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「この間、お前と後藤が仲良く社内を歩いているのを見て、イラッと来た。

俺はもう、恋に落ちてるんじゃないかと思う」


結局、北原の家で開催されることになった呑み会の席で、七海がそんなことを言い出した。


「もうですか。

早いですね」

と悠里は言う。


「いや、どんな感想だ……」


それが告白された女の言葉か? と言われたが、この社長に会って一ヶ月足らず。


恋に落ちたと言われても。


この私にですか?

と疑問しか湧いて来ず、なにも信じられない。


そして、北原の横のクッションに座る後藤が、


私を巻き込まないでください……、

という視線を七海に向けていた。


「お前のなにかが気になるんだ」

と七海が悠里に言う。


「なにかって、なんですか?」

「追求厳しいな……」


「信じがたいからですよ」


七海は腕を組み、唸ったあとで、

「なにかこう、ふわっとしたものだ」

と両手をふわっとさせていた。


「そういうのが恋ってものじゃないのか?」

と言ったあとで、


「……なにこの俺に恋を語らせてるんだ。

恐ろしいやつだな」

とちょっとと照れたように言う。


みんなが床に座り、酒をちびちびやりながら、交代で猫を撫でている不思議な呑み会。


猫が後藤の手の甲に背をこすりつけようとして、ごろん、と回転してしまい、自分で驚いたように目を見開く。


みんなが猫に集中していて、静かになっていた中。

あはは、と悠里が笑ったとき、いきなり、七海が悠里の腕をガッとつかんだ。


「おい、店子。

もう一度、笑ってみろ」

と凄まれる。


「えっ?」


「……今みたいに笑え」

と顔を近づけ、脅されて、ほがらかに笑える奴がいたら、見てみたい。


「ずっと、お前のなにかが気になると思っていた。

心地いい声だなとは思っていたんだが」


今、わかった、と腕をつかんだまま、七海は言う。


「心地いいのはお前の笑い声だ。

……いや、なんか嫌な感じも伝わってくる」


私の笑い声で嫌な感じってなんなんですか。


ともかく笑え、と言われて、


「そんなこと言われても、いきなり笑えませんよ。


あっ、そうだ。

なにか愉快な話でもしてみてください」

と言ってみたのだが、


「愉快な話?

俺がか」

と言われてしまう。


「……無茶を言ってすみませんでした」

とそのニコリともせず、自分を見つめる顔を見て謝った。


「……そういえば、俺は今の会社に入って一年は、普通に新人平社員をやりながら、いろんな部署を回っていた。


ジイさんの指示で。


で、頻繁に初めての職場になり、常に緊張していた」


いえ、次期社長のあなたを迎えた部署の人たちの方が緊張していたと思いますが。


しかも、グループ創業者一族の直系の孫。


若造なのに圧がすごい、と悠里は思っていたが。

当時、緊張していたのは、ほんとうらしい。


「先輩が俺の緊張をほぐそうと、いろんな社内の話をしてくれたりするんだが。

緊張でよく聞こえてなくて」


あなたにもそんな可愛らしい時代があったんですね。


って、おそらく、ほんの、三、四年前ですが……。


「『忙しい時期は大変だよ。

机の上に、すごい勢いで、しょうゆが回って来るんだ』

と笑顔で言われたんだ」


「……しょうゆが」


「帰って風呂につかって、ゆっくり考えて気がついた。

たぶん、それは書類だった」


そんなタイムラグが……。


っていうか、まさか、仕事中、ずっとしょうゆのことを考えていたとか……?

と思いながら悠里は言った。


「一瞬、社食にでも配属されたのかなと思いました」


「うちの社食は外部委託だ。

さあ、笑え」


いや、今の流れで!?

