グリーングリーンズの丘の上。
そこに座り込み、話をしている二人がいた。
「――でね、そこでデデデが…」
片方はピンク色のボールのような姿の若者で、彼自身の思い出をもう一人に語っている。
「うん、うん…わあ、すごいねぇ!」
片方は空色のネズミのような生物で、目をきらきらと輝かせて若者の話を聞いている。
「やっぱり、カービィの話はおもしろいなぁ…本当に、いろんな経験があるんだね!それに、いい思い出みたい。話してるカービィも、すごく楽しそうだよ」
「えへへ、そうかな…もしかしたら、エフィリンがよく話を聞いてくれるからかもね。」
優しさと友情に満ちあふれた空間が、そこにはあった。穏やかな春風が、二人の上を吹き抜けていく。
「…いつかぼくも、いろんなところを冒険してみたいなぁ。新世界はもちろんだけど、カービィたちのいる、この世界とかをもっと…こうやって話を聞いて想像するのじゃなくて、自分の目で見てみたいんだ」
「………」
無邪気な言葉を、若者――カービィは噛み締めるようにして脳内で繰り返した。
旅をして、自分の目でいろんな世界を見たい。
それははるか昔、この星に降り立つよりも前の時期に、彼自身も抱いていた思いだった。
(…旅、か)
楽しい。
寂しい。
嬉しい。
辛い。
たくさんの思い出。
次はどこへ行こうか。
「――旅人様だ!」
「――ありがとうございます!」
「――さすが英雄様!」
(違う…)
「俺様が勝つまで逃げんじゃねえぞ!」
「そなたの強さを、もっと知りたい…」
「ぼく、いつかみんなを守れるくらいに強くなりたい…!」
「困ったときはいつでもオレを頼れよ!」
「ぼくも、少しは力になれるはずだよぉ~!」
「…オレも、きっとお前を助けるからな。」
「…お前といると、なんか変な感じなのサ…まあ、悪くはないけど…」
「カービィ、いつもありがとぉ!」
「カーくんといると、アイデアが湧いてくるんだ!」
「……その…ずっと、大好きです…!」
「…………信頼は、している」
「なんやかんや言って、いつも助けられてばかりだな。…なに、借りはいつか返すさ」
「ずーっと、ボクのベストフレンズでイテネ!」
「…ありがとう、なのね。」
「ありがとう、カービィ…ふふ、あの方の分まで、言っておきますわね…」
「…本当に、感謝しています。」
「色々あったけど、ありがとな!」
「…感謝する」
この星に住むようになって、たくさんのひとと出会った。
同じ数、事件に巻き込まれたりもしたけど。
それはとても幸せで、だけど辛くもあった。
楽しい日々から、離れたくない。
その思考は、見えない糸となってぼくの足を縛りつけていた。
…それなら――
「おーい、二人とも!」
遠くに見えた影に叫んで走り出す。こちらに気づいた二つの影は、跳ねながら、あるいは羽ばたいて近づいてきた。
「すまねえな、急に来てもらって…」
「いいよぉ、別に!」
「俺はいつでも大丈夫だからな。」
「そっか、クーはまだフリーなんだったっけ?」
「笑いながら言うなこのリア獣!」
未だパートナーのできない(あくまでも本人は作らないだけと言い張っているが)クーに怒鳴られながら、俺たちはどこか居心地の良さを感じていた。
あの事件があるまで、他人同士だった俺たち。そんな俺たちを結びつけてくれたのは、紛れもなくあいつだった。
「で…本題は?」
「ああ、そうだったな。
…この前、あいつがここに来てさ。別に珍しいことじゃあないんだけど、ちょっと変な気がして…」
「カービィが、変…?」
「その時、何を話したんだ?」
「や、大したことじゃないんだ。『これからも、虹のしずくをよろしくね』って、それだけ…」
あの事件以来、俺たちは時折、虹のしずくを見守るようになった。流石に四六時中という訳にはいかなかったが、虹のしずくがある七カ所を、暇なときに様子を見る程度のことをしていたのだ。
「でも確かに、そんなことを改まって言われると、怪しくは思うよな…」
クーがつぶやく。俺たちがしずくを見張っていることは、もちろんカービィも知っているからだ。ただでさえ呑気な奴らの集まりみたいな星にいる奴の中でも抜きん出て呑気な奴が、そんなことを気にするとは思えない。
「また何かが起こる…ってことかなぁ?」
「おいおい、それってダークマターみたいな奴が襲ってくるかもってことか!?」
「落ち着けリック。そもそも、この話はまだ予測でしかないんだ。カービィが何か感じとったかもしれないって言うのも、俺たちが勝手に言ってることだ」
「そ、そっか…にしても、不安なのは不安だしよ…」
あの時カービィと話してから、胸が無性にぞわぞわする。大きな事件が起こる前触れとはまた違った感じで、でも自分にとっては良くないことが起こりそうな気がするのだ。こんなことは初めてで、お付き合い中のピックにも何度も心配された。目に見えて動揺しているのだろうか。…長い間一緒にいるから、とかクーの前で言ったら今度こそ許されないだろうけど。
「…そうかなぁ。ぼくは、そこまで不安じゃないよぉ。」
「え?た、確かにまだ憶測ではあるけどよ…」
