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――桃の癒し、偽りの笑顔
館の朝。
天窓から差し込む陽光が、六色のドレスをふわりと照らしていた。
少女たちは今日も中央ホールに集まっていた。
初兎の記憶に触れた昨日から、誰もが少しずつ変わっていた。
寄り添い合う距離感、言葉の重み、沈黙のやさしさ――
まるで、ゆっくりと“家族”になっていくようだった。
「本日は、桃の間にご案内いたします」
青年の穏やかな声が響いた。
ふと、皆の視線が一斉に、ないこへと集まる。
桃色のドレスに身を包んだ彼女は、ふわりと笑って頷いた。
「ふふっ、じゃあ、ないこの出番だね」
その笑顔は、いつものように明るくてやさしい。
でも、初兎は眉をひそめた。
「……その笑い方、なんやろ。ちょっと、怖いわ」
「え、こわい〜? ないこ、可愛い系なのに〜?」
「そういうとこや。無理してへんか?」
いふが口を挟むと、ないこは一瞬だけ目を伏せた。
「……行ってきます」
そう言って彼女は、扉の前に立った。
*
扉の向こうに広がっていたのは、おしゃれな街の風景だった。
高層ビルが並び、ブランド店やカフェが軒を連ねる都会の街並み。
街頭には大きな広告が流れ、制服姿の学生たちが行き交っている。
「え、なんか今までと全然ちがう」
初兎がぽつりと呟いた。
確かに、雪の町や教会、古びた団地とはまるで違う、華やかさが漂っていた。
だが。
「……あれが、ウチ?」
いふが指差した先には、中学生くらいのないこがいた。
綺麗な制服、整えられた髪、ブランドもののリュック。
その姿はまるで、誰もが羨む“理想の女の子”だった。
「……なんか、モデルさんみたいやな」
「人気者やったん?」
初兎が問いかけると、現在のないこが小さく笑った。
「うん。あの頃の“ないこ”は、いつも人気者だったよ」
記憶が進む。
ないこはクラスの中心にいた。
男女問わず誰にでも好かれ、先生にも可愛がられ、SNSでは“天使”と呼ばれていた。
『ないこちゃん、すごいね』『かわいい〜』『何食べてるの?』
スマホの画面には無数の「♡」が並んでいた。
「でもね」
ないこは笑顔のまま、語る。
「全部、演技だったんだ」
一瞬、時が止まったような感覚に包まれた。
「……え?」
りうらが呟く。
「ないこって、ずっと笑ってるじゃん? 優しくて、明るくて、誰にも嫌われないでしょ。
でもそれ、本当の私じゃないの。私がそう“演じてた”だけ」
場面は夜の自室に切り替わる。
白いベッド、整った勉強机、香水の並んだ棚――
その中心で、ないこがひとりスマホを握りしめていた。
『ないこって、調子乗ってない?』『あの笑い方、うざくない?』『リア充すぎて無理』
画面に流れるのは、匿名の書き込みだった。
「ウチな、あのころ、ずっと思ってた。
“完璧じゃないと、誰にも好かれない”って」
ないこの声が震えていた。
「間違えるのが怖かった。
一度でも変なこと言ったら、バカにされて、置いてかれて、
“あの子、思ってたより普通だね”って言われるのが……何より怖かった」
画面のないこが、ふっと笑う。
『わかる〜、マジで最高だった〜♡』
それはどこまでも“作られた笑顔”だった。
「ないこちゃん……」
ほとけがそっとつぶやく。
「私、本当はもっと無愛想で、声も低くて、趣味もオタクっぽいし、
休みの日なんてずっとアニメ観てた。
でも、それを見せたら、誰にも見てもらえない気がして――」
そこで、ないこは言葉を切る。
「だから、私は“誰かに好かれる自分”しか見せなかった。
でもね、気づいたら、どれが“本当の私”なのか分からなくなってた」
画面の中のないこが、鏡に向かって囁く。
『ないこちゃん、今日もかわいいね。……ウソだよ』
その瞬間、景色が揺れ、少女たちはホールへと戻された。
*
沈黙が流れる。
ないこは、静かに笑っていた。
「……ほらね。つまんないでしょ、こんなの。
“家庭が複雑でした”とか、“貧乏でした”とか、そういう話じゃないの。
ただ私が、見栄っ張りなだけ」
その言葉に、初兎がゆっくり近づいた。
「なぁ、ないこ」
「うん?」
「今のあんたが、ほんまの“ないこ”やで。泣きそうで、強がってて、それでもちゃんと自分で立っとる。
ウチはそんなあんた、めっちゃええと思う」
「初兎ちゃん……」
ほとけが、手を差し出す。
「見せてくれてありがとう。演じてることも、本当の自分が分からなくなったことも……ぜんぶ、勇気がいることだよ」
りうらも、小さく頷く。
「完璧じゃないってことを、わたしたちはちゃんと知ってる。
でも、それを受け入れるって決めたの。私たちは“仲間”だから」
そしていふが、ぽんとないこの頭を撫でた。
「せや、あんたはもう、ひとりちゃうねんで」
「みんな……」
ないこは、ふわりと涙をこぼした。
その涙は、まるで桃色の花びらのようにやさしく、胸を打った。
*
その夜、少女たちはホールで小さなピクニックをした。
キッチンで焼いたパンと紅茶、キャンドルの火。
まるで、遠い昔に忘れた“放課後”が、ここに戻ってきたかのようだった。
「やっぱないこは、なんやかんやでええ子やな」
「も〜いふちゃん、それ褒めてるの? ディスってるの?」
「どっちでもええやん。ウチら、もう家族みたいなもんやろ」
少女たちの笑い声が、館の廊下を包み込んでいく。
そして、その夜の終わり。
黒のドレスの少女――悠が、月明かりの中で独り言を呟いた。
「……やっぱり、あんたたちと出会わなきゃよかった」
その瞳に浮かぶのは、涙か、怒りか、それとも――
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言毎 う回 か黒 らち どゃ きん どが き意 で味 す深 わな よセ んリ !フ
なんか感動...