ちょっと笑える雰囲気じゃなかったんですけどっ。


この会社に来て、一番の無茶振りですよっ、と悠里は思う。




あの社長が女のために、笑いをとるような真似までしている。

猫に手をザリザリ舐められながら、後藤はそんなことを考えていた。


やたら猫に懐かれるこんな女のために。

生まれついた見た目はそう悪くないのに、なにもいかせていない、こんな女のために。


社長、意外な悪食だな。

女の趣味が悪いとか。


ちょっとワンマンで強引なところもあるが、仕事の上では完璧だと思っていた社長の欠点がこんなところにあったとはっ。


ここはひとつ、俺が社長のために、なんとかしなければ。


誰もが好きになるような。

気立てが良く、美しい女を調達してきたらどうだろう。


いや、そんな女、自分も出会ったことはないのだが。


というか、出会っても、親しくなる勇気もないのだが……。


そんなことを考えている間、七海は北原に悠里と出かけた視察旅行のことを語っていた。


「こいつ、博覧会の会場で、いきなり、


『今、鞄からモチが出てきました。

どうりで重いと思いました』

とか言って、春らしいパステルカラーの可愛い鞄からカビたモチを出してきたんですよ。


そうかと思えば、

『日差しが強いんで、すごく暑いですけど。

パビリオンの中は逆に寒いですよね。


私、ここが冷えると調子が悪くなるんです』

と言いながら、頭のてっぺんを指差すんですよ。


いや、お前、カッパかって話ですよね」


ほんと、奇行が目立ってました、という七海に北原が、


「……奇行が目立ってたのに、どうやって恋に落ちたの」

と苦笑し、悠里が、


「なんで今、私のそんな話をするんですか。

まさか、それで笑えと言うのですか」

と言う。


「俺はお前に笑って欲しいんだ」


七海は聞きようによっては、どきりとするようなことを悠里に言うが。


「お前の笑い声、なんか、もやっとするんだよ。


理由が気になる。

さあ、笑え」

とつづける。


……心配しなくとも、この人に恋をはじめる才能はないかな。


いや、自分もなんだが……。


っていうか、もしかして、ここにいる全員がそうか?

とか考えていたのだが。


てし、と膝の上にふわふわの白猫が手をかけ、まんまるな目で自分を見つめたあと、膝に乗ってきたので。


後藤は、今、悩んでいたすべてを忘れてしまった。




「そういえば、貞弘の家の霊はどうなったんですか」


悠里と七海がキッチンで後片付けをしていると、皿を下げながら、後藤が北原にそんなことを訊いていた。


「う~ん。

どうなってるんだろうね。


僕、最近、あの部屋入ってないから。

悠里ちゃん、どう?」


いやー、とキッチンで皿を拭きながら悠里は苦笑いする。


「私は……」


見えてないんで、と言いかけ、ハッとした。


ヤバイヤバイ。

見えるという設定で、家賃、安くしてもらってるんだった、と気づき言う。


「げ、元気にお過ごしですよ」


横で茶碗を洗いながら、七海が、


いや、何故、霊に敬語。

そして、元気にお過ごしてはないだろうよ、

という顔で見た。


だが、そこで、唐突に七海が言い出す。


「……肝試しでもするか」

「何故ですか……」


「確実に霊のいる場所がそこにあるからだ」


七海は単に、悠里の部屋に入りたかっただけだったが。

悠里はもちろん、そんなことに気づいてもいなかった。




ちょっと失敗したな、と七海は思っていた。


肝試しを口実に悠里の部屋に入れるのはいいことなのだが。

当たり前だが、二人きりではない。


外階段を上がりながら悠里が言う。


「どきどきしますねっ」


いや、待て。

そこはお前の部屋だ。


今、どきどきするのなら、毎日せねばならないだろう、と思ったが。


もしかしたら、霊が見えないことが大家にバレると思って、どきどきしているのかもしれないとも思う。


……それにしては楽しそうなんだが。


「そうだね。

どきどきするね」

と北原も少し真面目な顔で言う。


いや、何故、あなたまでどきどきするのですか……と思ったとき、


「後藤さんって霊見えるんですか?」

と何の気なしにだろうが、悠里が真後ろにいた後藤に訊いた。


「見えるぞ」

と後藤があっさり言い、そうだったのかっ、と悠里と二人、衝撃を受ける。


悠里は、

では、話を合わさなければっ、という顔をし、


七海は、

お前、社長室の隅に実はずっと誰かがいます、とか言い出すなよっ、という顔をした。


「口に出すと、嫌がられるんで、普段は見えていないフリをしています」


そんな後藤の言葉に、七海は震え上がる。


やはり、いるのかっ、うちの会社にもっ。


『実は……』

とか社内で言い出さないように、今すぐこいつをクビにしたいっ、と有能な秘書を見ながら思ってしまった。




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