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新幹線は無事に駅に着いた。

悠里は七海に言う。


「私が呑みましょうと誘ったんですから、代行代払いますよ」


「社長におごる秘書、おかしいだろう?

ああでも、代行の距離が伸びないよう、うちに車置いて、泊まってってください、とかはアリだぞ」


……いや、ナシですよ、と思いながら、代行を呼んだ。



そのあと、家まで代行の車で送ってもらった。

降り際、七海が言う。


「今度は逆向きの新幹線に乗って帰ろう」


いや、なに言ってんですか、と悠里は苦笑いする。

頭を下げ、去りゆく車を見送っていると、闇夜に白い猫が浮いていた。


いや、白い猫を抱いた大家が立っていた。


大家、北原も顔が白いので、正確には、闇夜に白い猫とやたら整った男の顔と、白い手が浮いていた。


マジックか、と思いながら、

「こんばんは」

と悠里が頭を下げると、


「こんばんは。

今の七海くん?」

と北原は訊いてくる。


「そうです」

と言いながら、


そうだよなー。

大家さんにとっては、上役でもなんでもない。


自分より年下の若造だから、『七海くん』だよね、

と思う。


「二人で何処か行ってたの?」

「ちょっと博覧会に視察に行ってきました」


「楽しそうだね。

いいね、博覧会」


「あ、写真とか撮ってきたので、ご覧になりますか?」


北原も博覧会に行ってみたいのなら、参考になるかとスマホの写真を見せてみた。


「へえ、楽しそうだね。

食の博覧会だったの?」

と笑顔で言われる。


スマホを持つ手を猫に舐められながら、

……いえ、と悠里は苦笑いする。


そういえば、食べ物しか撮っていない……。


鶏、酒、ふぐ、抹茶、だんご。


……社長すら写っていない。


なにかの証拠を隠滅しようとしているかのように。

七海がそこに存在している痕跡すらなかった。


そのとき、画面にメッセージが入ってきた。

七海が写真を送ってきたのだ。


それは、ライトアップされた薔薇のアーチの前で、二人で撮った写真だった。


並んで、これを撮ったせいで、電車も新幹線もなにもかもがギリギリになってしまったのだ。

ちなみに、やっぱり撮りたいと言ったのは、もちろん、七海の方だった。


ようやく花の写真が手に入ったことを喜び、悠里はその写真を北原に見せる。


「ほら、見てくださいっ。

花の博覧会だったんですよっ」


だが、北原は、

「そう」

と言って、吹き出した。


その写真を見て、普通、目に入るのは、まず、花より七海の方だろう。

だが、まるでラブラブカップルが撮ったかのような薔薇のアーチの前の二人の写真が。


悠里の目には、ただ花が写っている写真にしか見えていなかった。

なので、恥ずかしげもなく、北原に二人で写っている写真を突き出して見せてしまったのだ。


「……綺麗だね、花」

と言って、北原はまた笑う。


またザリザリと猫に手を舐められながら、悠里は、

いや、ほんとに、花の博覧会だったんですよ。


綺麗だったですよ……。


何故か花の写真、一枚も撮ってませんでしたけどね……、

と思っていた。




「博覧会では、珍しいものを見たぞ」


月曜日。

社長室に悠里と後藤しかいないときに、七海が言った。


「金の延べ棒とかですか?」

と後藤が言う。


「いや、なんでだ……」

「地方にありそうじゃないですか」


どんな偏見だ、と思いながら、悠里は聞いていた。


「花の博覧会だぞ」

「じゃあ、金でできた花があったとか」


後藤さん、金から離れてください。


今、高いからですか、金……。


「しゃきしゃき動くこいつを初めて見たよ。

あいつくらい動いてた。


吉崎さんの仕事ぶりを飛び越えて。

ほら、二日くらい繋ぎで来てた、こいつと同じ派遣会社の若い男」


「ああ、鞠宮ですか」

「あのくらいやり手だった、博覧会では」


