ナオトは『橙色に染まりし温泉』に浸《つ》かったおかげで、鎧を脱《ぬ》げるようになった。
つまり、天使型モンスターチルドレン|製造番号《ナンバー》 四の『ミカン』と『|黒影を操る狼《ダークウルフ》』はようやく彼から離れることができるようになったのである……。
一人と一匹はとても残念そうな顔をしていたのだが、いつまでも合体しているわけにもいかないので、仕方ないのである……。
さて、こうしてナオトは久しぶりに鎧を脱げたわけだが。
巨大な亀型モンスターと合体しているアパートの二階の廊下。
「ね、ねえ、ナオト……」
「んー? なんだー?」
「そ、その……約束……覚えてる?」
「ん? 約束ー? あー、俺が鎧を脱《ぬ》げるようになったら、お前のほっぺたにキスするやつだろ?」
「そ、そう、それよ。よく覚えてたわね」
「まあな。それで? 今からやるのか?」
「そ、そうね……。今からやりましょう」
「そうか……。じゃあ、やるか」
黒いパーカーと水色のジーンズを纏《まと》った少年が、メイド服(?)を纏《まと》った美少女……いや美幼女に近づく。
彼の精神年齢は、二十八歳だが、そんなことは関係ない。
というか、今の彼女には、そんなことなどどうでもいいのである。
好きな人にキスをしてもらえるのに、変わりはないのだから……。
「じゃあ、ミノリ。目を閉じてくれ」
「うん……わかった」
頬にキスをすると分かっていても、少なからず緊張する。
今まで彼女たちにキスをしたことがないわけではないが、いざこうして真剣にやるとなると、話が違う。
やはり、胸の鼓動が高まるものなのである……。
仕方ないのである……。
だが、しかし……。ここで逃げるわけにはいかない。彼は覚悟を決めると、ゆっくりと彼女の頬に唇《くちびる》を近づけ始めた。
その距離は、徐々に狭《せば》まっていく。
確実に少しずつ狭《せば》まっていく。
そして今、その距離が限りなくゼロに近づい……。
「マスター、今日の晩ごはんは何にしますか……って、あっ、その、えっと……ご、ごめんなさい。どうぞ続けてください。では、私はこれで失礼します」
コユリ(本物の天使)が彼の部屋から出てきて、その光景を目《ま》の当たりにした。
二人はしばらくの間、その場から動けなかった。
「……その……ま、また今度にしましょうか」
「そ、そうだな。また今度にしよう」
二人は、やり切れない気持ちのまま、部屋へと戻っていった……。
*
ナオトの部屋……お茶の間……。
「……えーっと……なあ、ハルキ」
「んー? なあに?」
「その……お前の全身に鱗《うろこ》が生《は》えてること……忘れてないか?」
「そんなの関係ないよ。それとも、ナオトはこういうの嫌い?」
「いや、嫌いとかそういう話じゃなくてだな。正直、痛いから、そろそろ離れてくれると嬉しいなー……なんて」
そう、ハルキ(青龍の本体)は、アパートに戻ってきてから、ずっとそんな調子なのである。
彼からいっこうに離れようとしないのである。
緑色の瞳と青い長髪が特徴的な美少女……いや、美幼女は、よほど彼のことが気に入ったらしい……。
「あのさ……。一ついいか?」
「なんだい?」
「なんでお前は、俺をマスターとして認めたんだ?」
「そんなの言う必要ある?」
「いや、別にお前が言いたくなければ、それでいいんだけどよ。もし、理由があるなら、知りたいなー……なんて」
彼が苦笑すると、ハルキは話し始めた。
「……これはね、私がナオトに出会う前……つまり、私が眠りから目覚める前の話だよ」
人々が私のことを……『龍神』だと勘違いして祀《まつ》っていた頃、私は退屈だった。
だって、誰も遊んでくれないんだから……。
だから、私は人間の子どもと遊ぼうとした。
けど、それを見た大人が私の怒りに触れたと勘違いして、その子を私の生贄《いけにえ》として差し出したんだよ。
私は、その子とただ遊びたかっただけなのにね。
私はその時、とても悲しくなったよ。
とある事情で『四聖獣』たちが集まらなくちゃいけなくなった時も、気が気でなかったよ。
あの子は、私と関わらなければ、この先の人生も楽しめたのに……って。
そして、月日は流れ……私は、あの子のことを忘れられないまま、目を覚ました。
悪い人間たちが私の鱗《うろこ》を狙って、こちらに近づいてきているのを知った時、私はもう死んでもいいかもしれないって思ったよ……。
あの子が私を恨《うら》んでいるかどうかは分からないけど、これ以上生きていても、悲しくなるだけだと思ったから。
けど、そんな時、君の波動を感じたんだよ。
他の『四聖獣』の波動もそれと同時に感じられたから、君が只者《ただもの》ではないことが分かった。だからかな? 気づいたら、君に助けを求めてた。
そして、君は私の想像以上にとてもいい人間だった。私の悲しみも……私の罪も……この人間なら、一緒に分かち合ってくれる……。そんな気がしたんだ。
だから、私は……君を私のマスターとして選んだんだよ。
「……というのが理由だよ。どうかな? ……って、どうして君は泣いているの?」
彼は服で涙を拭《ぬぐ》いながら、こう言った。
「いや……なんか……俺なんかがお前のマスターで本当にいいのかなって思ってたけど……今のを聞いたら全力でお前のことを守りたいって思ったから……それで」
彼が最後まで言い終わる前に、彼女は彼をギュッと抱きしめた。
「うん、ありがとうね……。でも、君が泣いていたら私はとても悲しくなるから、もう泣かないでおくれよ」
「ああ……そうだな。いつまでも泣いてたら、ダメだよな。ごめん……。けど、お前のことは絶対に俺が守るから……だから、お前は泣きたくなったら、いつでも俺の胸に飛び込んできていいんだぞ」
「うん、そうだね……。そうさせてもらうよ」
ああ……この人間に出会えて……本当に良かった。
これからもよろしくね。ナオト。
彼女は微笑みを浮かべながら、彼が泣き止むまでギュッと彼を抱きしめていたという。
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