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第一章:監禁 目が覚めたとき、部屋は白かった。
どこからか差し込む光も、壁も天井も、すべて均一で冷たい白。
身体を動かすと、硬い床に背中が触れた。
……ここはどこだろう。
頭がまだぼんやりして、状況を理解できない。
声を出そうとしたが、喉がぎこちなく震えた。
「……誰か、いる?」
答えはなかった。
足元を見ると、机も椅子もない。壁も天井も白一色。
――閉じ込められている。
その直感だけは、はっきりしていた。
小窓からパンと水が滑り込む。
見慣れた光景でも、どう扱えばいいのかわからない。
手を伸ばして受け取り、口に押し込む。
味は、ほとんど感じなかった。
最初の夜、天井を見つめながら、思った。
ここから出られるのだろうか。
けれど、考えるだけで疲れた。
手足は自由なのに、身体は重く、心は鉛のようだった。
第二章:時間の摩耗
いったいどれほどの日が経ったのか。
十日か、一か月か、それ以上か。
時計もなく、窓もなく、光も届かない。
差し入れられる食事が、唯一の時間の印だった。
しかし同じパンと水の繰り返しに、時間感覚は曖昧になっていく。
言葉も出なくなった。
最初は「おい」「出して」と声を出していた。
だが無視され続け、やがて口を開くことすら億劫になった。
目を閉じ、床に横たわる。
夢と現実の境界も、薄れていく。
名前を呼ぼうとしても、思い出せない。
食事はただの作業になり、噛む、飲み込む、の反射だけが残った。
空腹も満腹も感じず、時間の経過も無意味になった。
第三章:自分の喪失
目を覚ました。けれど、目を開けたのか閉じたのかもわからない。
夢か現か、判別する気力は消えていた。
小窓からパンを受け取り、口に押し込む。
噛む。飲み込む。味はない。
それでも身体は動き、呼吸は反射する。
夢では校舎の窓際に座っている自分。
顔はぼやけ、制服も曖昧。誰かが名前を呼ぶが、途切れる。
自分という存在の輪郭が、少しずつ消えていく。
思考も言葉も、名前も、一人称も、すべてが霧散した。
壁に爪を立て、血がにじむ。
痛みはあるのに、反応する気力はない。
ただ受け入れるだけ。
第四章:抵抗の消失
呼吸しているのか、心臓が動いているのか。
もはや確認する必要すら感じない。
かつては出口を求め、名前を思い出そうとし、声を出した。
今はそれらすべてが消え、残るのは反射のような動作だけ。
パンを受け取り、噛み、飲み込む。
味も感覚も、意味もない。
ただ身体が動く。
夢も現実も、時間も空間も、すべてが一体化している。
抵抗も恐怖もない。
ただ存在するかのように動き、消えていく感覚だけがある。
第五章:存在の希薄化
呼吸も、鼓動も、区別がつかない。
目を閉じても、開けても、同じ白が広がる。
夢では身体が透け、空と混ざり、指先から波紋のように溶けていく。
現実でも、壁も床も天井も、そして自分も、同じように曖昧になった。
「ボク」という感覚は消えた。
名前も、一人称も、感情も、思考も、すべて溶けていった。
存在しているのかどうかも疑わない。
ただ身体が動き、パンを口に運び、呼吸は反射し続けるだけ。
第六章:消滅
呼吸の感覚も、鼓動も、意識も、すべて消えかけていた。
壁も天井も床も、白一色。
区別はなく、時間も空間も消えた。
夢と現実は溶け合い、すべては「今」という無限だけになった。
パンを受け取り、噛み、飲み込む。
それだけが残った。
味も意味も、意識もない。
身体だけが動く。
自分という存在も、名前も、記憶も、感情も、すべて溶けて消えた。
最後に意識は消え、声も音も、空間も時間も、すべて霧散した。
残るのは――白と静寂だけ。
存在していたものは、もうどこにもいない。
終わりも、始まりもない。
ただ、消滅の後に広がる無。