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あの夜から数十日が過ぎた。
若い銀鮒達は、あの日以来、一日中一緒に過ごし、夜はナッキを中心にして固まって眠っていた。
食事の時も、登下校も、泳ぎの練習の間も二十数匹がいつも一緒に行動していたのである。
最初の内、鮒達は、あの晩のヒットの言葉の本意を酌んで、視線の中心にナッキを置き、彼に迫るあらゆる危険から守るようにフォーメーションの輪を描いていたのだ。
然(しか)し、次第に鮒達は話し合いを重ね、言わばナッキ係り的な当番を数匹残し、近くではあったがてんでばらばらに泳ぎ回るようになっていたが、その上で尚、ヒットとオーリの二匹はいつもナッキと一緒に過ごし続けて来たのである。
この環境が、ナッキの肉体にある変化を与える事になった。
相変わらず、若鮒達の中で一際小さい体はそのままだったが、尾鰭、背鰭、胸鰭はその体躯に似つかわしくない巨大な物となり、それらを動かす部位の筋肉は大きく盛り上がり捲っていたのである。
これは、あの晩のヒットの言葉を素直に聞いて疑わなかったナッキが、てんでに泳ぎ回る仲間達を案じる余り、日中忙しくあちらへ又こちらへと泳ぎ続けていた結果であった。
特に食事の時は、味わう暇もなくそそくさと食事を終えると、仲間達の間を縫う様に泳ぎ回りながら、彼らが口にする食べ物を鋭い目で注意深く見張り続けていたのだ。
お陰で、こと泳力に関しては、群れの中でずば抜けて長く又早く泳ぐ事が可能になっていたのである。
その実力はヒットも遠く及ばず、大人の鮒と比べても勝るとも劣らぬほどであった。
この日、仲間達はナッキの鰭力(ひれりょく)の一端を垣間見て驚愕する事になる。
それは学校の授業の中の事であった。
いつもの授業場所から若鮒達を連れ出した教師役の銀鮒は、良く見て置くようにと前置きした上で徐(おもむろ)に体を捻り、全ての鰭を駆使して川底の砂利の中へとすかっり潜って見せた。
再び体をくねらせて生徒達の前に姿を現した教師役の鮒は、真剣な表情で説明を始める。
「激流の様に強烈な流れの中で留まるには、体を川底に隠すのも有効な手段の一つです! 今見せた手本の様に体を完全に隠さずとも、一部分を埋没させるだけでも十分に効果はある、然(しか)し乍(なが)ら、なるべく全身を隠せるに越した事は無い! というのも、その様に速く強い流れの中では、流されぬ事だけに頓着していれば良い訳ではないからだぞ! むしろ一番に注意すべきは、猛烈な勢いで襲い掛かってくる漂流物だと言っても過言ではないと、私は経験上思っている! つまり、体の露出部分が多ければ多い程、小石や流木、珍しい所では流されて来た別の生き物などの直撃を受ける危険が増す、そう言う訳だ! より安全に急流を乗り越える為に、皆、しっかりと練習をするように!」
この言葉を受けて、若鮒達は思い思いに模倣を始めたが、手本の様に全身を覆い隠すことは中々に難しく、どの鮒も上手く出来るまで辛抱強く、何度も何度も試行錯誤を繰り返していったのである。