えている事はやっぱり全然分からない。
とっぷりと日が暮れて、灯籠には明かりが灯る。
まだ桃園では宴をしているが、残って夜の花見酒を楽しむ者、屋敷に戻って休む者とそれぞれだ。颯懔が辺りが暗くなってきた頃に、早々に桃園から引き上げて行くのを見たので、きっと部屋でぐったりとしているだろう。
あれだけひっきりなしに仙女達に囲まれてたら疲れるよね。
やっと仕事から解放されて屋敷へと戻って来きたところで、お茶の準備に取り掛かった。
緊張の緩和、疲労回復、毒素の排出、むくみ防止……
うーん、白牡丹かな。
数ある茶葉の中から白牡丹の茶を選んで取った。お湯が沸くのを待ちながら茶器を揃えていると俊豪が覗いてきた。
「それ、颯懔様のところへ持って行くつもりか?」
「そうだけど」
「言い付けられたのなら別だけど、そうじゃないなら止めておけ」
「なんで?」
「普段滅多に会わない桃源郷中の仙という仙が集まってる。そんな夜に不用意に部屋を訪れるのは無粋だと言ってるんだ」
あーあ、そう言うこと。
お酒も入って盛り上がっちゃうよね、きっと。
「師匠は女嫌いだからそんな事ないと思うけど」
「男女の仲なんて何が起こるかわからない」
「……そうだけど」
「まっ、部屋に入る前に誰か来ていないかは確認するんだな」
水を一杯だけ飲み干すと俊豪は出ていった。
手取釜の注ぎ口から激しく湯気が立っている。
お茶の準備は出来た。
「まさか、そんなね」
茶器一式を盆に乗せて給仕室を出た。
自然と足が早くなるのは、湯が冷めてしまう前に行きたいだけ。それだけだ。
廊下の角を曲がれば颯懔が滞在している部屋。
柱から顔を出した瞬間、向こう側から女性がやってくるのが見えた。
あれって可馨様? だよね。
反射的に体を引っ込めて様子を伺うと、極短いやり取りの後にパタンと扉の閉まる音がした。
ドクドクと心臓がのたうつ。
茶器を落とさなくて良かった。
もし今、私があの部屋へ行ったら結果は変わるのだろうか?お茶を置きに行くのは何も悪いことでは無い。
進もうとして、頭に響く言葉に足を止めた。
『過去のその女ともう一度してみるの。上手くいったら、これ以上にない成功体験だと思わない?』
くるりと踵を返すと、来た道を辿って茶器を片付けに戻った。