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――白の希望、傷だらけの光
三日目の朝。館の鐘が鳴ると同時に、少女たちは中央ホールに集まった。
この館での生活も三日目に入り、どこか空気が柔らかくなっている。
昨日までの不安や緊張は、互いの言葉と涙の共有によって、少しずつ薄れていた。
「本日は、“白”の記憶の日です」
執事の青年が、変わらぬ穏やかさで告げる。
白のドレスを着た少女――**初兎(しょう)**の表情が、ぴくりと硬くなった。
「……ウチ、か」
「準備はよろしいですか?」
青年が問うと、初兎はわざとらしく鼻を鳴らした。
「なんやの、もう。こうなったら見せたるわ。全部な」
その言葉とは裏腹に、彼女の握る拳は微かに震えていた。
「大丈夫だよ、初兎ちゃん」
水のドレスを揺らしながら、ほとけが柔らかく微笑んだ。
それに続いて、りうらが静かに頷く。
「何があっても、私たちは味方だから」
「……ったく、しゃあないなぁ」
初兎は小さく笑い、白の扉へと足を踏み出した。
*
目の前に広がっていたのは、雪に覆われた町並みだった。
薄曇りの空。白い世界に染まった住宅街。
吐く息が白くなるような冷たさが、肌を刺すように伝わってくる。
「さっむ……」
いふが肩をすくめながら呟く。
その隣で、初兎がぽつりと漏らす。
「ここが、ウチの記憶の場所や」
少女たちが立っているのは、古びたアパートの前だった。
二階建て、木造の団地。玄関のガラスは割れており、壁には落書きが残っている。
「……ここに、住んでたん?」
ないこが遠慮がちに尋ねる。
初兎は笑わずに頷いた。
「せや。おとんとおかんと、ウチと弟の四人暮らし。
でもな、あんまり“家族”って感じやなかったで」
記憶の風景の中に、小学生くらいの初兎が現れる。
白いセーター、分厚いスカート、傷だらけの膝。
ひとり、アパートの前で立ち尽くしている。
その目はどこか、今の彼女と似ていた。
強がっていて、でも孤独で、寂しそうで――。
「ウチな、あんとき……毎日、帰ってくんのが嫌やった」
風景が揺れ、アパートの中が現れる。
汚れた室内。空き缶やビニール袋が転がる居間。
男の怒鳴り声と、女の泣き叫ぶ声が響く。
そして――押し入れの中に、膝を抱えてうずくまる初兎の姿。
「……やめて、やめてってば……」
ほとけが小さく呟く。
ないこは手を口に当て、顔を歪める。
「ウチは、ずっとこうやってやり過ごしてた。
おとんとおかんが怒鳴りあって、手ぇ出して……弟が泣いて、ウチも泣いて。
けど、誰も助けてくれへんかった。先生も、近所の人も、見て見ぬふりや」
記憶の中で、初兎は泣きながら壁に頭をつけている。
『誰か、ウチを見てよ……! ウチのこと、ちゃんと見てよ……!』
そして、風景は再び変わる。
今度は、中学の制服姿の初兎が、雪の中をひとりで歩いていた。
両親は離婚し、弟とは離れ離れになり、親戚にも見放された。
それでも彼女は、泣かずに前を向いていた。
「……ウチな、思ってん。
誰も信じへんでも、自分だけは、ウチの味方でおらなあかんって」
彼女は、白い雪の中で、ひとり立っていた。
凍てつく風の中、背筋を伸ばして。
「“強くなれ、初兎”。
そればっかり言い聞かせて、笑ってたんや。……でもな、ほんまは」
ふっと、声が震える。
「ほんまは……ずっと泣きたかった。寂しいって、誰かに言いたかった……」
その瞬間――雪の景色は吹き飛び、少女たちはホールへと戻ってきた。
*
しばらく、誰も何も言えなかった。
ただ、静かに初兎を見つめていた。
「初兎ちゃん……」
ないこが、泣きそうな声で彼女の名を呼んだ。
しかし初兎は、どこか突き放すように笑った。
「……ほら、引いたやろ。ウチ、ガサツで、怒りっぽくて、下品で……
育ちが悪いって思われてもしゃあないくらいやしな」
「引くわけないやろ」
それを遮ったのは、悠だった。
黒のドレスを纏い、普段あまり言葉を発さない彼女が、はっきりとした声で言う。
「どんな過去があっても、初兎は初兎や。ウチは好きやで、そのまんま」
「悠……」
初兎の声が震える。
すると、いふも口を開いた。
「ほんまやで。あんたが強がるのも、泣きたなるのも、どっちもウチらの大事な仲間や」
「……ウチ、ずっと、誰にも言われへんかった。
“弱いまんまの自分”を見せるのが、怖かったんや」
その言葉と同時に、初兎の目から、涙がこぼれ落ちた。
誰かの前で泣くのは、いつぶりだっただろう。
少女たちは、ただ静かに、彼女の涙を見守っていた。
*
その夜。
少女たちは赤の間に集まり、りうらが温かい紅茶を淹れてくれた。
「誰かに言えるって、すごいことだね」
ほとけが呟く。
「せやな。誰にも言えんまんま死ぬより、ずっとええ」
いふが笑いながら続ける。
「おおきにな、みんな……」
初兎は、まだ少し涙の跡を残した顔で、そう言った。
「ウチ、ここに来てよかったわ。みんなと会えて……ホンマに」
少女たちは、頷き合いながらカップを合わせた。
赤、桃、水、白、青、そして黒。
それぞれが背負う痛みと真実が、少しずつ交差していく。
だが――その優しい時間の奥で、黒のドレスの少女だけが、窓の外をじっと見つめていた。
「……ウチの番が来たとき、あんたら、どうするんやろな」
その声は誰にも届かず、夜の館に静かに溶けていった。
コメント
4件
自待 担っ 弱て い好 のき 最🥹 高💞 な ん だ が
しろちゃああん... なんか黒ちゃん闇があるね(?)