まだ新人なのにやり手と噂の鞠宮さんくらいシャキシャキしてると言われたのは嬉しいが。


それが博覧会限定と言われては、ちょっと、もやっとするではないですか……。


「ともかく、よく気がついて動くんだ。

こいつ、食べ物が絡むとすごいぞ」


「じゃあ、いつも顔の前に人参をぶら下げておけばよいのでは?」

と後藤が言う。


いや、馬か。


「ところで、社長。

行かれたのは、花の博覧会でしたよね?」

と北原につづき、後藤にまで確認されてしまった。



「お疲れ様です」

「お疲れ」


悠里が自動販売機の前に行くと、今日は先に後藤がいた。


二人とも挨拶もそこそこに視線をさまよわせる。

猫を探しているのだ。


「いませんね」

「いないな」


ガシャンと後藤は珈琲を買った。


ふと気づき、

「そういえば、珈琲、秘書室にもありますよね」

と呟いてみる。


後藤は無言だった。


彼はこの自動販売機に来ることで、珈琲ではなく。

仕事中に猫を見る権利を買っているのだろう。


猫が現れそうな隅の方を窺いながら、後藤が訊いてくる。


「お前たちの派遣会社には受け継がれている秘密の道具でもあるのか」

「秘密の道具?」


「ここの猫はすぐには懐かない。

俺も懐かせるのに時間がかかった。


なのに、吉崎さんといい、お前といい、すぐに猫が懐いているが。

猫を懐かせる秘密道具か、コツでもあるのか?」


いや、ないですけど……。


悠里は腕組みして考え、後藤を眺める。


あの猫すぐ懐いてきたから、後藤さん自身に問題があるのでは?

と思ったのだ。


「猫と上手く行くコツですか……。


そうですね。

睨まないことですかね?」


「……誰を見ながら言っている」


幾ら俺でも猫は睨まない、と言うが。


いやいや、鋭い目で見てそうですよ、と悠里は思う。


「猫には気のない素振りをしたらいいと言いますよ。

そしたら、向こうから寄ってくるそうです。


わあ、可愛い、と思っても、ツンとしてみてはどうですか?」


「ツンとした応対するのは、猫の特権では?」


人間がやるのか、と言われる。

そこで、悠里は、なんの気なしに訊いてみた。


「後藤さんって、女性もそういうタイプがお好みなんですか?」


「……別にどうでもいいだろ」


つっけんどんではあるが。

最初のころに比べて、ずいぶん口調が砕けてきた気がする。


「あ、そうだ。

やっぱり、今度大家さんとみんなで呑みませんか?」

と言ってみた。


「俺は社内の連中とは社外では付き合わない」

「大家さん、猫飼ってますよ」


「……行こうか」


「あれですか?

後藤さん、社外では人格が豹変するとか?」

と言いながら、悠里は炭酸飲料を買う。


「どんなんだ、人格が豹変って」


「どんなって……。


えーと。

ちょっと待ってください。


今から考えますから」


そんなことを言いながら、今日は猫が現れなかったので、二人歩いて社屋に戻る。




「吉崎さんはいい人だった。

猫好きはみな、いい人だ」


「じゃあ、私もいい人ですか、後藤さん」


七海は、そんなことを言いながら歩いている悠里と後藤の姿を見た。


小会議室の中から、じっと見つめる。

二人仲良く自動販売機に行ってきたらしく、手に飲み物を持っていた。


おのれっ、店子めっ、と七海は、後藤ではなく、悠里を呪った。


――店子っ。

後藤じゃなく、俺を誘えっ。


っていうか、今、下から戻ってきたろ。

何故、この階の自動販売機でなく、下まで行ってきた?


っていうか、後藤は珈琲じゃないか。

秘書室にあるだろっ、珈琲っ。


さては、自動販売機に行った目的は、飲み物じゃないな?


そこだけは、たまたま、当たっていた。


おのれっ。

さては、二人仲良く話す時間を作るためだなっ。


店子め~っ、と七海は物陰から二人を見つめていた。




おかえりを更新します ~俺様社長と派遣秘書~

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