「むしろ、良いことな気がするなぁ。ぼくたちにとって、ってより、カービィにとってだけど」
「……?」
カインの言っている意味は、よく分からなかった。でも、その言葉は間違ってはいない気がした。
「きっと、ぼくたちの春が終わろうとしてるんだろうねぇ…」
呑気につぶやいたカインの声が、俺の中に虚しく響いた。
見送りの影がだんだん見えなくなっていく。後ろ向きで歩を進めるたび、少しずつ寂しさがこみ上げてきた。前は見送る立場だったけど、今度はわたしが見送られる立場なのだ。そう思うと、余計に懐かしい。
(…もう振り返っちゃ駄目。ここを離れるって決めたのは、わたしだもん)
夕日の照る背景に背を向ける。目の前を歩くのは、わたしの大好きな友人。旅には少なすぎる荷物を背負って、少しも止まらずに歩いていく。
「アドレーヌさん…」
「ん?」
微塵も寂しそうな顔をしていない彼女が足を止めて振り返る。
「その…寂しくないんですか?」
「…そうだね。またいつか会えるかもって思ってるから、あんまり寂しくないよ」
「……」
また会える。その確信が――いや、思い込みが、わたしにはまだできない。“また”がいつになるのか、分からないから。
今回が一桁の年月で済んだからいいけど、次もそうなるとは限らない。もしかしたら、これが最後になるかもしれない。そう考えてしまう。
「…アドレーヌさんは、こわくないんですか?」
「…なにが?」
「…自分だけが、置いていかれること。あるいは、置いていってしまうこと 」
「それ、は」
その可能性は、ある。少なくとも、わたしとアドレーヌさんとの間には。…それに、考えたくはないが、死別という線だってある。今この瞬間に、その運命が降りかかってきてもおかしくはないのだ。
「…うん。こわいよ。こわくないわけ、ない。」
「じゃあ…」
「でも、それも全部分かってる。分かってるから、余計に大事にしたいの」
はっとした。答えたアドレーヌさんは、強い顔をしていた。覚悟とはまた違う顔。わたしにはまだできない顔だ。
「旅なんてそんなもんだよ。出会いもあれば別れもある――ベタな言葉だけどね。それを全部受け入れていかないと、この世界では生きていけないよ」
「…」
旅への渇望を抱えて生きるひとの言葉は、独特な重みを含んでいて、わたしには抱えられないように感じた。それと同時に、不思議な懐かしさがあるようでもあった。
(あの時の…あのひとと、同じ…)
顔が浮かぶ。いつも隣にいてくれた彼が、その時だけはすごく遠くにいるみたいだった。
「…どうする?今回は少し遠くまで行きたいんだけど、その前に、リップルスター寄っとく?」
アドレーヌさんが問う。こちらへの些細な気づかいを忘れない確かな優しさに、やっぱりこの人と出会えて良かったと思う。
「……大丈夫です。今度こそ、アドレーヌさんについて行けなくなっちゃいますから。…それに――
……こうした方が、あの人に会えるような気がするので」
「…そっか」
それだけで理解してもらえたのか、アドレーヌさんは前に向き直ると再び歩を進めはじめた。ここから先、二人で進んでいく旅路は、きっと明るい。
少し前に受けたたくさんの祝福を胸に、春風のような彼にそっと思いを馳せた。
昼下がりの喧噪の中でいくつかの影に手を振ると、わにゃわにゃとした話し声がだんだんと遠ざかっていった。そのままの足で通い慣れた家の裏に向かう。
(やっぱり、カービィがいないと寂しいなぁ…)
グリーングリーンズの丘で話してから――とは言っても数週間ほどしか経っていないが――会いに行っていないし、カービィ自身も今は新世界に滞在していないから、あの賑やかで暖かい声が聞こえない日常は寂しく感じられる。それでも、いつも隣にいてくれた彼がいない感じは、ぼくに少し嫌な思い出を想起させてしまった。
(別に悪気が…というより、本人がやりたくてやったわけじゃないんだけどなぁ…)
友人である巨漢の姿を思い出し苦笑する。彼も根は優しいと分かっているから、もう今は怖いとは思っていない。少し不器用な部分こそあれど、それも彼の個性だから。
「ふう、よっこいしょ …」
裏庭にある池は、小さな釣り堀になっている。周りに置かれたアウトドア用の椅子に腰掛け、隣に設置してある釣り竿を手に取った。ウキを投げ、糸を垂らすと、波紋が広がる音がうっすらと聞こえる。時折風が木々を揺らし、葉がこすり合わされる音がザワザワと広がっていく。まるでこの釣り堀の波紋みたいだ。
「…あっ、きたきた!」
気持ちのよい風に吹かれ続けているうちにいつの間にかうつらうつらしていたが、手先が微弱な揺れを感じとったことで眠気が覚めた。
ぐっと力を入れて引き上げようとするが、そう上手くはいかない。水の中で左右に暴れ回る魚影に合わせて体を傾けるのが精一杯だ。軽々と引き上げていたカー ビィがすごかったのだろうか。
「…うわあっ!」
とうとうバランスを崩してしまった。すぐに釣り竿から手を離そうとしたが、それよりも先に、ぼくの体は水の中へと引きずり込まれそうになる。
「だ、だれか…!」
助けて、の声が出る前に、体にがくんとした衝撃が伝わった。
(………あ、れ…?苦しく、ない…?)
