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幣原が、このエリアゼロでの演説を許諾したのは、度重なる倉敷からの説得に心折れたのと、彼の先見の明に運命を預けるといった、一種の陶酔欲求に支配されてしまったことが大きかった。以前、幣原の自宅を訪れた際に倉敷は言った。
「幣原さん。いずれ槇村総理から連絡が来るでしょう。防衛大臣起用にあなたを利用しようとしているのは明白です。ただの人気取りで、保身の為に他人を利用する…そんな彼の策略になど、決してはまらないで下さい。それよりも、私達と共にこの国を再建していこうではありませんか!この国は腐っている!」
幣原には、現内閣の官房長官である倉敷が、何故槇村の批判を始めたのかを知る術はなく、目の前にいる彼の表情や仕草で、その理由を読み解く以外に方法はなかった。
新聞やテレビの情報はあてにしない。それが幣原の信条でもあった。
「君は…?」
「はい」
「仮にも内閣の人間だろう? 何故総理を支えないんだ?」
「…」
「何故だね?君は裏切り者なんだぞ?」
「…」
「君は、いずれ私にも、同じ事をするんじゃないのか?」
幣原は、皮肉な笑みを浮かべた。
所詮は棚ぼた内閣なのだ。
槇村の政治家としての寿命も、残り少ない事くらいは、幣原には察しがついていた。
倉敷は、しばらくしてから言った。
その言葉に、幣原は驚愕した。
「私は、東京ジェノサイドを起こした人間を知っています…」
東京ジェノサイドは、当時の桂木内閣が密かに行った、兵器実験の失敗だと倉敷は語った。
人間のみを瞬時に消滅させる兵器は、衛星おおすみから採取した御来屋岩の磁波と、人のDNA内の塩基ーA・T・O・C以外に存在が発見された、第5の塩基Qとの融合反応による結果であり、それは国内の研究者からは『生命自浄能力』と呼ばれているとも述べた。
核に代わる兵器の開発は、戦後の日本の悲願でもあり、その存在は最重要機密事項とされた。
ところが、近年その情報が国内外に漏れ始めていた。
危機を察知した桂木内閣が、未完成のままで実証実験を行った結果が東京ジェノサイドであり、その事実を利用して日米安保条約の再構築を推奨しようとしているのが槇村であると、倉敷は切々と訴えた。
そして言い放った。
「幣原さん、いつまでこの国は属国なんでしょうか?私と、私達とこの国を再建して下さい!」
幣原は迷った挙句、数日後に倉敷に電話を入れた。
倉敷の興奮している声が、受話器越しからも伝わっていた。
「ありがとうございます!」
「で、どうするね?」
「まずは総理に連絡をして下さい。倉敷が不穏な動きをしているとでも言って貰えませんか?」
「そんな事をしてどうなるんだ?」
「疑心暗鬼となっている総理なら、きっと守りを固め始めるでしょう。その時に世論に訴えかけるんです!」
こんな男もいたものかと、幣原は感慨深く電話を切った。
そして今、壇上に上がって演説をしているこの光景に身震いした。
自然と涙が溢れている。
幣原は震える声で群衆に語りかけた。
「皆に問いたい…成熟した我が国民に問いたい!現代の亡霊となった我らが自衛隊を不憫に思うのは罪か!? 国家が国家としての証を立てる事も罪か!?日本国なら日本人ファーストであるべきだ!この国を、海外政権の実験場にしたのは誰だ!?移民…移民ダメでしょう皆さん!?みんながみんなダメだと言うつもりはない!しかしだ!受け入れ体制が甘すぎる!これでは、東京テロみたいな事案が再び発生するんですよ!日本の警察は、真面目にやっておられるが、そこにしっかりと予算を付けなくてはいけないんです!槇村総理は何をしている!?何故まだ横浜に引っ込んでいられるのだ…ここは東京区などでは無い!東京23区だ!エリアゼロなどでは無い!決してエリアゼロでは無い!!日本国の首都、東京だ!」