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最初に完璧な潜伏を成功したのはオーリだったが、彼女は習得した技を自ら確認するかの様に、何度も繰り返し砂利の中へとその身を潜ませていた。
その内に、彼女のやり方を模倣したのだろう、オーリの周りで練習していた鮒達から成功を喜ぶ声が聞こえ始め、徐々に広がっていったがヒットの歓喜の叫びもその中に含まれていた。
中にはどうしても全身を隠せなかった鮒もいた様だが、それでも体の半分以上は潜らせる事に成功していたので、授業の成果は十分、初めてにしては上々と言った所だろう。
ただ一匹、ナッキを除いてではあったが……
勿論、ナッキも仲間達と同じ様に、教師役の鮒が見せたお手本通り、体を捻って砂利の中に潜らせ、その後鰭を使って周囲の砂利で自分の体を覆わせる様に撹拌(かくはん)していたのだが……
ナッキの巨大な鰭に触れた砂利はどれも周囲に散らばって行ってしまい、体を隠す所か逆に彼の体をより露出させる結果を繰り返させていたのだった。
十数度の挑戦を繰り返した後、ナッキは諦めた様に悲しそうな溜め息を吐いたが、教師役の鮒は平然とした表情のままで彼に声を掛ける。
「どうやらナッキは鰭の力が強すぎるようだな? ふむ、ではナッキ、こちらに来てやってみなさい」
そう言って教師が胸鰭で指し示した場所には、仲間達が練習していた場所に比べて、倍から三倍程度の大きな砂利で川底が埋め尽くされた早瀬になっていた。
直前まで、今にも泣き出しそうな表情になっていたナッキだったが、再び顔つきを引き締めて、もう一度と気合を入れ直して試してみると、教師役の鮒の睨んだ通り、ナッキの体は大振りの砂利の中へとすっかり収まりきって、早瀬の底へ完全に隠れてしまうのであった。
と、思った瞬間、大振りの砂利を遥か遠くへ吹き飛ばし、勢い良く飛び出たナッキが興奮して叫んだ。
「先生、出来ました! もう、絶対出来ないって諦めて居たってのに! ありがとうございます! この砂利の大きさをしっかりと覚えて置きます! 先生、本当にありがとうございました!」
ナッキの大喜びに少し面食らいながら教師役の鮒は答えて言った。
「あ、ああ、良かったなナッキ…… 但し、良く覚えて置くのは砂利の大きさだけではないぞ? もっと大切な事柄があるんだ! それは、大きい石が集まってる場所は、普段から流れが強い場所なのだ、と言う事だ! つまりだ、言ってみれば、大きい石が集まっているのではなく、小さな砂利が水の勢いに耐え切れずに流されてしまった場所と考えたほうが正しい、ここまでは判るな?」
そこで一旦言葉を切った教師役の鮒は、ナッキの顔を覗きこんで優しく諭す。
「増水して勢いを増した早瀬では、先程言った様に思いもしない漂流物等とても危険だ、身を伏せる際には細心の注意を払うことが大切だぞ? 良く覚えて置くことだ、いいな、ナッキ」
ナッキは何度も頷いて聞いていたが、その表情は未だ嬉しさに溢れていた。
教師役の鮒は更に言葉を続ける。
「それともう一つ! 潜る時は良いが、姿を現す時はもう少し優しく出てきなさい…… でないと周囲に石が飛び散って危ないからな! 判ったかい?」
ナッキは慌てて答える。
「は、はいっ! 迂闊でした、これからは静かに脱出するようにします!」
「約束だよ…… では今日の授業はここまで、と、する……」
そう言うと教師役の鮒は、ナッキが飛ばした石が当たった額から、少量の血を流しながら下流へと流されて行ったのである。
その様に、若鮒たちは、教師役の鮒の見せたプロ根性に感心しながら見送るのであった。