おそるおそる、恐怖で思わず閉じてしまっていた目を開けてみると、ぼくの体は水面ギリギリで止まっていて、釣り竿はすでに水の中へと沈んでしまっていた。そして、胴に何かが巻き付けられている感触がある。
「…だいじょうぶ~?」
頑張って陸地の方を向くと、藍色の生物が逆さに映って見えた。
「あ、りがとう…?」
「どういたしまして~」
引き上げられてからお礼を言ったが、それにしても不思議な感じだ。なんて言うか、カービィに似た雰囲気で、ものすごくのんびりとしていて、たぶん初対面のはずなのに、見ていると落ち着くような…
「キミは…?」
「ボク?えーっと…グーイ!」
「グーイ…あ、ぼくはエフィリンだよ。」
「エフィリン、よろしく~!」
焦点の合わない目を追っていると、こちらが目を回しそうだ。それにしても、こんな子は見たことが無い。どこかから迷いこんできたのだろうか。もしそうだとしたら、またどこかに穴が開いている可能性がある。あとで探しに行かないと…
「ねえ、エフィリン…」
「どうしたの?」
「なんか、キミといると落ち着くなぁ。ちょっとだけ、カービィみたいだからかなぁ?」
「……えっ?グーイも、カービィと友達なの!?」
つい勢いよく飛びついてしまったせいか、グーイは一層目を回した。
「う、うん…
…そっかぁ。見たことある家があるなあって思ったら、やっぱりここはカービィの家だったんだ」
「ぼくもこの前、プププランドにあるカービィの家に遊びに行ったけど、すっごく似てたよね!」
カービィの家の話題を皮切りに、ぼくとグーイの話は長く続いた。それぞれの冒険のことや、たくさんの思い出、面白かったこと、大変だったこと、色々と。
「――でね、それで…って、あれ?もう夕方だ」
「たくさんお話ししてたら、すぐに時間が経っちゃったねぇ!」
どうやらグーイと話しているうちに、日が暮れてしまっていたようだ。町の人通りもかなり少なくなって、家の煙突から煙が上りはじめていた。
「…どうする?向こうに送っていこうか?」
「うーん…しばらくここに居ようかなぁ。明日は、いろいろ見て回りたいなぁ」
「そっか。じゃあ、うちに泊まっていく?」
「いいの?ありがとぉ!」
返事に笑顔を返して、ぼくたちはそのままカービィの家に入った。ここはカービィの家ではあるけれど、ぼくも一緒に住んでいる場所だ。本人からも、自分が居ないときは好きに使って大丈夫だと聞いてある。
「そういえば、グーイはどうしてここに来たの?」
「んー?えっと…よく分かんないけど、お昼寝してたら急に体がふわってなった気がしたなぁ 」
「そっか…」
やっぱり、また穴が開きはじめたのだろうか。偶然こっちに繋がっていたのは、かなりラッキーだったと思う。ぼくもこうして、この状況を知ることができたから。
「ねえ、エフィリン」
「…どうしたの?」
「エフィリンは、前にカービィと会ったのって、いつ?」
「前に会ったとき?うーん…何週間か前だったかな。それがどうしたの?」
「そっか。じゃあ、これも知らない、のかな」
「え…?な、なに?」
「……実はね…」
間を開ける。緊張感が流れる。なんとなく、嫌な予感がする。
「――カービィが、いなくなっちゃった」
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