42
ーーー
平日の10時。いつもだったら学校で授業を受けている時間だが、ここは病室で、担任と友達の姿もあった。
「及川、両親は?」
木村は、いつも変わりない様子でそう問いかけて来た。
「帰ったよ」
僕が返事をする前に、蓮が答えた。
両親は朝早くから来ており、30分ほど前に蓮が来たときに帰ったのだ。
そうは言っても、蓮と一緒に居るのは気が楽だった。
両親は、できる限りいつもと変わらないように接してくれているが、どかこかぎこちないというか。ほんの少しの事にも反応するし、すぐに悲しそうな顔をする。
病気の事もあるが、家で倒れてしまった時、ある種のトラウマを植え付けてしまったようだ。
「どした?」
蓮が僕の顔を覗き込んでいた。
「なんでもない。…というか、動きにくいんだけど」
いつの間にか蓮が僕に抱きついて来ていたようだ。
「いいじゃん。ゆき痩せすぎだよ」
「それ今関係ない」
何日も寝ていたら痩せるのは当然だ。
「佐々木」
「なに?」
木村が蓮を呼んだかと思うと、蓮の腕を掴んだ。
「学校戻るぞ」
「え、嫌だ」
「今戻れば次の授業には間に合う」
「まだ来たばっかだし」
蓮は嫌そうにしていたが、木村とやり取りをしているうちに、押しに負けたのか
「ううっ、ゆき…じゃあね…」
と、わざとらしく泣き真似をしながら木村と病室を後にした。
僕はその2人の姿を見送りながら、木村とほとんど会話をしていない事に気がついた。
木村が僕の病気についてどれほど知っているかは分からないが、知っているというのは確かだろう。
今日は、蓮も木村も病気については何も触れて来なかった。だが、聞かれればもうこれ以上言い逃れはできない。
2人が去り、病室は静寂を取り戻している。
僕はベッドに横になった。
これからどうしようか。
9月に入り、僕の余命も既に3ヶ月を切っている。
死ぬまえにやる事と言えば、親孝行とか、やりたい事をする事だろう。だが、僕にはやりたい事なんかなくて、親孝行も何をすればいいのか分からない。それに、今までと違う態度を取れば更に心配をかけそうだ。
僕はまだ明るい窓の外を見つめながら、何度目かのため息をついた。
「君は、死ぬのが怖くないのか」
午後、佐藤が珍しくお見舞いに来たかと思うと、そんな事を聞いてきた。
怖い、とはどういう意味だろう。ホラーゲームに出てくるような不穏な空気とはまた別の意味なのは分かる。いや、ホラーゲームは面白いに入る。
「地獄に行くんだとしたら怖いかも」
「実際に死ぬ人が、そんな的外れな回答するの君ぐらいしかいないよ、」
今なら佐藤の気持ちが分かる。聞いた僕が馬鹿だった、。とかそんな感じだろう。
「…そういえば、何で分かったの?」
これは前から思っていた事だ。いくら病気に詳しいからと言って知っているはずがないのだ。
「知り合いに、居たんだよ。君と同じ病の人が。もう既に亡くなっているが」
なんだか複雑だ。
「知り合い、というか姉だが、彼女は病気にかかってからは随分と人が変わってしまった。明るかったのにいつも暗い顔をするようになった。まあそんな事はどうでもいい。今日はあとどれくらいなのか聞きに来たんだ」
話を強制的に終了させ、佐藤は僕に向き直った。
佐藤とは2年ほど前に仲良くなったが、姉が居たのは知らなかった。
「あとどれくらいって何が?」
「余命だよ」
これくらい察しろよ、とでも言いたげに佐藤は小さくため息をつく。
「んー、まあ、ハッピーニューイヤーが言える言えないかギリギリ」
「は、?」
意外にも驚いた顔をされ、嘘を付けば良かったのかと考える。
「ごめん、冗談だよ」
「…」
誤魔化してみたが無駄なようだ。
「佐藤」
「…」
「佐藤から僕に会いに来たのって初めてだよね」
「…帰る」
「え、何で」
「もう用は済んだ」
佐藤は立ち上がると、病室のドアの取手に手をかけ、「…君はそれでいいのか?」と捨て台詞を吐き去って行った。
「…何が」
そう言っても返事は返って来ない。
病室はまた静寂を取り戻した。
ベッドに横になり、ぼーっと天井を見つめていると、ふと、脳裏に疑問が過ぎった。
僕は、幸せだったのだろうか。
幼い頃は寂しい思いをしたし、目の前で友達を失った。そして、大切な人を傷つけた。
京介だけじゃない。母さんだって、ようやく苦労しなくて済むようになったのに、僕のせいで心労をかけ続けている。
僕は、僕が嫌いだった。
こんな病気にさえならなければ、僕は僕を好きになる事ができたのだろうか。
はは、それは無いな。
僕は1人、壊れたように笑った。
僕が誰かを嫌いになれないのは、誰よりも僕が僕を嫌いだから。
どうでもよかったんだ。僕の命なんて。
結月に川に突き落とされた時もそうだった。
ハルが死んだ時も、僕が先に死ねばよかったんだと後悔した。
そして今も。
苦しい。溺れているかのように、息が出来ない。
周りの音が途絶えた。
それなのに何故か、昨夜の結月の姿が浮かんだ。
「死ぬ前に、俺が殺そうか?」
笑みを浮かべる結月。
「xxxxx」
僕は月を見ていた。
「ゆき!!」
一瞬で、夢から覚めたような感覚になる。
目の前には京介の姿があった。
本気で僕を心配している顔。
ああ、だめだ。
目頭が熱くなり、視界が歪んだ。
やっぱり、僕は僕が嫌いだ。
コメント
7件
お久しぶりですね。 今回のお話も素敵でした。 佐藤がお見舞いに来たのが嬉しくて、つい声が漏れてしまいましたよ 毎度素晴らしい作品をありがとうございます!! もう寒くなってきましたので、無理せず頑張ってください!!
2ヶ月ぶりぐらいでしょうか。 すみませんでした…